第9話

 とある山の中。誰も知らないさらに奥。ずっとずっと行った深いところに、その滝はあるとぬいは言う。


 昔家族で使ったキャンプ用具を黄色い大きなリュックサックと小さな緑のそれに必要最低限つめ、うつわは翌朝、家を出た。奇妙なくらいに理由を聞かれるでもなく準備を手伝ってくれた家族に首を傾げていたら、ぬいが言うにはるふれりかの力らしい。


 国道を通り県道から先細くなりながらも分かたれた道、岐路までバスを乗り継ぎ。そこからうねうねともくねくねともつかない道を歩き続け2時間。


 木の香りが深い林の中は、真昼間でも暗く半袖のうつわにはどこか肌寒く感じた。バスの中で取った昼食も腹から消えたころ、うつわはさくさくと前を行くぬいに声をかけた。


「おい、本当にここであってるのか」

「あってますのよ。あと少しですの」

「さっきから歩きっぱなしなんだが」

「あとはこの林を抜けて、橋を渡ればすぐですのよ」

「だいぶ遠いと思うんだが」


 リュックサックにいれたキャンプ道具を背負い直しながら、うつわは大きくため息を吐いた。2人分の食料を2日分。単純に考えて4日分の道具はまだ成長過程にあるうつわには重かった。たとえ軽い方はぬいに持たせていたとしてもだ。

 

 男女だ年齢だなんて言っていられない。今この瞬間にもうつわの肩にぎりぎりとリュックサックは食い込んできているのだから。

 滝があるため水は行きの分しか持ってきていないのがせめてもの救いだった。


 うっそうと茂ったブナやカシと言った原生林を歩き続けて2時間と30分。途中にあった湧き水をこれ幸いとペットボトルに詰めた。荷物がより重くなったのは言うまでもない。何とかそこを抜けると、朽ちかけたつり橋があった。


 その奥にはざあざあと音を立てて落ちる滝、横幅2mはあるのではないかという大きなものだった。なんとも涼しい音、いっそ寒々しかった。

 しかし、そんなことより。うつわは頬をひきつらせた。


「おい、橋ってまさか」

「あれですのよ?」


 何か変なことでも言っただろうかと首を傾げるぬいに、うつわは脱力した。いや、もう疲労困憊で。


「あのな、よく考えろ。こんな重いの持ったまま渡ろうとしたら落ちるわ」

「あ……」


 そこでやっと気が付いたというよう口元を絣の袖で覆うぬい。こいつはバカかとそれを横目で見るうつわの目は冷たかった。


「とりあえず、休憩。もう疲れた」

「目の前ですのに……」

「別にあっち側じゃなくてもいいだろ。ここにテント張って、滝行の時だけ向こうに行けば」

「あら、確かにその通りですのよ」


 はあ。思わずうつわの口からため息がもれた。

 父兄2人がかりで教えてもらった通りにまずはテントを組み立てていく。

 

 地面に杭を刺して立て終わったあと、黄色いリュックサックから取り出したガスコンロを使ってさきほど汲んできたばかりの湧き水を沸かす。大事なのは飲料水の確保だ。


 小腹もすいてきたころだったため、持ってきた携帯食をかじっていると。テントの中に入っては出てを繰り返してはしゃいでいたぬいが目を止める。

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