第18話 二重人格
本日は、Kaleido sistersの双子が別のイベントに主席をしていた為もあり、四六時中の間を結城と胡鳥に費やして、今後のレッスンの方針を決めるつもりだ。
雲行きが怪しい事もあり、事務所への送迎の為にいつものように正門で待ち構えていた。
それにしても下校のチャイムが鳴ってから30分も経っているのに、2人とも姿を見せない。
何かあったのだろうか。
「お、お兄さん。こ、こんにち...は......」
後ろからクイクイっと、袖を引く感触から後ろにいつの間にか乗っていた胡鳥に、驚きながらも何かを口に出したいが、どう説明していいのかといった表情を浮かべていた相手を見つめると、車から外に連れ出す。
「結城に何かあったのか?」
顔を縦に振りながら、身震いをしていたところを見るとイジメを受けている可能性を脳内で視野に入れながらも時間を掛けるわけにもいかない。
強引ではあるが手段は一つしかない。
「ーーーーッ!? お、おっ、お兄さん!? こ、これ...お姫様だ、抱っこ.......」
「悪い! 結城の一大事だ。殴ってくれても構わないから案内を頼む!」
顔を真っ赤にした胡鳥を抱えながら、お嬢様学校の敷地内に入ると周りの女生徒から歓声のような声を受けながらも顔を伏せいる相手の指示を受けながら、校舎裏まで走っていく。
「と、止まってくだ...さい.......」
広い庭園のような入り口近くの角で立ち止まると、その向こう側にいる結城と思われる女生徒と先生のようなスーツを着込んだ男性が、何かを話している様子が視界に広がる。
「これが今月の分だ。次も頼むぞ?」
「---はい」
封筒を渡されると、男性に顔を向ける結城。その行動に応えるように男性は、結城に顔を近づけていく。
「まさか、アイツ......」
止めに掛ける間もなく結城に口付けを交わし、慣れた手付きで彼女の身体に触れながら、深く交わしていた彼女も声を漏らす程に感じていたように手で口を押さえている。
涙を流しながら、感じてしまっている事に後悔をしているようで、喜んでいるようには見えない。
「結城...ッ!?」
「だ、ダメ...です......。今、結城さんとの間に入った...ら、お兄さんの立場がーーー」
プロデューサーとして、結城と男性の前に立つという事は彼女の学園生活に影響を及ぼすという結果にしか繋がらず、罰する事が出来たとしても結城がアイドルとしてデビューした時の障害にしかならない。
「んぅ...んんっ.......」
聞こえる声に耳を伏せながら、その場が収まるのを待ち続ける。
「ふぅ......。今日はこれぐらいにしておくが、今度こそ処女を捧げてもらうからな?」
「.......はい」
立ち去る男性の姿を目視出来ないところまで移動するのを確認すると、結城に近寄って声を掛けようとするが、踏み出す第一声が見つからない。
そこに座り込んでいた少女は、俺の知る顔をした結城ではなく、俺の知らない世界に怯える小さな女の子が顔を見られないように手で隠しながら、ずっと謝り続けていた。
「お兄...さん.......。あの人が戻る前に.......」
「あぁ。そうだなーーー」
結城を抱き上げると、停めていた車に座らせて事務所へと向かう。勿論の事ながら、結城は車から降りられずに席で彷彿としていた。
まるで俺に見られた事で全てが終わってしまったかのような、絶望的な表情に体育座りで爪をかじりながら、目は虚ろになっている。
合流した緋鞠達が話しかけても反応はなく、心の奥底に自分を隠してしまったように何も答えないただの壊れたロボットのようにその場にあった。
「2人とも本当にいいのか?」
「兄ちゃんだって、結城さんに何か思うところあるんだよね? 私達には何も出来そうもないし、緋鞠ちゃんと決めたんだ。兄ちゃんに任せるって」
マンションの駐車場で姉妹を降ろすと、付き添いで話しかけていた緋鞠も別れる前に結城をギュッと抱きしめる。
「ベアト。私が貴女の事を兄さんに話していれば、こんな想いをしなくて済んだのにに......」
涙を流しながら、結城に寄り添っても全く反応を見せないのを確認すると、ゆっくり離れて華月に連れられていくのを確認する。
結城の目が少しだけ、緋鞠に向けられたのを俺は見る事が出来た。結城も本当は此処に居たいと思っている筈だから、後悔をしない道を選びたい。
真っ先に車を走らせたのは、結城の家。
