第22話 勇気の魔法

皆さん、こんにちわ。紅坂胡鳥です。


今日は影の薄い私自身のココ最近の出来事を記させてもらいます。


そもそも私は普段から、人前に出る事が余り好きではない分、ダンボールの隙間から見える光景と実際では移り変わりの差で見える世界が違います。


人と話すのが、苦手な分の人間観察は余計に執り行い、細かに記憶する癖のようなものが出来上がったのも私自身が、少しでも生まれながらの才能を隠す為に一定の距離を置く必要性があったからーーー。


だった筈なのに。彼女、結城ラスターシャさんに才能を見抜かれて以来、毎日のように頭の賢いあの子は、脅すようにダンボールから私を連れ出しては練習に練習を重ねる鍛錬をしてきます。


華月さんのように思いやりがあるわけでもなく、ただの憂さ晴らしのような練習メニューもお兄さんにも内緒で行っていました。


「ラスターシャ、さん.......。も、もう...げんか、い...少し、やすま...せて......?」


「おや? 僕に逆らうなんて、胡鳥さんは命知らずだな。またその牛乳うしちちを触らせてくれるなら考えてやらなくもないが?」


ラスターシャさんは、私から奪ったダンボールを尻に敷きながら、私の特徴を一点伸ばしするように、学園の休み時間を利用しては、教室から屋上に連れ出されてしまいます。


私にこんな才能があるのがいけなかったのでしょうかーーー。


「君は後悔しているかもしれないが、華月君に少しでも追いつきたいなら、反復練習を忘れない事だ。それと前に収録させてもらったデータをネットに流してみたのだが、予想通りの結果に僕も満足している。あとは、胡鳥さん次第なのだからもう少し頑張ってみては如何かな?」


彼女に言い包められながらも、練習は続いていきました。元々、私がアルプロに入るきっかけになった才能を更に磨こうとするのが目的なのでしょうがーーー。


「私、が...その......く、クラスだい...ひょうに.......なら、なくてもよか、ったんじゃ......?」


そろそろ練習の内容が気になる方も出てくる頃だと思うので、暴露をすると私がラスターシャさんの企みに、お菓子を餌にまんまと乗せられてしまった企画。


それは学園の文化祭で催す事になっていたクラス代表による歌謡大会。つまりは、カラオケを歌わされる代表に選ばれたのです。


そして全校生の前で、1人で歌わされる時点でハードルが富士山のように高い。ハメた代わりにと、ラスターシャさんも歌謡大会に別枠から参加するらしいです。


しかし完璧すぎる彼女には、練習などという言葉は似合わないらしい。私が練習している間は、ファッション雑誌や携帯を弄りながら監視の目を向けている。


「わ、私...と、トイレに.......」


「ん? ふふふっーーー」


不適な笑いをする目の前のラスターシャさんから、トイレまでは常識的に逃れる事は出来ると察した筈なのに。この子には理屈は通用しないらしく、トイレに清掃中の貼り紙をつけて中に誰も通さないようにしながら、私が用を済ませる様すら目の前で観察しようとしてくる。


「あぁ、大丈夫だよ。僕は生粋の人間だから、胡鳥さんに恋愛感情は勿論だが、社会的信用も落とす気はないから、安心して励んでくれーーー」


雑誌を読みながら、私の膝の上に座っている彼女が気になって用をたす事すら困難でした。結局、彼女がドアの前で見張るのを前提に説得に昼休みの残りを使い果たす。


こんな生活も明日で終わる。文化祭の日さえ過ぎればーーー。


学園の帰りに、いつものようにお兄さんが校門の前で待ってくれていた。


私よりも、早く来ていたベアトリーチェさんと楽しそうに話していたのを見ながら、ゆっくりと華月さんと緋鞠さんのいる後部座席に座る。


「胡鳥さん、お疲れ様です。明日、文化祭と聞きましたけど?」


「緋鞠ちゃんも私も明日は非番だから、兄ちゃんを連れて見に行くよ!」


ただでさえ、何百人という人数を相手に歌うのにこの二人とお兄さんも明日来ると言われた時に私はどんな顔をしていたのか想像もつきませんでした。


ただ後ろから、ベアトリーチェさんはガクガクと震えながらサイドミラーから見えた私に怯えていたのは理解できた程、その日にアルプロに向かう車は緊迫していたのでしょう。


アルプロ本社に着いてからもベアトリーチェさんを見張りながら、これ以上に人が増えないようにお兄さんはもとい、緋鞠さんと華月さんにも口止めをしました。


明日に向けた課題曲を本社のスタジオを借りて練習する事を許された私は、ベアトリーチェさんと共に別途の収録を行った。


Kaleido sisters両名が隣のスタジオで次のライブに向けての練習をしている中で、少しでも彼女達に近づく為に必死にも今は、明日の文化祭で実力を身につけたい。


そんな願いで、その日の時間の流れは早く感じたのでした。



文化祭当日。


アルプロから借りた衣装の入ったスーツケースを手に持ちながら、学園へと足を運ぶと昨日までは無かった学園祭の文字が校門に並べられていました。


校門から学園内までの道のりにも屋台らしきものが置かれ、通り過ぎる各教室にもそれぞれ出し物に沿った飾りつけがされている。


私達のクラスは休憩所として使われるらしいので、特に準備もなく時間交代でジュース等の受付を行う程度しかやる事がないのです。


そして気になる歌謡祭の時間まで、逸る気持ちをどうしていいものかーーー。


「胡鳥さ~ん!!!」


元気に走りながら、私の教室に走ってくる女の子の姿。文化祭が始まる準備の段階から、来てくれた華月さん。そして、後ろから一礼をした緋鞠さんを教室に迎え入れるとKaleido sistersとして有名な彼女達にすぐさま噂を聞いて、他の生徒達も集まる。


