第11話
「おい、泣くなよ」
「泣きませんのよ。ただ、少し驚いただけですの」
「そうか」
一瞬蝉しぐれ以上の暴音というトラウマがよみがえりかけたものの、それを何とかやり過ごす。
ビーチサンダルと素足にはいた草履を揃えて脱ぐ。滝の下は水たまりとなっていって、そこに足を入れる。冷たくて気持ちよかったが、ひんやりとした空気の中でそれは一瞬寒くも感じた。
ぴちょんと音がしたと思って水面下を除くと青い魚がすーいすいと泳いで滝の方に行ってしまった。それに和みつつ、横を向いたうつわはそれどころじゃなくなった。
「お前止まれ! 足水で慣らしてから滝入れ!」
「うつわ、冷たい! 冷たいですのよ!」
すぐ横でぬいが滝に特攻をかましたせいである。
びちゃびちゃになりながら戻ってきて、冷たい冷たいと繰り返すぬいにアホかとそれを見るうつわの目も冷たくなる。ぴったりと体に張り付いた行衣は幼い身体のラインを明確にしていて、胸部を彩るものの存在を強調してくる。
やはり見てはいけないものを見ているようで目をそらしたが。それでもきっちり確認しているところは彼も男の子だった。まあ年齢が一桁の少女に興奮する趣味などないが、条件反射だ。
「あ、そういえば」
「なんだよ」
「ぬい、体重は『ぬい』のままなのでつり橋平気でした」
「お前さ、本当……」
「本当……? なんですの?」
「何でもない」
アホな。と言いかけてうつわはやめた。絶対面倒くさいことになるからだ。代わりにぬいは小首をちょこんと傾げていたが。ぬいがぱしゃぱしゃと足踏みをして足に水を慣らす。若干冷たいくらいだが、特に問題ないくらいの冷たさだった。
「うつわのお願いって、矢印? を見えなくすることですの?」
「ああ」
「本当に?」
「は?」
「本当にそれでいいんですの?」
真顔で、ぬいは問いかけてきた。
今までのアホさはすべて演技だったのではないかと思えるほどのまじめさで。
ふと、うつわの鼻に水と木の強い香りがかすめる。しっとりとぬれたそれが、まきついてくるようにうつわは感じた。
ぬいの真顔に、初めて会った時のような人ではないと強調する気配に圧倒されるように一歩下がる。ばしゃっと音がして水面に波紋ができる。
ふっとぬいが肩の力を抜くと同時に気配も消え、ぬいは苦く笑った。その意味を問う前に、ぬいはざあざあと流れ落ちる滝を指さした。
「滝行、始めましょう」
「……ああ」
「では15時間後に。うつわ」
「ああ」
ためらいなく滝の間に入っていく姿を、呆然とした心持ちでうつわは見ていた。
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