第23話 銀色の思惑

二学期も終わり、冬休みに入った。


中、高生徒は受験シーズンともあり、ピリピリとした人もいれば、成せばなるというポジティブな子に分かれている様子。


かくいう妹達も二年後には、受験にドタバタしているのかもしれないと、後部座席でいつも通りに騒いでいた子達を見ながら常々に感じる。


緋鞠、胡鳥は心配ないとして、華月と結城の将来をアイドルとして安定した生活を送らせる為にも、今後の課題として俺に着せられていた。


そんな中で、アルプロ社員の社内旅行が執り行われるという事を終業式の日に社長から伝えられた。


年末、年始を跨ぐイベントともあり、実家に帰省する社員も少なからずいる為、参加人数的には20人にも満たない。


幹事は当然のことながら、社員として若手の俺が担当となり、姉妹は勿論、結城は確定で着いてくる。


胡鳥は、実家の旅館の手伝いで来れないと残念そうにしていたが、次こそ旅行に参加すると意志表示を見せてくれた。


緋鞠の提案により、社内旅行に行く前に冬休みの宿題を終わらせようと仕事の合間や休日は、緋鞠の教えを得て華月は、何とか終わらせる事が出来た。


結城は俺を頼りながら英語について、目を回していた。


「what you name?」


「ま、まいねーむいず、ゆうきべあとりーちぇ。は、はうあばうちゅゆー?」


会話が成り立っているのかいないのかといった不安要素しかないが、冬休み明けのテストだけでもと熱心に教えているつもりだ。

結果が実るかはわからないが、社内旅行当日までは魂の休息という感じで、嫌いなグラビアの仕事もロボットのようにこなしている様子に加えて、口ずさむように英単語を唱えている姿が目に余る。


そんなこんなを過ぎた当日の朝。

姉妹共々に気合の入った私服姿に社員が見とれつつも、未だに呪文のように英単語を並べる結城を介護しながら、アルプロの社名を飾ったバスで都内を抜けて、自然の多い静岡までやってきた。


「緋鞠ちゃん見てみて! 田んぼが一面に広がってるよ!!!」


窓際で騒いでいた華月を後ろ目に、緋鞠は今日向かう予定の旅館やスポットが記載された雑誌に目を通していた。


「華月ちゃんも兄さんの事を想うなら、少しは進展を考えないといけないよ」


「なんで?」


緋鞠のアドバイスに首を傾げながら、通りすぎる地元の子供達に手を振っていた華月と相対するように強烈な視線を俺に向けていた緋鞠。

そして、バス酔いに目を回しながら英単語を口ずさむ結城を膝に寝せながら、バスは目的地の温泉宿へと辿りつく。


結城を背負いながらも浮かれた社員共々にバスを降りて、荷物を受け取る。硫黄の匂いの無い空気も澄んだ良い環境に華月も緋鞠も子どもらしさを見せるような感動を覚えているらしい。


旅館の外見も歴史を感じさせる木製の作りに気品のある出迎えで、レビューで見た通りの出来に社長も含め、社員も満足している様子。


「いらっしゃいませ。神仙宿『紅坂』へようこそ」


この旅館の女将と連なる女性方が一同に一礼をすると、部屋に案内を入れるように頼み込みながら、姉妹と結城を連れて室内温泉完備の富士山が一望出来る一番部屋に腰を落ち着かせる。


「結城、着いたぞ? 此処なら気分も良くなるんじゃないか?」


「んんっ......?」


ぐったりとしていた結城を肌寒さを少し感じさせながらも綺麗な、山頂を彩る白く染まった富士山の見える窓に座らせる。


「す、凄いデース!!! ほんものっ、本物の富士山をこの目で初めて見たデス!」


酔いを忘れたかのように、吹き抜ける風に身震いもせずに目の前に見える富士山に興奮した結城を背に姉妹共々に結城の隣について、共に降り積もる雪景色に目を輝かせていたのだろう。

