第19話 結城『達』の夢
秋の涼しげ季節も終わり、寒さを感じる時期になったある日。
我がアルプロでは、今年の一年の成果を出し合いながら、来年に向けての会談を行っていた。
結城と胡鳥のデビューも先が視えていない事から、延期に延期を重ねているが、売れっ子の二人は、週一のペースで色んなイベント会場に周って、レッスンと共に学校生活と両立した毎日を送っていた。
俺も新人二人の担当で、あまり顔をイベントに出せない事から姉妹に会う機会は、帰宅後の私生活でしかなくなっていた。
結城と胡鳥が一躍、有名になれば平等に振舞う事が出来るのだがーーー。
「それで? 無理やり抑えつけた僕に案を貰いたいと?」
「あぁ。結城はともかく、胡鳥はあの性格だし、そもそもお前も売れないと今後の生活にも関わるしな」
薄目でこちらを見据えて脚を組んでいた結城こと、『ラスターシャ』に出てきてもらいつつも相談に乗ってもらおうとしていたが、説得をするまでに数時間を有しているのだ。
まるで貴族のお嬢様を宥めて、理解させるような苦行に似ているが、戦力と成り得る脳を持った参謀に置くには、ラスターシャの力を必要不可欠でもある。
「君はアレか? 僕に売れるまで、枕営業で他の会社を征服させようとしたくないから、上手いことなんとかしてもらおうと考えているんだろ? 僕は常に偽人格の裏側にいるだけだから、何もせずにこのままが一番良いのだがーーー」
ため息をつきながら、目の前に捧げる供物として置いていたお菓子に手を伸ばす、ラスターシャの隣でバリバリと遠慮を知らずに頬張っていた胡鳥もその内に売り出す好日が必要である為、相談に乗る相手として今はラスターシャを頼るしかない。
「そもそも何故、Kaleido sistersとやらは売れたのか考えたのか?」
「可愛いと元気がある女の子ユニットだから...かな......?」
質問されるであろう問いに答えるべく、一応の返答はいくつか考えていたが、それだけではないと指摘するように、みたらし団子の串を向けた相手を苦い顔で見つめる。
「彼女らのプロフィールを読んだが、互いに実績がそれなりにあるからであって、普通の女の子は簡単にアイドル等とプロダクションに所属して尚且つ、実績を保てないと自らを語れないのさ。それを意図も容易く達成してしまったから、他に憎まれてもしょうがないと君は考えなかったのかい?」
言われるまで気づきもしなかった。
まるで、少しネットを通して垣間見た情報を元に考え出された答えをスーパーコンピューターのように、演算で導き出したかのようなラスターシャの発言で簡潔に述べられた事実にただ納得する事しか出来ない。
確かに弱小だったAltoプロダクションを急激に成長させた功績は、華月と緋鞠が積み上げてきた経験を活かした取り組みからかもしれない。
「それを僕達みたいな素人に『すぐにアイドルになれ!』って無理難題を吹っかけているだけなんじゃないかな? 胡鳥、貴様はいいが私みたいなお子様ボディーではマニアックにしか売れないのが目に見えているのだ」
お菓子に夢中になって、自分は関係ないといった食べっぷりをしていた胡鳥に苛立ったのか、横目で所行を見ていたラスターシャが豊満な二つの膨らみが好物を手に取る度に揺れる事に腹立ってしまったように両手で胸を鷲掴みしながら、椅子から転げ落ちる相手を逃がさないと押さえつけていた。
「知名度を増やす事からなんだろうが、お前達だって十分可愛いと俺は思うし、それに他に負けない実力もあると思っているがーーー」
「お、お兄...さん......。助け...ひゃっ!?」
考え込む俺の目の前では、猥褻行為に及ぶラスターシャの姿があるが、そんな事をいざ知らずに今後の取り組みについて考える事を優先してしまう。
「案がないわけでもないぞ? 今、わかった事だが実用性がないわけでもない。風俗関連ではないし、危険もない事だが乗るか?」
ラスターシャの目が啞然としたようにパッと閃いたように、胡鳥から手を離して机に備え付けてあったデスクチェアに座っていた俺の膝の上に乗るなり、パソコンを弄り始める。
