第12話

「寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い」

「寒いですのよ、冷たいですのよ、寒いですのよ、冷たいですのよ、寒いですのよ、冷たいですのよ」


 午前6時。すっかり明るくなった夏空、蝉の声が騒ぎ始めた中。2人はのっそりと滝から出てきた。冷たい滝の中にいたせいか、空気が妙にあったかく感じた。


 震える足でビーチサンダルを履き、朽ちかけたつり橋をダッシュするうつわ。正直頭はリフレインする「るふれりか」という言葉でふらふら、足は寒さでがくがくだったがそれを無視して橋を駆ける。ばきばきと何個かの木片が朝日に光る激流に飲み込まれていったが気にしない。気にしている余裕はない。どうせあとを辿るのはぬいだ。


 キーホルダーの体重しかないぬいが落ちるとは思えなかった。

 それよりも、テントにたどりつき用意しておいたバスタオルで最初に手をふき、鍋に湧き水を入れコンロの火をつける。ぼっと音ともに宿った小さな火が温かかった。


「うつわ、寒いですのよ」

「俺もだ。ほら、バスタオル。拭いたらテントの中で着替えろよ」

「はいですの」


 手をふいたバスタオルで身体をふいていく。恥ずかしげもなく行衣を脱ぎ生まれたままの姿をさらしているであろうぬいの方に背を向けてうつわも身体を拭いていく。


 羞恥心というものはだれかしらが持っていないといけないと思ったため、うつわが持っていることにしたのだ。


 いそいそと身体を拭き、ぬいがテントに入ったのを確認してから服を着だす。

 全部着終わったとき、ぬいもひょこっと顔を出した。


「うつわ、着れましたのよ」

「よし、こっち来い。白湯だ」

「ありがとうございます!」


 すぐに尻尾を振る犬のようにうれし気にぬいはテントから飛び出してきた。その光景がおかしくて、うつわは破顔した。


「うつわが笑いましたのよ!」

「は? 誰でも笑うくらいするだろ」

「いままでぬいには笑ってくれませんでした!」

「そんなことないだろ」

「そんなことありますのよ!」


 にこにこと笑いながらうつわの隣に腰を下ろすと、受け取ったマグカップで手を温めているぬい。そんなぬいに不思議そうに首を傾げるうつわ。先ほどまではなかった感情が胸の中にあることをうつわはわかっていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る