第24話 魔法使いの除夜

何事もなかったかのように窓から差し込んだ光が、複雑な感情を抱いた俺達の目を覚まさせようと睡眠を邪魔してくる。

酒が入っていた事すら感じさせない程に昨日の印象が強かったのだろう。

あれから、ラスターシャは部屋には戻らず何処かに立ち去ってしまった。

起き上がった矢先に胡鳥が、正座で寝ている俺の横で待機していた。


「お兄さん...おはよう...ございま、す......」


「あれから、ずっと起きてたのか?」


ゆっくりと縦に頷いた彼女は、目を合わせる事なくよそよそしく股の前で、手を組んでは離してという行動を繰り返していた。

何かを言い出したいが、上手く言葉に出来ないといった状況であるようだ。


「胡鳥、時間を少しいいか?」


「あ、あと...2時間くらいなら......」


その言葉に頷くと、胡鳥を部屋の前で待たせて、周りで寝ていた華月達を起こさないように着替えを済ます。

部屋を出た先で胡鳥は下向きで、渋い表情のまま寝ていない彼女に細心の警戒をしながら、背中を支えて外へと連れ出す。


しばらくの間は道なりに進んでいくと、冬だというのに葉の色に暖色が残った木に辿り着く。

そこに彼女を寄りかからせながら、近くにあった自販機で温かいコーヒーを購入してその場に戻る。


「ありがとう...ございま、す......」


「整理はついたか? 俺に何か言いたい事があったんだろ?」


冷たくなっていた彼女の手を温めるように、しっかりと握られたコーヒーの缶の蓋を開けてあげると一礼をしながら、ゆっくりと口に運ぶ彼女は軽く咳き込む。

半ば分かっていたが、コーヒーの苦さに顔を歪ませていた。


「私、気づいたん、です.......。もしかすると...ラスターシャ...さんは、『存在が消えてしまう』んじゃないかな...って......」


「存在が...消える......? ラスターシャは主人格なんだぞ!? 結城はどうなるんだ!?」


胡鳥の両肩を強く握ると、感情の高まりを抑えきれずにそのまま相手を木に押し付けてしまう。


「い、痛い...です...お兄さ、ん.......」


相手が涙目で訴えかかるのを見て、直ぐ様に肩を離す。

一時の感情とはいえ、思い入れはあったのだろう。相手に謝罪する事もせずに胡鳥もそれに察したのか意図を説明しようとする。


「文化祭...の時に、ラスターシャ...さんも頑張って...お兄さんに披露しようと...練習をして、いました......。でも...その場で、披露したのは...ベアトリーチェさん......。彼女も突然の事、に動揺...していたし......何より、最近は...ラスターシャさんの姿が多く...なっている気がしま、す......」


俺達に心を開いてくれていたのかと勘違いをしていたのかと思い返す。

確かに胡鳥の言っている事は正しい。結城よりもラスターシャの多く見るという事は、主人格の入れ違いの量を意味している。

もしも望むなら、ベアトリーチェという存在は消えてしまう。だがーーー。


「ラスターシャが知らない間に結城に権限が移行してしまっていたら、もしもその存在に対して、何かしらの違和感や気分を損ねる事が起きたらーーー」


主人格が入れ替わるかなんて、体験をした事も調べてた事もないから理解しようにも分からないが、今まで二人で一つの身体を使ってきた彼女達の問題に俺が関わるべきではないのだろう。


「僕の心配をしているなら辞めた方がいい。来世まで呪われるぞ?」


間に入り込むように結城の普段着に着替えていたラスターシャの姿があり、胡鳥の持っていたコーヒーの缶を奪うように強気に目で訴えかけたのか、一滴も零す事なく受け取って、口に含み始める。


