レッドブリッジ




6.


 歩道橋を降りた先には、駅に併設したデパートがある。いつも閑散としていて、通勤ラッシュしか人はいない。

 交番の前に、開かないと評判の踏切があった。五つの線路が通っており、朝と夕方のピーク時には、数十分開かないこともある。

 二人並んだ僕らの前を、猛烈な勢いで赤い電車が走り去った。吹きすさぶ風が鼻先をかすめ、ひやりとした感覚が背中を伝う。その次には、青い貨物列車が、さっきの電車よりはゆっくり走っていった。

 それから何本か列車が通るのを眺めて、やっと踏切が開くと、僕らは前へ進んだ。足下がでこぼことして歩きにくい。路線を固定するボルトがある。すぐ脇を歩いていた老婆がふらふらと倒れそうになっていた。僕は雛菊の足下を悟られないよう、確認する。

「雛菊、急いで」僕は彼女を急かす。

「待って」とリュックのベルトを握りながら彼女は近寄って来た。

 鐘の音と一緒に、踏切がゆったりと下り始める。老婆が体を前のめりにしながら、よたよたと駆けていた。

 その時、猛烈なエンジン音がして振り返ると、荷台に木材を積んだトラックが走ってきた。明らかに規程の速度を超えている。タイヤが路線を踏みつけて軋むような音がした。車は、雛菊の肩のすれすれを走り抜けた。彼女は、驚いてバランスを崩していた。

「いつもは歩道橋を渡るから......」

 最後の踏切を渡り終えると、うつむきながら口を開いた。

「あれは、跨線橋だよ」と僕は言う。

「こせんきょう? 何それ。聞いたことない」

「線路をまたぐ橋の名前だよ」

「ふうん。橋は、橋でしょう」雛菊は顔を上げてちょっと怒った顔をしていた。

「うん、確かに橋だ」僕はちょっと笑ってしまった。「雛菊は、女性だし、人間だね」

「花菱君、なに言ってるの?」

「なんでもないよ」

「花菱君は、男の子だね」

「うん。跨線橋は橋だよ」

 僕らは並んで商店街の中を通る。平日なので、あまり人はいなかった。主婦や老人が買い物をしている程度で、学生もいなかった。

「私の家はあっちだから」

 業務用スーパーの前を通り、本屋の角で彼女が狭い路地を指さした。仏花ばかりの花屋が水の入れ替えをしている。

「傘を持って行けば?」僕は片手を突き出す。保健医には内緒にして。

「花菱君。また明日、ロケットの話をしよう」

 雛菊はふわりと傘から出て行くと、にっこりと微笑んだ。

 赤色のリュックが遠ざかり、角に曲がって見えなくなる。僕の家は、踏切よりも手前にあるので、完全に逆方向に来たわけだけれど、黙ってしばらくその場に立った。

 路地の先に、土色の建物があった。壁はひび割れ、手入れもされていない。コの字型をした団地の中心に公園があって、ブランコやジャングルジムが設置されていた。

 僕は、そこで彼女を見失った。傘の隙間から、神さまでも探すように空を見上げる。

 すると、五階の廊下で水色のセーラーが揺れるのを見た。コの字型の、一番端だ。僕は部屋の番号をポストで確認して、急いで団地から離れようとする。

 その時、強い風が吹いて、傘がふわりと浮かんだ。

 僕は、慌てて取り上げる。

 借りたものは返さないといけない。

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