ルーブル






18.



 車が辿り着いたのは、雲まで届きそうな高層マンションだった。都内でも、一、二を争う高さではないだろうか。下から見上げると、遠近感が分からなくなって、頭がくらくらした。

 男と一緒に地下の駐車場で降りて、玄関ロータリーへ向かう。二枚のセキュリティドアをくぐって、広々としたホールに入った。天井からシャンデリアがぶら下がっている。床には毛並みの揃った赤い絨毯が敷いてある。

 ワンルームほどの広さがあるエレベーターに乗って、一気に登った。

 男はもう煙草を吸っていなかった。

 軽い音が鳴って、赤い絨毯ののびる廊下に出ると、右手には縦縞の入った壁と、左手には二つの大きな扉があった。

「起きているかどうか、わかんないからさ」

 男は手前で止まると、ポケットからたくさんの鍵の束を取り出す。銀の郵便受けには新聞が溜まっていた。

 ここまで、配達員が運んでくれるんだろうか。

 すると、男が鍵を差し込むのと同時に、扉が開いた。

「ああ、起きてたんだ。姫ちゃん、お土産持ってきたよ」

 男はにやにや笑いながら言った。

 僕は男の影に隠れる様にして、室内の様子を覗いた。扉にはチェーンが掛けられ、女の肩の向こうにボッティチェリの絵が見えた。

「おかえりなさい」

 雛菊冷は、にこりと笑った。

 彼女は服を着ていなかった。バスタオルで体を覆って、濡れた髪を右耳にかけているので、耳たぶに刺さった牛の爪みたいなものが見えた。痛そうだが、もう痛覚はなくなっているのだろうか。

 目の下にくまができている。筋の通った鼻は肉がなくなって、一層深くなっていた。扉を支える手首が枝のようだ。前よりも痩せていた。

「花菱くん、久しぶり」

 彼女は曖昧に微笑む。白かった肌は青白くなっていた。

「姫ちゃん、なんか作ったの。俺、たこ焼き買ってきたけど」

 男は先ほど屋台で買っていた袋を顔の前に掲げた。雛菊が、わあっと声を上げる。

「今日は、たこ焼きパーティーだな。なにを突っ立ってんだよ、入れ」

 カオルがいきなり僕の背中を押したので、僕は倒れそうになる。応対が雑になっているのは、僕に悪感情を抱いているのか、それとも男の性格なのか分からなかった。

「どうぞ」と雛菊は僕らを招き入れる。

 娼婦みたいに。

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