サンドカラー





14.


 昼食を食べ終え、体育の時間になったので、僕は保健室に向かった。前の席の男子に怒られないように、トイレに行くと言って出てきた。彼は「帰ってこいよ」と手を振ったので、僕の性質を見抜いているんだろう。バレーの人数が足らなくなるのは、申し訳ない、と思う。

 保健室の机には、見知らぬ教師が座っていて、僕は挨拶もせずに紳士傘を男に渡して部屋を出た。

 彼は、前の保健医と違って、不機嫌そうな顔をしていた。「これは何?」と訊かれたので、「使ってください」と言った。発言してから、今日の天気が曇りのち雨であることを思い出した。

 でも、もう、僕にはあの傘が必要ではない。

 何かを思い出したように校舎を出た。

 夕日が空を赤く染め、蝉の声がかすかに聞こえる。

 自分の家の前を過ぎ、神社を迂回して、歩道橋を登った。大小さまざまな車が走り、遠くに歩く人が見える。信号は規則正しく点滅し、駅には活気があふれていた。

 すると、カラスが一匹、歩道橋の手すりにとまった。羽が黒光りして、目はボタンのようだ。細い手すりの上を、器用に歩いていく。恐る恐る近寄ると、くちばしをこちらへ向け、鋭く睨んだ。アアと威嚇される。しかし、僕はためらわずに、一気に距離を縮め、カラスを捕まえようとした。すると、カラスは羽を広げて、飛び立つ。宙を舞い、旋回すると、神社の木々に吸い込まれていく。僕は伸ばした腕を、そっと下ろした。

 ため息を吐く。

 彼女とここを渡ったのは、いつだっただろう。そんなことを思う。

 僕は、歩道橋の手すりにもたれると、持っていた上履きを袋ごと道路へ放り込んだ。口を閉める紐を掴んで勢い良く投げたので、紺色の袋は、真上から落ちていった。落下先に車はなかったが。やがて信号が変わると猛烈な勢いで走る車に轢かれてしまった。タイヤに飛ばされて、海辺の枝のように流されていく。僕は、そんな様子をじっと見ていた。あれが自分の体だったらな、と思う。

 きっと、あんな風に綺麗に転がることはできないだろう。

 見上げると、灰色の雲が漂っていた。雨が降りそうだ。

 上履きを捨てたので、明日からは裸足で過ごさなくてはならない?

 夏だからいいか、と言い訳を思いついた。

 慎重に歩道橋を降りて、開かずの踏切を渡る。

 ベビーカーを引く女性が歩きにくそうだった。

 鐘の音が鳴る。

 間もなく踏切は閉まるだろう。

 僕は足を奮い立たせ、出口へ駆け出す。

 商店街へ向かう。

 冷たいものが顔に当たった。

 雨が降り始める。

 路地を抜け、土色の建物を見上げる。

 僕はまた彼女の団地に来た。

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