「ラスターシャ、今まで何処に行っていたんだ! 昨日の事も含め、ちゃんと説明をしろ!」


「昨日ではない。正確には今日の筈だが? それに君はいつから僕の保護者になったんだい?」


冷静に煽るような言葉遣いで、俺を怒らせようとしているのは目線を合わせない事から理解出来た。

ラスターシャは話す時に、目を泳がせる事はしない。つまり本心ではないのだ。

何かを隠しているのは確かなのだろう。今も落ち着きが治まらないのは見て取れる。


「ラスターシャ...さん......。お兄さんにそんな、言葉...使っちゃダメ...です......」


「君も重々、コイツに心を開いたものだな。恋でもしたか? 前の君は尖った心を持っていて好きだったが、華月と仲良くなってから、まるで別人だ。僕よりも魅力を持っているんだ。早く妹達にも見せつけてやりなよ。この世界は競争が全てなんだからーーー」


胡鳥の胸を見つめながら、馬鹿にするように立ち去ろうとする相手の手を握ると、正面を向かせる。

怒っているという感情が顔に表れているのがわかったのか、目を細めて面倒といったため息をついた。

まるで、駄々をこねた子どもを見つめているかのように相手にしたくないのか、横目で更にため息をついていた。


「ベアトに変わろうか? ただし、どうなっても知らないよ? 僕ですら、どうしようもないんだからーーー」


「何を隠しているんだ。言ってくれなきゃわからないだろ!?」


別に何でもないといった表情をしながら、手を振り払う。その姿にラスターシャに罵倒された後に無言だった胡鳥が後を追う。

ラスターシャ自身も予想もしなかっただろう。胡鳥がラスターシャの肩を掴むと、胸ぐらを持ち上げて、目が常人のソレとは掛け離れる程、鬼に睨みつけられているかのように形相を変えずとも伝わってきていた感情の高ぶりをぶつけていた。


「私の事はいい。だけど、お兄さんを馬鹿にするのは許さない......」


「コイツに話す必要性はない。それに君もそうなんじゃないのかい? 僕を心配しているからとか、想い人の為に怒りっぽくなっている訳でもないだろう?」


その言葉を聞くと、何かに勘付いたのかラスターシャを離して、顔を赤くした彼女はその場に座り込んでしまう。

何を胡鳥に吹き込んだのかはわからないが、戦意を消失させたラスターシャも顔を歪めながら、その場に座り込む。


「流石に僕も限界...かも......。ごめん、ベアトに後は全て託すよ......」


苦笑いで俺を見つめた相手を直ぐ様に抱きかかえるように近寄ると、手を握りながら先程の木まで連れていく。

静かな風と共に髪の色から目の色までベアトリーチェに戻ろうとしていた相手を呼び止めるように名前を何度も呼ぶ。


「ラスターシャ消えるな! まだ俺はお前に何もしてやれてない。何でも言うこと聞くから消えないでくれ!!!」


「ハハ...無理だよ。自然の摂理からは逃れられない。それから男が泣くもんじゃないよ?」


相手がいなくなってしまう恐怖からか、涙を流していた俺の頬に冷たくなっていた手で触れた相手も涙を流し始める。

ラスターシャを留める方法はない自分の無力さに涙が絶えず、溢れ出てくる。

名前を呼んでも相手は答えずに完全にベアトリーチェに変わってしまう。


「結局、俺はラスターシャに何も...してやれなかった......」


約束も全て、ラスターシャ自身がいなくなってはどうしようもないと結城を抱えながら、泣いているとその姿に反応したのか、ゆっくりと彼女が目を覚ます。


「あ...れ.......? 此処は何処デス? また私、記憶が...って、なんで泣いてるデスカ!?」


驚愕した相手に情けない姿を見せないようにと、目を擦りながら泣くことを辞めようとする。

胡鳥も結城の頭を撫でるように俺の隣に座り込むと、耳元で何かを囁く。


「大丈夫です...お兄さん.......」


その言葉を聞くと、笑顔を見せた。急に暴れだすように身体を動かし始めた結城に視線を戻すとお腹を抱えながら、涙を浮かべていた。


「というか痛いッ! 痛いデス!!! 何なんですかこの腹痛はァ!?」


起きて数十秒も経たない内に腹部を抑え始めた結城を見ながら、ポカーンとしていた自分を横目に何かの薬を取り出しては、腹痛に苦しむ相手に飲ませようとしている胡鳥の姿を見つめる。


