第17話 誕生日

本日は晴天で、イベント日和というには、これ以上にない青空が広がっている。


今日は兄の代わりに、この私こと『華月』から見た最近の日常を実況しようと思う。


アルプロのメンバーも増えて、緋鞠ちゃんと結城さんの関係も気になるが、新しく入った胡鳥さんも話をしようにも中々、会話というものが出来ない。


そんな私も最近では、Kaleido sistersという肩書きだけで緋鞠ちゃんに比べて、特に目立つ事もなく『元気が売り』というただそれだけの存在で、他のアイドルと比較しても落ち着きを得てしまったような、見た目のみのアイドルになりつつある。


どんなに元気を振舞っても、自分の居場所がどんどん狭くなっていっている気がする。


「華月ちゃん、どうしたの?」


顔を覗き込んだ緋鞠ちゃんにブンブンと顔を横に振りながら、いつものように笑顔を作る。


「なんでもないよ? 緋鞠ちゃんは準備できた?」


「私は問題ないけど、高校生組が...ね......」


緋鞠に合わせて視線を向けると、結城と兄ちゃんが悶着していた。


「あのな、結城はそういうオーダーだから仕方ないんだよ。頼むからわかってくれーーー」


「信用出来ないデス! なんでマスター達に比べて、私だけスクール水着で出なければならないデスカ!?」


体型の事もあり、今回の視察会でアリプロの宣伝PVを作り変えなければならない事に関して、私と緋鞠ちゃんは可愛らしい水着でさっきから、駄々をこねている結城さんのみが自分の水着に納得していない様子。


「ベアトもそれぐらいにして。私たち、いつまで待たされてると思ってーーー」


「マスターは酷いデス! 中学生なのに私の関東平野に比べて、エベレストのような発達した肉体を持っているのデスから......」


泣きそうになりながら、緋鞠ちゃんに抱きついては胸囲の格差に嘆いているのだ。


そして問題のもう一人はというと.......。


「胡鳥、ダンボールから出てこないと始まらないぞ?」


ダンボールの中に身を隠している胡鳥さんを見ながら、声をかける兄に箱をドンドンと叩きながら意思表示をしている。


「わ、私...のか、顔なんて...た、ただの飾り...だから、ほ、他の子で代用...すれば.......」


ダンボールの隙間から、兄を見つめているのか向きを変えるとスタジオから出ようと動き出す胡鳥さんを押さえつけるようにダンボールを鷲掴みしていた兄だが、力任せに高校生に負けている大人の光景が目の前にはある。


「いい加減に...しろ!!!」


ダンボールを胡鳥さんから引き剝がすと、勢いよく尻餅を着いた兄ちゃんに駆け寄って状態を起こす。


「兄ちゃん、大丈夫?」


「ーーーあぁ。それより胡鳥は?」


ダンボールを引き剝がした場所に倒れこんでいる眼鏡の女性に近づくと、結城がまた文句を垂れ流しそうな、大きさのある胸に引き締まった腰周りといった理想の肉体が、顔を手で被っているのを見つける。


