ゴールデンロケット




5.


 帰り仕度をする生徒たちで、廊下は活気づいていた。大半の生徒が部活動に所属していたが、僕は何もしていなかった。この学校では、文化部よりも運動部の方が熱心に活動をしている。サッカー部は、全国大会にも出場するそうだ。

 下駄箱で靴を履き換え、傘を開いて外に出る。池の前を通るとき横目で水面を覗くと、不気味などす黒い色をしていた。

 借りた傘を斜めにして、正門を潜ると、公園の前で雛菊を見付けた。

 彼女は傘をさしていなかった。びしょ濡れで、髪の毛も制服も体に張り付いていた。フラフラと陽炎のように足元がおぼつかない。

「雛菊!」

 僕は、四ヶ月目にして初めて雛菊に声をかけた。

 体が勝手に動き出し、制服のズボンが濡れるのも構わずに僕は走った。

 数回呼んで、雛菊はようやく振り返った。真っ黒い髪が海草のように額に垂れて、セーラー服が透けていた。ここまで濡れてしまうと、今さら傘に入っても意味はないかもしれない。

「傘、ないんだね」

 当たり前のことを聞く。

 雨が降るなか、傘を持っていて、ささない人間は頭がおかしいだろう。

「一緒に帰ろう」と言った。水滴が体を濡らし、汗と混ざって地面に落ちる。

 すると、彼女は瞬きをして、「うん」と軽く頷いた。僕のことなんて知らないはずなのに。驚くほど無防備な承諾だった。

 雛菊は僕の隣へ、正確には保健医の傘の下へするりと入ってきた。彼女は赤色のリュックサックを背負って、肩の部分を両手で握っていた。

 バス停に並ぶ生徒たちを横目に川沿いを北へ向かう。僕らはしばらく黙って歩いた。

「雨ってさ」僕は自分の頭の上を見ようとするようにぶっきらぼうに話し始める。「雲の上では降らないんだよね」

 猛烈な勢いで宅配トラックが走り抜ける。大量の水が跳ねた。ほとんど僕に当たった。

 激しい雨は、ほんの数メートル先の景色さえも霞ませる。建物が藍色に見えた。

「降らないと思う」

 雛菊が顔を上げる。唇の血色がよく、肌は陶磁器みたいに艶やかだった。

「ロケットは雨に濡れないのかな?」

「待って、問題はひとつにしてほしい」雛菊は眉を寄せた。「意味が分からなくなるから」

 問題は一つのままだ、と言いたかったけれど、彼女自身の論理を聞きたいので黙っていた。

 僕らは、歩道橋を登る。忙しなく行き交う車を上から眺める。車体の色は様々で、小さい頃にやったテトリスを思い出す。

「上から見ると、運転手の顔は分からないね」

「見えない方がいい」

「そうだね」

 車のボンネットに大きな石を落とすことを考える。できるだけ大きな。人の頭くらいの大きさの物を。きっと、ボンネットは、へこんでしまうだろう。車は動いているから、まだ、姿が見えないうちから、石を投げないといけない。タイミングを計るのが難しそうだ。でも、上手く当たったら、跳ね返った石が別の車に当たるかもしれない。それこそ、ブロック消しのように。

 危険な思いつきを彼女へ話すかどうか迷った。

「ロケットは雨に濡れるのか」

 雛菊は濡れるのも構わず、傘から頭を出して言った。両手を広げて空を見る。波打つ雲は、灰を敷き詰めたように薄暗く、どこにも光は見当たらなかった。

 雲は氷の粒が集まったものだから、雨が降ると、太陽の光を遮って黒く見える。

「ロケットに乗ってみたい」

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