第4話

 それがどうしたのか、何処に引っかかっているのかまるで分らないと言いたげに、さらに首を捻るぬい。暑い中、うつわの脳内はもっと熱かった。


 今、自分はとんでもないバカな妄想をしていると思いながら。なくなったシータイル、無機物に宿るという言葉、常日頃からうつわが自分のものだと主張する、何より、名前。うつわがシータイルを加工したキーホルダーにつけた愛称は『ぬい』。いぬを逆に読んだ、単純な理由のそれ。これらから考えられることは1つだった。

 

 暑さで頭湧いてるんじゃねえのと言われればそれまでだが。透明な矢印がうつわに向かって伸び、木漏れ日に光っていた。


「……『ぬい』か?」

「はい、ぬいはぬいですのよ?」

「違う。俺の……シータイルの、『ぬい』か?」

「はいうつわ! ぬいは12年前の夏、海でうつわに拾われたぬいですのよ!」

「ああああああああー」


 正解してしまった。したくなんてなかったのに。そして友よ、お前はエスパーか。突然うめくように低い声をあげたうつわに、ぬいは驚いたようにベンチの上、にじり寄ってきた。

 その眼には純粋に心配だけが浮かんでいて、少し、ほんの少しだけ申し訳なくなるが、これだけは言いたかった。


「なんでよりによって女……」

「え?」


 正直に言って、うつわはいつもぬいと一緒だったと言っていい。今でこそ違うものの、小さい拾いたての頃はシータイルの濡れて色がわずかに変わるのが好きで、よく一緒に風呂に入っていた。ポケットの中に入れていつでも持っていたし、うつわの部屋の見渡せるところにいつも置いていた。


 つまり、女には見られたくないあれこれも見られているのだ。死にたい、とうつわは目を覆って唸った。見たくない現実を退けるように。


「う……うつわは男の子のほうが好きなんですの!?」

「誤解を生む言い方はやめろ」


 思わず叫ぶぬいの頭にチョップをかましたうつわは悪くないと思いたい。

 涙目でこちらを見上げるぬいに、深くため息をつきながらうつわは頭を抱えた。 

 知られている。あれもこれも。そんな相手が何だって自分のもとに来たのか。確かに『ぬい』には返ってきてほしいと思ったが、だからと言って人型で戻ってきてほしいと思ったことはない。


「俺のものだから、帰ってきたのか」

「違いますのよ。確かにうつわには会いたかったけれども、違いますの。うつわにお願いしに戻ってきたんですのよ」

「お願い?」


 当然のように自分のものだから返ってきたのかといえば違うと言う。ふるふると首を横に振り、髪をさらさらと揺らしながら。ぬいは潤んだ眼でうつわを見上げた。どこか懇願を含んだ眼で、ぬいは口を開いた。


「うつわには、るふれりかになるために協力してほしくて来ましたの」

「断る」


 みーんみーん。2人の間に落ちた沈黙を埋めるように蝉が騒がしく鳴く。固まったぬいと、それを一刀両断にしたうつわの間で。ただ、静寂にも似た何かがお互いを黙らせていた。


 あっさり切り捨てたわりに、反応がないなと思い暑さからそらし続けていた目線をぬいに向けるうつわ。

 そこでぎょっと目を剥く。

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