Side Story

01 プロローグ

 日が落ちて、曇り空の向こうにうっすらと星々の浮かんだ夜。大人たちも一日の仕事を終えようとする頃、ヒューム邸の一室では二人の子供たちがベッドの中で仲良く頭を並べていた。

 一人はまだ幼さの残る少女、もう一人は少女の半分ほどの背丈しかない小さな男の子である。二人はベッドの中へうつ伏せになって潜りこんでいた。少女が本のページをめくり、そこに描かれている物語を読み聞かせる。男の子はそれを聞きながら、本を読んでいる少女の横顔を見つめていた。

「……王子様はとうとう悪い魔法使いをやっつけたのです。とらわれていたお姫様を助け出した王子様は、国の英雄となりました」

「ねえ、おねえちゃん」

「なに?」

 なにかを言おうとした男の子は、大きなあくびを一つすると目をこすった。そのあどけない仕草に思わず口元をゆるませ、少女は本を閉じるとベッドサイドへ戻す。

「もう寝ようか」

「んー」

 背中をとんとん、と優しく叩く。男の子は素直にうなずき、ベッドから下りる少女を少し名残惜しそうに見送った。

「おねえちゃん」

「ん?」

「いっちゃうの?」

「ミーアが寝るまではここにいるよ」

 少女の手がミーア、と呼ばれた男の子の癖っ毛を撫でる。ところどころはねた焦げ茶色の髪と、強い光を持った暗い赤の瞳は彼らきょうだいの特徴だった。姉の優しい手つきにうっとりと目を閉じて、ミーアは眠そうな声でささやく。

「あのね」

「うん」

「おうじさまって、おにいちゃんみたいだね」

 ぴたりと少女の手が止まった。ミーアが薄く目を開けてみると、少女はなんとも嫌そうな顔をしている。

「えっと……どこが?」

「んー……おにいちゃんは、おねえちゃんを、わるい人からまもったんでしょ」

「それは、まあ、そうなんだけど」

「おにいちゃんがおうじさまで、おねえちゃんはおひめさま」

 お姫様か、と少女は小さな声で呟いた。兄の顔を思い浮かべつつ、口をとがらせる。

「ぼくも、おとうとかいもうとがほしいな」

「え。どうしたの、突然」

「おとうとかいもうとができたら、おにいちゃんみたいに、つよくなって、まもってあげるの。おかあさんにおねがいしようかなあ」

「あー……ママは体が弱いから、ね。もうこれ以上兄弟が増えるのは……ちょっと無理じゃないかな」

「そうなの?」

「うん」

「そっかー」

 ミーアは落胆した様子で、うつむき何かを考え込んでいるようだった。しばらくして、ぱっと表情を明るくさせ姉の顔を覗き込んでくる。

「ねえねえ。おかあさんがだめなら、おにいちゃんはどうかな」

「えぇ!?」

 少女は素っ頓狂な声を上げた。完全に予想外の発言だったようで、何も言えずにぽかんと口を開ける。

「おにいちゃんがけっこんして、子どもができたら、ぼくはおじさんになるんだよね」

「え……あ、まあ、そうなんだけど……」

「そうしたら、ぼくがまもってあげるんだ。たのしみだなあ」

 少女の困惑をよそに、ミーアはうきうきと声を弾ませながらベッドに潜っていった。ややあって、シーツの下から小さく規則正しい寝息が聞こえ出す。完全に置いてきぼりになった少女はしばらく呆気にとられて弟の寝顔を見つめていたが、やがて気を取り直しシーツを整えると部屋を後にした。

 部屋のドアを静かに閉めて、小さな声でひとりごちる。

「あの兄貴に限って、結婚とか……いや、ないない……」

 少女の顔に苦笑が浮かぶ。彼女は眠った弟を起こさないよう、静かに自室へと戻っていった。

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