住所を元に向かった先は、都内に何軒かある富豪宅の1つだった。
結城という苗字に心当たりはあったが、本当にこの家の人間ならお金に困る筈がないが。
「これはこれは。立花様ではございませんか」
出迎えに来たのは、顔の整った一人の執事。結城を向かえに来る車を運転していた姿を見ていた事もあり、知っていたというべきだろう。
「ベアトリーチェさんが、体調不良だったのでお連れしました。中に入っても?」
「いいですよ。但し、ベアトリーチェ様の家はあちらになります」
執事が指差す先には船でよく見かけるコンテナ。そこに入り口のついた小さなゴミ捨て場のような場所だった。
「貴方は何を言ってるんですか.......? 結城は此処の豪邸の家族の筈ですよ......?」
「ベアトリーチェ様は、幼き頃からあの場所に住んでおります。自給自足は基より、我が結城家の財産で育った捨て犬に過ぎません。血は繋がれど、出来損ないの欠陥品を置くスペースが無いというのが、この家の主人の尊重です」
結城がちゃんとした家庭の送り迎えをされているのだと思った。実際は俺が見ていない所でゴミのように扱われ、生活の全ては自分の全てを賭けていたのだろう。
それでも毎日、元気に華月達と接していた。辛い現実とは裏腹にコイツなりに心配を掛けまいと必死に。
俺がしてやれる事は少ないのかもしれない。だがこの状況は見過ごす事が出来ない。
「わかりました。結城の戸籍を譲って頂けないか、主人とお話をさせてもらえますか?」
「いいですよ。私達も其処のゴミをどう処分するか検討していたものですから」
執事に案内されるまま、車を動かして敷地内に入ると番犬のような大量の犬がこちらに向けて吼えていた。
俺に対してではなく、恐らくは結城に対する警戒を意味しているのがわかる。
話はあっさりとついた。結城がいなくなれば、家が取り立てた借金はチャラになり、学園への援助金もなくなる。
その事に対して何のマイナスもない事がから、俺は書類にサインをして結城の戸籍を立花の姓に書き換えた。
コンテナからは、結城が必要とするであろうという物を全て車に詰め込み、その場を後にした。
時間も時間なだけあり、マンションには戻れずにホテルに泊まろうと、意識が混乱したままの結城を抱いて部屋に連れて行く。
ベッドに相手を寝せると、着ていた制服がシワにならないように上着だけ脱がせて、ワイシャツ姿にした後に俺はシャワーへと移る。
今後の事、結城の意志を聞かずに勝手にした事をどう思うのかが不安で、垂れ落ちる水の雫をずっと見つめながら、しばらくの間をシャワーに打ちひしがれていた。
シャワーから戻ると、結城が起き上がって辺りを見渡していた。
「結城! 大丈夫か? お腹とかすいてないか?」
近付いた俺に見せた結城の顔は、今まで見た事のない鋭い目つきにまるで別人のような雰囲気を与えているようだった。
「『初めまして』だな。立花樹。僕は君に会いたかったぞ?」
スッと立ち上がると、妖しく微笑みながら窓際に向かっていく結城に演技でやっているとは思えない程、自然な動きや言動を得ていた。
まるでーーー。
「まるで、結城ベアトリーチェではない。と言いたそうな顔をしているな。正解だ」
縛っていた髪を解くと、月の光が当たると同時に金色の髪が間逆の銀色に変色したようにも見えた。
「僕は、結城ラスターシャ。君の知る偽人格の本当の顔さ」
「偽人格? 結城ベアトリーチェがお前の作り出した人格という事か?」
胸の前で腕を組むと大人ぶった姿に表情も鋭く、部屋に備え付けてあったフルーツに手を伸ばして、その中からバナナを一本もぎ取ろうとしていた。
「如何にも僕が本来の結城家の娘だ。あの家は物心をつかせる前から結果を残す人間を育てるのが、由緒正しいと反吐の出る方針らしい。結果、私は幼稚園児の頃より歴代の天才を凌駕する頭を備え付けたわけだ。だから、自分を誤魔化す人格を作るのに訳などなかった」
バナナの皮を向いて、綺麗に余分な黒点を切り取ると手でなぞるように形を確かめていた。
「だが、僕にも限界はある。どんなに頭が良くても小さな子どもだから、期待に添えられるだけの体力がない。だから僕は、疲れない為の人形を作り出した。偽人格は誰にでも好かれるように設計し、行動するように私が考えた。だが、誤算が一つ生じたから僕が出なければならなくなった」
「誤算? お前が作り出した結城が動かなくなった事か?」
