イエローランプ





11.


 星のない空の下を僕はひたすら走った。力の限り。走って、走って、足がもつれるのも構わず走り続けた。角を曲がるときに盛大に転んだので、零れた教科書を水をかくようにかき集めて、体勢を整えた。ほとんど前のめりになりながら、走り続けた。

 夜の街は、暴力的なほど華やかで、お祭りのように楽しげだ。右へ左へ、人の波がうねり、若い男たちが、ヒールを履いた女たちが、疲れきった中年たちが、酒に酔い、声を上げて歌い、笑い、浮き足立って、まるで天国みたいだった。

 短い横断歩道を、信号を待たずに駆け抜けた。ヘッドライトには見向きもせず、汗を垂れ流しながら、息を切らせ、腕を振り、地面を蹴って蹴って、走り続けた。

 僕は一度も振り返らなかった。振り向いたら何か得体の知れないものに食われてしまうような気がした。

 駅の前でタクシーが行列を作っている。見上げると、ビルの照明で目が眩みそうになる。ショーウインドウには蛇皮のブランドバッグがおもちゃみたいに並んでいた。

 体が熱い。こめかみに血が溜まっているようだ。針を刺したら風船のように爆発するかもしれない。

 僕は小さい頃、走るのが好きだった。教師から運動神経の良さを褒められて、サッカー部では常にレギュラーだった。いつからだろう、汗をかくのが嫌いになったのは。

 膝に手を置いて、全力で息を吐き、吸い戻す。欲張って二倍吸った。顔を上げると、黄色と黒の棒が見える。踏切だ。

 空気は停滞していた。踏切の中間地点に設置された管理室には人がいるんだろうか。

 南の方角に、駅の明かりが見える。屋根を支える柱が等間隔に並び、寂れた電光掲示板に赤い文字が流れていた。

 踏切に吸い込まれる。足元は線路。歩きにくい。線路の行方を追うと、化け物みたいな暗闇が口を開けていた。今にも、電車の音が聞こえてきそうだ。僕は目を閉じる。車輪に体をばらばらにされるのを想像する。胴体が引きちぎられる。自分の腕が飛んでいく。でも、電車はこない。音もしない。

 ただの線路が数日前とは違って見える。

 胸の中で何かが蠢いて、足下から暗闇へ逃げていく。

 間もなく夜は明けるだろう。

 僕は立ちすくむ。

 何かに、置いていかれたような気分だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る