第15話 結城と緋鞠の契約
同日の静かな夜に差し込む月日に照らされながら、後輩に私は修学旅行で購入した木刀を向けていた。
後輩にちょっとだけ優しい声を掛けただけで、すんなりと釣れた事もあり、知能指数が低いのかと思ってしまう。
何の疑いもせずに信用する獲物を拘束した結果が、今に繋がるこの光景というわけだ。
「兄さんに近づく蛆虫。『デス、デス』言ってれば見逃すつもりだったけど、兄さんが赤の他人である貴女に変な意識を持たない内に言っておきます。担当を変えるように説得をしなさい。じゃないと、私がーーー」
「......」
口をギュッと口篭りしながら、変えるつもりはないと固い意思を見せ付けていた後輩の頬をペチっと叩く。
何も言わずに強い眼差しで私を見つめる相手に、苛立ちを覚えながらも髪の毛を引っ張るように壁に押し付ける。
「貴女が兄さんに色目を使うのも時間の問題です。それもさっきの行動でしっかりと把握する事が出来ました」
携帯を取り出して相手に見せると、その中に収めた兄から借りた服の匂いを幸せそうな表情と共に嗅いでいる証拠が写されていた。
「私は華月ちゃんの代理でもあります。許している部分もあるのかもしれませんが、今後を考えた上で今、この状況が作られているのはわかりますね?」
「お兄ちゃんが好きなワケじゃないデス。私は、私の野望の為に利用してるに過ぎないデス.......」
やっと出てきた後輩の言葉に信用性の欠片も感じないまま、相手の両腕を拘束した布をギュッと更に強めると、苦痛に歪むんだ表情を見せていた。
「なら好きでもない兄さんの服を今すぐ脱がしてあげる」
相手の服に手をかけると、抵抗する意思も見せずに下着一枚という、あられもない姿になっても表情を変えずに私を見つめていた。
「満足したデスカ? 早くこれを解いて解放するデス......」
拘束した腕を前に出して、何事もなかったかのように冷静な相手に苛立ちを重ねてしまう私の心が、解放するなと言っていた。
「まだ解放しない。契約の記として私が貴女の姿を模写しますので、そのままでいてください」
ペンタブを取り出すとゆっくりと時間を掛けて、相手の姿を模写していく。姿形からアニメに出てくるような身なりの後輩に度々、掛け寄っては髪並を直したりと細かい部分までしっかりと描き込んでいく。
「緋鞠さんは三つの人格でも持ってるデス? 今の緋鞠さんはステージの上にいるとも私を虐めていた時とも違うデス。まるで、好きな事に夢中になっている子供みたいに純粋デス」
「...私はアイドルが続かなくても続いても、将来の夢はデザイナーになる事。だから絵も知識も全てが宝なの。下手なデザイナーより漫画家やイラストレーターの方が綺麗な服装をデザインできるから、きっかけを作ってくれた全てに感謝してる」
数時間という長い時間の中で吹き抜ける風に、相手がくしゃみをしたのを見て、ゆっくりと毛布を被せると、顔を至近距離まで近づけながら、ジーッと瞳を覗き込む。
「ち、近いデス! それに吐息が当たってくすぐったいデスーーー」
照れくさそうに顔を背ける相手を見た後にしっかりと、描きあがった絵と比較するように後輩の顔を正面に向ける。
「インパクトが欲しい。ちょっと待ってて」
部屋の隅に置いてあった化粧道具を取り出すと、相手の顔並を再び整えた後に赤のカラーコンタクトを嵌め込んで、再び模写を描き始める。
「貴女のキャラクターだけど、ファッションビッチ?より厨二病で売る方が向いてると思うけど? 今のアイドルでも中々いない類で私達より目立つと思う」
目を見開くようにそのアドバイスに耳を疑っていた相手を見ながら、描き終えた絵を見つめて真剣な表情をして、頬に手を添える。
「厨二病って何デス?」
「厨二病も知らないの? しょうがないですね本当に」
腕の拘束を解いて、隣に座り込むと出来るだけの知識を相手に教えてみた。まだ信用は出来ないが、悪い子でないのは話していた感じ方と私の描いた絵が伝えてくれた。
それに華月ちゃんもきっと私に限らず、この子も許さない意地っ張りなところがあるから、私が自分らしくない行動を取らなくても良かったのだと、途中で気づかされた。
「そういえば、さっき言ってた野望って何の事?」
「---借金デス。負債を抱えているので稼ぐ為にお兄ちゃんのお気に入りになろうとしたデス」
聞かされた借金の額は高校生には、彼女が使ったビッチという名目でもとても返せる値ではなく、私達と同等に売れなければいけない問題だった。
両親が共に研究の為に出費を重ねた結果ともいえるが、子どもである相手が抱える必要があるのかと考える事は私には出来なかった。
「緋鞠さんを今度から、『マスター』とお呼びしてもいいデス? 授かった知識と契約の証デス。貰ったこの眼も大事にしたいデスからーーー」
「好きにすればいい。私は貴女の問題も聞いた仲だし、『ベアト』って呼んであげるから感謝しなさいよね?」
私の発言の後にニヤニヤとした相手に掴み掛かるように、顔を赤くしながら弱々しく顔を叩く。
「今のがマスターの言う『ツンデレ』という奴デス?」
「ち、違うから!!!」
反対を向いて眠るように目を閉じると、相手が背中に寄り添うように眠ったのを確認し、正面にベアトを捉えるとゆっくりと胸に寄せながら、静かに陽が昇るまで疲れを癒していく。
数時間の短い時間であったが、光が差し込む窓を見つめながら、ゆっくりと起き上がると隣で寝ていた筈のベアトがいなくなっていた。
「お兄ちゃん起床の時間デース!!!」
ベアトの大きな声が聞こえると、部屋を出て兄の寝室で寝ている相手に跨りながら、起こそうとしていた後輩の姿を目にする。
「お腹すいたから朝ご飯を早く準備するデース! じゃないとお兄ちゃんのどーてーを頂くデスヨ?」
「あと...五分だけ待って......」
朝日を受けると、薄い目で目覚めた兄がベアトをゆっくりとベッドから落とすように身体の向きを変えていた。
「くぅぅ。マスター手助けをお願いしますデス!」
「わ、私もするの......?」
恥じらいながらもベアトに手を引かれながら、寝ている兄目掛けて助走をつけた跳び蹴りをする。
そのままベッドから落ちる兄の姿に、慌てて駆け寄ると怒りに満ちた顔ではしゃいでいたベアトに矛先が向いていた。
「ふっふっふ。お兄ちゃん、いや『眷属』よ。今のがモーニングコミュニケーションというものデース! 早く私に触媒を用意するデース!!!」
「お前は...俺の昨日の心配を怒りに変えた天才だよ結城......。懺悔の準備は出来てるか?」
いつも以上に怒りに満ちた兄に連れられて、その後に勉強という地獄にずっと正座で受けさせられていたベアトを横目に華月ちゃんと優雅な朝ご飯を過ごす事になった。
肝心のベアトは朝ご飯が抜かれたまま、泣きながら流れる英語の設問に苦しめられていた。
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