バナナを口に咥えると、味わうように平らげて皮をゴミ箱へと捨てると、隙を狙うように俺に詰め寄ってベッドに押し倒される。
「お前だよ、立花樹。偽人格に亀裂が入った原因であるお前を僕は、なんとかしなくてはいけないのさ。偽人格を元に戻す為に記憶を作らねばならない。だが僕と完全に隔離された偽人格に記憶を送る事は出来ない。ならば、実体験で傷を埋めようというのが参段だ。喜べ、この結城ラスターシャの肉体を自由にしていいと僕が言っているのだ」
「ーーーそれで結城は元に戻るのか?」
相手の顔が目の前にあり、俺の知っている結城が戻ってくるなら安い願いだと、衣類を脱ごうとする素振りを見せたラスターシャを見ながら静かに目を瞑る。
柔らかい肌の感触。未発達な身体とはいえ、女の子の身体というには十分に温もりを感じる。
最初は何も言わずに俺の身体に触れながら、無言の相手も次第にその気にさせたいのか頬に舌を当てて、首筋まで丁寧になぞる。
太ももが身体を脇を挟むように当たって、小さな女の子を相手にしているとは思えない程に心地の良い感触が伝わる。
「あくまで自分から、手を出さないつもりなのだな。僕も一応、生物学的には女の子なのだぞ? 恥をかかせないのが男性の務めだと思うが?」
「わかっている。お前も結城が一部だとしても、結城である事に変わりはない。だからーーー」
相手の手を引いて、逆にベッドに押し倒すと目を閉じていて見えなかった結城の素肌を前に欲情しないように自分に言い聞かせながら、両手を握る。
「結城! 聞こえるか? 緋鞠達がお前を待ってるんだ。だから引きこもってないで出て来い!!!」
「な、何を言ってるんだ。僕が主導権を握っているんだぞ? 聞こえたとしても出てこれる筈がないだろう?」
結城を取り戻すには、何かしらのショックが必要なのかもしれない。しかし、こいつが望まないまま大事な物を奪う事はしたくない。
目の前の相手が戸惑いを感じながら、何かを我慢しているようにも見えた。
汗をかきながら手元から脈が、激しく鼓動しているのだ。
本物の結城が表に出たがっているのかもしれないと、赤くなった相手の顔を見ながら、身体を抱きしめるように密着する。
心臓が今にも飛び出そうなくらいに伝わりながら、涙を流し始めた相手を見つめながら、俺の背中を引き裂くように力強い握力で必死に自分を押さえつけようとしているのだ。
「結城、頑張れ! 俺が傍にいてやるから、もう元の生活に戻らなくていいんだ。今、この時だけでいい。お前の本気を見せてみろ!!!」
「やめっ、僕は...私は.......ちゃんと此処にいる。ちがっ...違わない。僕が生んだ人形のくせに...違う。私は結城ベアトリーチェ。マスターの弟子で、お兄ちゃんのアイドルなんデス!!!」
弾けそうな鼓動が、大きく伝わったと同時に意識を失うように俺の肩に顔をつけた相手をゆっくりと離す。
今の結城が、ベアトリーチェなのかラスターシャなのかはわからない。
ただ清々しい表情で眠っていた相手を枕に寝せると、その顔をしばらくの間、隣で見つめていた。
意識がなくなる感覚はなかったが、ふと気づいた時には、薄明るく太陽が昇る前という頃に目を覚ましていた。
目の前に結城の姿はないが、浴室の方から水の音が聞こえる。
自然と心配はなかった。脱ぎ捨てられた衣類。そして何よりもアイツらしい証拠を見つけたからである。
「お、お兄ちゃんが望むなら、身体を捧げても......。でもマスターにバレたら一貫の終わりデス」
「何を話しているかはわからないが、風邪を引くからちゃんと服着ろよ?」
浴室から出てきた相手に、準備してあった大人のゴムを顔に投げつけると、受け止めた結城が真っ赤になりながら、その場に座りこむのを見ながら、頭にバスタオルをかける。
「私がえっちな事を、勝手に被害妄想していただけみたいな言い方は辞めるデス! 絶対、ぜ~ったいに寝ている間に何かしてたのは明白デース!!!」
人差し指をこっちに向けながら、慌てている相手にため息をついて、ゆっくり抱き上げると窓辺から見える日の出が昇るまで、結城の妄想談に相槌をしていた。
ただ結城なりに必死に何かを追い求めていたのは、確かであり、主人格を自分の力で抑えたのも事実。
そんな彼女の髪は照らし出される光で、金色を纏い、吹き抜ける風に綺麗な小麦畑のように輝いていた。
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