その窓は中々閉じられずに俺の肌寒い身体は、くしゃみを何度かする程度の被害で済めばよいと願うばかりだった。


「気に入って...くれたみたい......ですね...」


後ろから現れた舞子さんに袖を握られ、ビクッと身体を震わせたものの礼儀正しいその素振りと喋り方ですぐにわかった。


「ここが胡鳥の実家の旅館だったのか」


「わかって...いたから此処を...選んだのかと.......思ってい、ました.......」


普段の味気ない制服姿と違って、着物衣装も似合った胡鳥を見ながら、景色に目を奪われた三人に後ろから脅かすように触れにいった彼女を微笑ましく伺いつつも食事の時間までの間、浴衣の着付けで一人寂しく、ロビーで待たされていた。


「お待たせデース!」


背中からのしかかるように、弾力のない胸を後頭部にぶつけてきた結城を初めとして、華月と緋鞠もそれぞれ姿に似合った着物を纏っていた。


「どう...ですか? 兄さん」


「胡鳥さんが選んでくれたんだけど、緋鞠ちゃんはともかく私なんかは似合わないかな?」


姉妹共々に晴れ舞台を見た時のように、容姿に加えて普段見慣れない姿に孫にも衣装といった様子の結城同様に目を奪われてしまった。


「似合ってるぞ。胡鳥も仕事が済んだら同室で一夜を共にするらしいから、よろしくな」


結城と華月はともかく、緋鞠は少しの感想じゃ物足りないといった膨れっ面をしていた。機嫌を取ろうと頭を撫でながらも宴会の場所へと移動する。


みんな羽根を広げているらしく、社長の挨拶を聞く素振りもなく美味しい食事とお酒にご立腹の様子だ。幹事としても鼻が高い。

結城は食べ方のわからない蟹に手惑いながらも、箸も覚束ないような素振りで幸せそうな表情を浮かべている。

華月はみんなの前で社長を蹴落とし、一人でカラオケを熱唱するなどのパフォーマンスを披露していた。

緋鞠は、余り楽しくないのか俺の膝の上でその様子を静かに眺めている。


「緋鞠は歌わないのか?」


「私は、兄さんの傍にいたいからーーー」


普段は甘えた事など言わない緋鞠が、背中をつけながら子猫のように静かに俺に寄り添っていた姿に何だかんだで、まだ親代わりの自分に甘えているのだと親身に思う。

無くなった酒を注ぐようにそれぞれのアイドルが、社員に回る姿に対して敷地から中々動こうとしない猫の如く、緋鞠は動かなかった。


「失礼します。備え付けの室内温泉の湯加減、布団の準備が整いました。大浴場でも構いませんが、0時までの使用とさせてもらいますので悪しからず」


女将の合図と共に宴会は中締めという形になった。ほろ酔い状態の俺は、元気に駆け回る結城と華月を前に緋鞠に手を引かれながら部屋へと戻っていく。


「師匠! 温泉に一緒に入るデース!!!」


「待って。まずは企画した兄さんに堪能してもらわないと......」


結城が着物を脱ごうとした所を止めて、俺に視線を変えて一番風呂を譲るという緋鞠の考えに上手く思考が回らない俺は素直に言葉に甘える形となった。

浴室に入った先には、部屋から見えた景色と同じ富士山が一望出来る造りになっていた。


「いい旅館だな」


そんな言葉を呟きながら、日頃の汗を流すように身体と髪を洗うと、ゆっくりと湯船に浸かる。

しばらくの間、冬の肌寒さと湯船の暖かさを共に感じながら目を瞑っていると、何かがお湯に落ちたような音が聞こえる。


「なんだ......?」


気づくと、湯船には4人の人影と『せーのっ』の掛け声と共に一斉に飛び掛るように俺を浴場に沈めるように肌を押し当ててきていた。

たまらずに大人気なく、本気で立ち上がると水しぶきを顔から払うと目の前にいた担当の4人組がタオルで身を隠しながら笑っていた。


「兄ちゃん驚いたか? 酔ってる兄ちゃんは隙だらけだな」


「下僕に天誅なのデース!!!」


「わ、私...は止めたのです、けど...どうしてもって.......いうから......」


「私たちも普段から頑張っているのですから、兄さんも労わってもらわないと」


波打つ温泉に年頃の女の子がタオル一枚で、俺の目の前にいるという夢のような光景。ファンに知られたら、プロデューサーとしてもやっていけるか危うい程に色仕掛けには度が過ぎる姿でいた相手らを𠮟る元気もなく、好きにさせようとため息をつきながら、許可を与えるように手を振る。


