第2話
「ひどいですのよ、ひどいですのよ。うつわはとってもひどいですのよ」
繰り返しひどいと告げる少女。その瞳は心なしか潤んで見えた。見たところ本気で言っている少女は、幼い外見そのままに舌ったらずな口調でうつわを罵った。
何が何だかわからないうつわ。けれど意味が分からないながらも責められることは決して愉快な気分ではなく、うつわは眉をひそめた。
午後2時30分。炎天下よりもほんの少しだけましな木陰のベンチに、うつわと少女は座っていた。座っているだけでじっとりと汗が噴き出してくるのが分かって不愉快だった。
少女が涼しげに着こなしている黒の絣も暑かった。何よりも、かかとまで伸びるその髪がもう。見ているだけで暑かった。少女の頭の上で太陽に燦然と輝く矢印がうっとおしい。
誰一人どころか猫一匹いない児童公園で、出来るだけ横に座った少女を見ないように目線は前にうつわは言った。
「何言ってんのかわからないけど、あんた誰だよ」
途端、少女の目が潤む。そろそろ零れるんじゃないかとうつわが思ったところで、少女は白髪に映える黒の絣の袖で乱暴に目を拭った。
息をするだけで滲む汗、耳騒がしい蝉の声、風ひとつなく土から立ちのぼる陽炎。暑かった。暑い、本当に。
一呼吸おいて決意したごとくにうつわに対し少女が口を開くまでが永遠にも思えた。
「ぬいはぬいと申しますのよ。世界の理、才能の頂点。るふれりかになりたくて参りましたの」
「るふれりか?」
「そうですのよ。『世界を自分の都合のいいように廻せる能力』それがるふれりかですの」
蝉あられの中、ぽつぽつと消え入りそうな小さな声で紡がれた言葉はひどく嘘くさかった。というか、どこのファンタジー小説を読んだらそんな都合のいい力が出てくるのかというものだった。今どき2流どころか3流にすら出てこないようなものだ。
思わず半目になったうつわに、ぬいはあわてた様に胸の前で手を振り嘘はついてないとジェスチャーした。そんなぬいに疑惑は大きくなるばかりだ。不快な環境というのもプラスされて、疑いに拍車をかけていた。
「例えばある世界のキメラ、例えば青の女王。るふれりかは本当にありますのよ」
「いや、どうでもいいし」
必死な顔で食い下がるぬいに、半目のままうつわは切り捨てた。
キメラや青の女王って誰だ。もしくはなんだ。キメラに至っては想像上の怪物だろう、知らないとでも思ってんのか。夏の暴力的な暑さに、ぬいという名前に、うつわの心は荒れるばかりだ。元来冬生まれで暑さに弱いうつわはなおさらだった。
別にそんなものが存在しようがしまいがどうでもいいのだ。うつわにとっては。ぬいにとっては重要かもしれないが。はあと大きくうつわがため息を吐くと、ぬいがその細い肩をびくりと跳ねさせた。
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