「突拍子で新雑な発想からでも万物は掌握できる。胡鳥は、まだしも僕達に出来るかは分からないが誤魔化しは出来ると思う。それには、ネト充とアイドルオタクの助けがいるがーーー」
何かのブログの開設とペコペコ動画、あいつべという動画サイトの登録をし始めたラスターシャのタイピングと手際の良さに感服しながらも天才といわれた少女の考え出したアイデアに今は縋るしかなかった。
「簡単に説明すると、動画配信だけで食べていくなんて夢物語を達成した人達の裏取りだよ。僕達は歌って、踊ってみた動画を投稿する。ただし、これはあくまで下積みにしか過ぎない。結果が出るまで3ヶ月は要すると考えてくれ。最初の投稿から、3回目くらいでトータル結果を元に方針を少し変えていく。そして最終的に重要になるのは、緋鞠の存在だ」
長々とした野望を口にした相手を見ながら、目には一点の曇りもなく、ただ目標を目指す少女が期待を胸に話しかけていく様子が伺えた。
やっぱりラスターシャも結城に感化されたのだと、この間の夜以来とは違って他人の事を想う気持ちが芽生えたのだろうと自身の心に頷く。
「聞いているのか? 僕が自分以外の為にこんなに頭を使う事はあまりないのだぞ?」
振り返りながら、俺と目を合わせる相手を見つめながら、ゆっくりと頭を撫でながら抱きしめてやると、不意を衝かれたように顔を赤くしてジタバタと暴れる相手をしばらくの間、宥めながら落ち着いたように身を委ねた相手に感謝の意を伝える。
「ラスターシャ。お前も結城として、一緒にアイドルを目指してみたらどうだ? 大きな舞台は緊張するし、何より疲れるだろう。だけど、そこにいるのはお前を天才少女としてじゃなく、一人の女の子として見てもらえる場だ。結城も言ってた。自分の存在を証明したいって。あれは、お前の願いでもあるんだろう?」
「僕は...僕はただ、君達みたいな考える頭のない人間に知識を与えるしか出来ない微弱な存在だ。社会になど出れるわけもない。そんな僕がステージに立って何が出来ようか......?」
話を聞いていたように胡鳥が横から寄り添って、ラスターシャを抱きしめると母性のある抱擁と共に自らが逃げ出さないように脚に力を入れながら、真剣に目を見つめる努力をするように震えていた。
「ラスターシャ...さん、は決して...そんな人じゃ、ないと思い.......ます。こ、こんなわた、私にも光差す道...をくれた優しい、人...だから.......」
「それに結城が一人でステージに立った時にミスしてフォロー出来るのは、お前だけなんだ。二人で夢を目指すのも悪い事じゃない。俺も傍にいるし、安心して胸を張ればいいじゃないか」
両手に花とはいえないだろうが、空いた手でパソコン画面に文字を打つと意識を失うように俺の肩に凭れ掛かる相手の姿を見ながら、ゆっくりと結城を抱えてソファーに寝せる。
「ラスターシャさん...は、わかってくれ...たでしょう、か......?」
最後に見せた恥ずかしそうな表情、そしてパソコンに書き込まれた文字でその答えにはすぐに在り付けた。
「ラスターシャも一緒に夢を目指すさ。アイツは天才少女である前に決めた事を曲げない人間だからな」
パソコンに打ち込まれた文字。
『勝手にしろ』と書かれた文章には、きっと俺に付いて行くという意味が含まれているのだと思う。
結城の夢ではなく、自分の夢としてアイドルとなる。そして、本音を伝えられない彼女だからこそ、俺達以上に努力して大きくなっていくのだと、その時の俺は考えていた。
誰に決められたわけでもなく、ラスターシャ自身が決めた事にどれだけの規模を催しているかはわからない。
ノルマは果たす面倒くさがりやな女の子として、俺はあの子に精一杯尽くそうと、飛んでいくツバメに彼女を重ねていた。
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