それぞれが納得したように俺を湯船から連れ出すと、それぞれの髪の毛を洗いながらきゃっきゃっと騒ぐ周りを見ないようにと満足のいくまで浴場を堪能させる。


「兄さんも触ってみます? 私も結構大きくなったんですよ?」


「そういう冗談は彼氏にするもんなんだからな!」


緋鞠の悪魔めいた微笑みに顔を逸らしながら、反対で髪を整えながらタオルを外していた胡鳥を視界に入れてしまう。


「お、おおお兄さん!? ひ、緋鞠...さんじゃ物足り、ないからって.......」


「なんだ? 兄ちゃんは胸の大きな胡鳥さんがいいのか?」


「die please. デース」


片言の英単語しか言えなかった結城の口から発音の良い言葉が流れたと思いきや、死の宣告を受けた自分と、桶を並べながら身を隠す胡鳥。

それを取り巻く周りにいつも通りのアルプロのアイドルという騒ぎように心を和ませながらも宴会で疲れたのか、風呂上がりにはすんなりと全員が枕に頭を寝せていた。


緋鞠と結城、華月と胡鳥の組み合わせに布団を預けながら、俺は月夜の照らす窓際に寄りながら、販売機で買ったジュースを片手にその寝顔を見つめて微笑んでいた。


通り抜けるような風に降り積もった雪が綺麗に舞っていた様子に見惚れていて、気がつかなかったのだろう。

スッと起き上がった結城が隣に近づてきたのである。


「ラスターシャ...だな?」


「気配は消したつもりだったのに。君の前で隠し事は出来ないな」


髪の色と目の色が変わると、いつものラスターシャが少し寂しげに俺の持っていたジュースを奪うように取ると、気を遣う事もなく飲み口から堂々と飲み始めた。


「少し、風当たりにでも夜遊びはどうかな?」


「子どもが益せた事を言うもんじゃないぞ?」


ラスターシャに連れられて、部屋を出ると不意に相手が数歩進んだ先で壁に手をつけて、俺の動きを止めさせる。

その行動に何の意味があるかは、研ぎ澄ました耳で聞き取る事が出来た。


「聞こえたようだな。隣の部屋の彼らのせいで僕は寝付けないのさ」


隣に泊まっていたアルプロの社員の声。喘ぎ声に似た淫らな一定のリズムを刻むように抑えきれない欲望が聞こえる。

リストから確認を取るのは容易だろう。ただ、華月達のいる隣で及ぶ行為にラスターシャが意を唱えた事を俺がどう取ればいいのか。

それが目の前にいた彼女が見つめる瞳に問われていた。


「前に言ったな。記憶が欲しいと。それが今日の約束として、受け取ってもらえるか?」


「何を言ってーーー」


見上げていた彼女は、足払いで俺を同じ目線に強引に近づけると唇を重ねて、考える隙もなく手を握って、実りの薄い胸へと誘導した。

しばらくして、口を離すと吐息と表情に色をつけながら、肩にかけていた浴衣をゆっくりと胸が見えるか際どい位置まで降ろして上目遣いで俺の胸から見上げていた。


「すまない。と言ったら自分の気持ちを曲げてしまうから、敢えて言葉を変える。理由を言えば気持ちに噓をつく事になる。だから真実は分からなくてもいい。ただ、受け取って欲しい......」


ラスターシャほどの知的に満ちた人間が、隣の部屋の誘惑に負けるとも思えない。訳は必ず存在する筈だが、彼女の言葉には理由を聞くなという暗示がある為、迂闊に問い正す事は出来ない。

だからといってこのままではーーー。


「お、兄...さん......?」


部屋から出てきた胡鳥に運良く貞操を守るように、逃げの一手として救われたが、気を落としてしまったラスターシャは元のベアトリーチェへと戻っていく。


「お兄さん...今の、ラスターシャ...さん......」


「あぁ。だけどアイツらしくない。だけど、何も話さなかったんだ......」


心配そうに近寄る胡鳥と共にラスターシャの意図は理解する事は出来ずにいたが、感づいただけとは別に何かを想い悩む目の前の彼女の寝顔をただ見つめている事しか出来なかった。

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