万人受けの会話を元気にする華月さんと、冷静で取り乱す事のないお嬢様気質の話し方の緋鞠さんを前に教室内は休憩室というより、サイン会の会場に一転してしまったのです。


勿論、後から来たお兄さんに纏められながら、先生方に謝罪をしていた彼に対して校外に漏洩しない条件で、今日の文化祭に参加する事の許可を得る事が出来たみたいです。


私も空いている時間を利用して、ベアトリーチェさんと共に二人と校内を見回っていく。華月さんは、出店を見つけては大量に食べ物を頬張り、緋鞠さんはベアトリーチェさんと楽しそうに会話していました。


「次はアソコに入るデース!!!」


ベアトリーチェさんが指差す先には、よく出来たお化け屋敷の教室があり、元々、オカルトには耐性があった為、私は平気だったがKaleido sistersの双子は、大丈夫ではないらしく、遠慮するように普段から姉妹として似つかない性格を協力し合って私達を止めようとしていました。


ベアトリーチェさんと目を合わせて、互いに妖しく微笑むと片方ずつと言わずに二人同時に中に入れようと意地悪をしてみます。


その後を追うように響き渡る悲鳴を頼りに、中のお化けのセットを搔い潜っていくと、配置されたお化けを泣きながら殴っていた華月さん、脅かそうとしていたお化け担当の先生を狂ったように笑いつつも首を絞めていた緋鞠さんを宥めるように止めにかかる事に。


はちゃめちゃな文化祭となったが、こんなに心から笑ったのも初めてかもしれないというぐらい楽しい一日となったのは間違いないかもしれないです。


「おーい! 結城、胡鳥はそろそろ準備する時間だぞー?」


お兄さんが、お化け屋敷から出てきた私達に駆け寄って時間を知らせると、教室からスーツケースを持って、会場に使われる体育館へと移動していきます。


華月さんに衣装の着付けと、化粧を手伝ってもらいながらも隣で困惑していたベアトリーチェさんを無理やりに仕上げようとする緋鞠さんを見ていました。


「聞いてないデス! 私が歌謡祭に出るなんて聞いてないデス!!!」


ラスターシャさんが決めた事なので勿論だが、ベアトリーチェさんは知らなくて当然だったのですが、それにしてもラスターシャさんは中々姿を現さずにベアトリーチェさんの番になっても意識の交代をしなかったみたいです。


やけくそのようにベアトリーチェさんが、歌う嵌めになったが本番とは思えない程に完成度の高い歌い方に全校生から拍手が沸きあがった。


今にも泣き出しそうになっていた私とは違う。ベアトリーチェさんには、アイドルとしての才能があるのでしょう。


せっかく華月さんにメイクしてもらったこの顔も、衣装も全て無駄にしないかという不安に押しつぶされそうになっていた。ステージから降りてきたベアトリーチェさんは顔色を気にするように声をかけてくれた。


「胡鳥さんは、何で暗い顔をしてるデス?」


「わた、し...ベアトリー...チェさん.......みたいに、元気ない...し、それに...私なんかじゃ......」


不思議そうに見つめていた目の前の彼女は、何かを思いついたように手荷物の中から私に見覚えのある私物を手渡す。


「お守りデス。これを持っていれば、いざという時に安心感で満たされる筈デス!」


渡されたのは、彼女が思うお守りなのだろうが、ふと笑いが込み上げてしまい、その場で口を押さえながら笑ってしまう。


「な、何が可笑しいデスカ!? あったら便利なのデスヨ!?」


「ーーーうん。ありが、とう.......。大事に...するから......」


ベアトリーチェさんから手渡された大人のゴムを握りながら、舞台裏から順番が回ってくるのを待つ事にします。


「次は、エントリーナンバー8番。最後の出場者となります! 紅坂胡鳥さんです、どうぞ!!!」


舞台に上がる私の前には、何百人と並ぶ生徒。そしてーーー。


「頑張れ-!!! 胡鳥さーん!」


私の大事な家族。お兄さんも見ていてくれているこのステージで、最初から失敗を恐れる必要なんてなかったのでしょう。


ただ私は、今を楽しめればいいんだ。


「曲は...fallen up......」


メロディーと共に歌いだすと、全員が私に集中して見つめてくれているのが伝わってくる。


いつかは私も昔は嫌いだったこの才能を全国に向けて、もっと大人数に見てもらえる日が来るのか。そんな気持ちで、初めて自分の意思で下を向かずに曲を歌う事が出来た気がしました。


「胡鳥さん、凄いですね」


「あぁ、社長があの子をアルプロに推薦した理由は人柄だけでなく、あの歌声があったからなんだろうな。俺も今日のこの日まで、胡鳥にこれほど感動するとは思わなかった」


お兄さんの袖を握る緋鞠さんからも着目を得た歌謡祭は、無事に成功という形で終わり、結果は私が9割の評価を得て優勝という形で幕を閉めれた事もあり、アルプロのアイドルとしての自信もついたのでしょう。


その日を境に本格的な歌のレッスンに力を入れ始めました。今の自分に足りない部分を見つける事も、ラスターシャさんがくれた布石なんだ。


記念に撮った文化祭の写真に映った自分の姿を忘れないように、毎日見返しては大好きな華月さん、そしてお兄さんにも誇れる自分になりたいと、今日もメロディーを口ずさみながらアルプロに向かう事にします。

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