「これで...3時間くらいは大丈夫、ですよ......?」


「胡鳥。さっきの大丈夫ってどういうことなんだ? それに今の現象って」


最初は赤い顔で俺から顔を背けていたが、次第に小さく笑い始めた相手が普段は見せないくらいに大笑いをしながらお腹を抱えながら、人指し指をこちらに向ける。


「秘密...です......」


その言葉に何の意味があるかは分からない。

旅館に戻ろうと、腹痛で動けなくなった結城を背負いながら、部屋に戻ると頬を膨らませていた緋鞠と、勢いよく抱きついてくる華月が待ち構えていた。


どうやら連れて行ってくれなかった事に怒っているようだが、布団に結城を寝せると胡鳥の指示で俺は追い出されてしまう。

しばらく時間が経った後に胡鳥が部屋から出ると、入室していいと許可を得ると中に入った矢先に緋鞠が更に頬膨らませていた。


「兄さんは最低です!!!」


「あーまぁ、ドンマイだな兄ちゃん......」


二人の言っている意味がわからないまま、除夜の鐘までの間を有意義な時間が過ぎた。

すっかり結城も元気になったようにデスデスと、元気に緋鞠と華月と共に出店を回っていた。

俺は、胡鳥と共にその様子を見つめて微笑んでいた。


「お兄さん...私、分かりました......。ラスターシャ...さんに言われて、分かりました......。待っているだけじゃ...ダメなんだって......」


「アイドルとしての向上心の話か?」


胡鳥は不満そうにべ~っと舌を出しながら、俺にアピールした後に華月達の元に走っていく。

今朝の出来事を思い出しながら神社のある階段に腰を落ち着かせながら、熱い甘酒を飲んでいた。


「今年も終わり...か」


「辛気臭いデスね。それじゃ、年老いた老人と何も変わらないデス!」


指摘をするように結城を始めとして、いつの間にか寛いでいた俺の周りに4人が揃って、共に年明けを待つようだ。

来年こそ全員をアイドルとして育て上げると、心に誓いながらカウントダウンを取るように華月が声張って携帯の画面を見つめる。


「みんないくよー? 3,2,1...ハッピーニューイアー!!!」


除夜の鐘と共に盛大な花火が打ち上がる光景に目を奪われていたのだろう。

目の前に立ち込んだベアトリーチェが、隣に座っていた全員を気にかける事なく、唇を俺に重ねてきた。

その姿に緋鞠、華月、胡鳥と目を丸くしてマジマジとしながら動きを止めていた。


唇を離した相手は妖しく微笑みながら、人指し指を口の前に立てながら呟く。


「『何でも』してくれるのだろう? なら年越しの初思い出は、僕が貰うが問題ないな?」


その言葉を言い残して、元のベアトリーチェの顔に戻ると状況が呑み込めていないのか、辺りを見渡して首を傾げていた。


「こ、この...裏切り者ー!!!」


緋鞠が声を立てながら、ベアトリーチェの腹部に正拳突きを泣きながら入れる。

お腹を抑えて、目を回した姿に苦笑いをしていると、ちょんちょんと肩を指で突付く胡鳥の動作に反応するように顔をそちらに向けた直後だった。


横髪を捲りながら、動作に合わせて唇を重ねてきた温厚な彼女の姿が目の前にあり、結城に目を取られていた姉妹は気づいていないようだが、ゆっくりと離した相手は、口元を抑えながら微笑んでいるようにも見えた。


「お兄さんの...2番目の思い出...です......」


何事もないように倒れた結城と、姉妹の機嫌を取ろうと動いていた彼女だが、ラスターシャの影響か、かなり大人びた姿にしばらくの間、胡鳥ばかり見つめていた。


恋愛感情はない。だが、変わっていくアイドルの姿に内心が不安だったのかもしれない。


彼女達をアイドルを管理する仕事に支障を来す事にーーー。

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