「兄ちゃんは後ろ向いてて! 絶対こっち見ちゃダメ!」


兄の尻を蹴飛ばし、布で相手の身体を隠すようにすると被った手を離して、私の顔を見つめた相手に少しだけ胸がトキめいてしまった。


緋鞠ちゃんや結城さんのような可愛さではなく、大和撫子のような健気さと美しさに満ちた相手の顔立ちや、リスがクルミを貰った時に見せる表情で私の胸に顔をつけている。


「あ、ありが...とう......。か、華月...さん」


「お礼とかいらないですから! それに胡鳥さんの顔、ちゃんと見れたからいいかなって......」


嬉し恥かしいといった顔をしてしまった事もあり、相手の肩に額をつけると介護されるかのように優しく頭を撫でてくれた胡鳥さんに表情を見せる事が出来ない。


顔を伏せた私を見て、笑ったのか小さく口元に手を添えて笑顔を見せてくれた相手に、顔を赤くしながらムッとした表情で相手の手を握る。


「胡鳥さんは意地悪なんですね。私が一番、この中で影が薄いからってーーー」


私の発言を聞くなり、顔を横に振る彼女が私の手を握りながら、兄の下へと連れて行かれる。


「お、お兄さん......。わ、私...華月ちゃんとなら.......PV、いいですよ.......?」


兄の前で身体を見せないようにしっかりと布で隠しながら、仕事の話をしようと彼女なりの勇気を示すように前へと進もうとしていたのだ。


こんなに震えて、人前に立つ事が慣れていない胡鳥さんが自らの足で踏み出そうとしている。


それなのに私はーーー。


「兄ちゃん! 私が胡鳥さんとずっと一緒にいてあげるから、お願い!!!」


兄の前に立って、初めてワガママではなく、ちゃんとした願いを聞き届けてほしい一心で頭を下げて頼み込む。


Kaleido sistersというユニットとしてではなく、個々のアイドルとして私もいつまでも緋鞠ちゃんと共に歩めるわけでもないかもしれない。


だから自分の存在理由を明確に知りたいが為、無茶なお願いだという事もわかっていた。


だから、兄に出来る頼み方は頭を下げるしかないという事もーーー。


「---華月、顔を上げろ。兄ちゃんにそんな頼み方をお前がしなくていい。言っただろ? もっとワガママを掛けていいって」


「いいの?」


いつもの通りにワガママを聞いてくれる時の兄の表情で、縦に首を振る姿に安堵したように涙を流して、嬉しい表情をした私の頭を撫でる優しい大きな手に感謝の意を向けながら撮影へと移っていく。


緋鞠ちゃんと離れての撮影ともあり、ポーズから表情や姿勢も一転したように変わって、ぎこちない体勢という事もある。


これも1つの道として、見た目とは想像できない様子や胡鳥さんに合わせた大人の角度で撮影は進んでいった。


「マスター! 我らが真髄を世に知らしめるデース!!!」


「爆ぜろリア充! 導け、黄泉の世界! トワイライト・ディス・ワールド!!!」


私達とは、打って変わるように自由な撮影現場となっている対面も、奇抜な発言と共に子どもが日朝に見る番組を連想させるようなポーズを取っている。


「わ、私達...もやった、方が......?」


「真似しなくていいと思います。胡鳥さんは容姿を活かして、あっちとは対極のアイドルとして売っていけると思いますので」


緋鞠ちゃん達に憧れているのか、不用意な発言にフォローを入れながらも撮影は進んで気づいた頃には、夕日が沈もうとしている。そんな時間だった。


「お疲れ様です!」


元気よく挨拶を済ませた私に、ニコニコと現場に来ていたスタッフ面々が笑顔で通り抜けていく姿に首を傾げる。


「お疲れ様。『今日の華月』は、華月だったな」


「今日の私?」


その言葉の意味がわからずに、話しかけてくれた兄の袖を掴んで事務所の中へと戻っていく。


迎えてくれた事務所の面々が、入り口に入った私に向けてクラッカーを一斉に引く。


「お誕生日おめでとう、華月ちゃん!」


鳩が豆鉄砲をくらったように啞然としながら、飾り付けられた事務所の風景や並べられた調理やケーキにやっと今日が、自分の誕生日だという事に気づいた。


10月24日。そう、今日は私の誕生日だった。


「華月ちゃん、お誕生日おめでとう」


横からプレゼントを渡しに来た緋鞠ちゃんと、ニシシと笑う結城さんとーーー。


「お誕生日...おめでとうございます......」


私を兄の言っていたいつもの私に戻してくれた胡鳥さんが、横で同じくプレゼントを構えてくれていた。


「華月が心、此処にあらずだったからサプライズで俺が提案したら、みんな乗ってくれたから出来た誕生日会だ。お前は、あんまりこういう事されるの嫌だと思ってたんだけどーーー」


そんなことはないと、強く袖を握りながら兄の顔を見つめると、祝ってくれる全員の中心に移動する。


「みんな、今日はありがとう。でもいいのか? 私の誕生日って事は朝までパーティーは覚悟してもらうからねっ?」


いつもの自信に満ちた顔が出来ていたかは定かではないが、力の限りこの誕生日会を楽しもうと思う。


今日は、私の『誕生日』なのだから。

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