第19話
「うつわ、願いを」
「え?」
「願いを、言ってほしいんですのよ」
優しい、慈愛すらにじませた声で問うぬいに、うつわはきゅっと唇をかみしめてうつむいた。しばらくの間、そうしていた。1分か2分か、はたまた30分か。結構長い間そうしていた。
なんでだ。そんな思いがうつわの思考をめぐる。このぬいは、頑張ったじゃないか。うつわよりも小さい身体、ましてや女の子で。
何キロも荷物を背負って歩いていたじゃないか。滝行して。寒いと震えて。対戦相手の事を考えて苦悩すらしていたじゃないか。なのになぜ、こんなに頑張ってたこの子の願いはかなえられないのか。
うつわが顔をあげると、優しい声そのままにぬいは笑っていた。まるで、うつわの役に立てるのが嬉しいとでもいうように。
それを見て、うつわは唐突に悟った。
ぬいは、この幼い少女は。最初から自分の願いがかなえられることはないと知っていたのではないか。知っていてなお、それでもるふれりかになりたいと言ったのは。うつわの願いを叶えるためなのではないか。
そこまで考えたとき、滝に入る前のぬいの様子が目に浮かぶ。真剣に、その願いでいいのかと問うた顔は。
こうなることを、知っていたからこそ。だからあそこで、願いを確かめるようなことを聞いたのではないか。うつわのために。にこにこと嬉しげな笑顔のぬいをじっと見つめるうつわ。そこで、見てしまった。
ただ、その眼は。きらきらと宝石のように光るその眼だけは。悲しみに揺れていて。
だから、だからだ。
「ぬいの願いを叶えてやってくれ」
「……え?」
「『俺とぬいはずっと一緒に居て話をする』。それが俺の願いだ」
「うつわ!」
ぬいが叫んだ途端に、一旦は光の収まっていたうつわの部屋に、また光があふれる。
今度はうつわの目を焼こうとしてくるそれに、うつわは腕で目を覆った。
ことん、と何かが落ちる小さな音がして。
まるで電源を切ったかのようにぱっと光がすべて消えた。
音が戻ってきて、ただ鈴虫やコオロギのリーンリーンと澄んだ音を立てるばかりで。
おそるおそる目を開いたうつわが見たのは。
ベッドの下、ぬいが正座していたところに落ちた『ぬい』だった。
それを見て、唇をかみしめるうつわ。握った手に爪が食い込んで痛かった。
「なんだよ、これ!」
血を吐くように。叫んだ言葉は誰にも届くことはなく、虫たちの泣き声の間に、ただ消えていった。
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