第25話 星の彷徨い
新年を明け、数日と経たずに仕事は流れ込んできた。
まるで祟られているかのような人生の重荷が、双子を通して増えたかのようにーー。
Kaleido sistersに加えて、結城と胡鳥も出演の依頼がここまで大量に舞い込んできた事をプロデューサーとして喜ぶべきなのだろう。
今日も今日とて、テレビの出演を依頼された双子の付き添いで現場と打ち合わせをしていた。
「ーーーわかりました。では、本日はよろしくお願いします」
まだまだ小さな事務所なりに大手やテレビ局にも会社としての名前を売らなければならないと、切磋琢磨としていた俺に比べてーーー。
「よっ! じっちゃん達、今年もよろしくな」
「これからもアルプロ並びに、私達も頑張っていきますので、ご褒美をいっぱいくださいませ」
自分の意志に素直な華月と緋鞠は、相変わらずになりふり構わずに気に入られようとしていた。
子どもは素直が一番!な世の中なのか、俺が頭を下げるより、効果的な事に行動が馬鹿らしくなってしまう。
「兄さん、暗い顔をしていますよ?」
壁の隅でため息をついていた俺を気にかけたのか、緋鞠が近付いて、並ぶように背をつける。
今日は私服ともあって、目立った姿をしていなかったが、華月にはない部分を活かした服装。
最近、よくみる『童貞を殺す服』を身に付けていた。
「緋鞠も変わったな。昔はあんなに部屋から出ようとしなかったのに」
「私ももうすぐ高校生ですよ? それに私が変わらなければ、私は…いいえ、私達姉妹は母様の元に還る運命だったのですし、兄さんへの恩も私を連れ出してくれた事もこの身に代えてでも、ちゃんと果たすつもりです」
恥ずかしそうに顔を伏せていたのかは、わからなかったが、耳まで赤くしていた緋鞠が握ってくれた手を重ねながら、家族としての時間を味わう。
その姿に華月も体当たりをするように突撃しながらも三人一緒と、兄妹の仲を辺りの皆さんも分かってくれているように、暖かな時間が流れた。
出演も流れる様に失敗もなく終わると、華月はすんなりと楽屋に戻ってきたが、緋鞠の姿はなかった。
「緋鞠は一緒じゃないのか?」
「緋鞠ちゃん? そういえば、一緒に出演してた人に連れて行かれてたかな?」
華月の反応を見ると、そこまで変な人物と行動をしている訳ではないのだろう。
昔から、華月は誰とでも仲良くなる環境慣れした力があるが、根が腐っていたり下心満載な人に対して、かなり敏感な線が感じ取れるらしく、人を選ぶのではなく、人に選ばれる。
それが華月の本質だった為、今回も安心しきっていた。
緋鞠が楽屋に戻ってきたのは、数十分後だった。
思い詰めている顔をしていたのは確かだったが、結城と胡鳥を迎えに行かなければならない使命感から、その時の緋鞠と話し合う事が出来なかった。
「緋鞠ちゃんは、どのパンにする?」
移動中の車の中で華月が取り出した今朝方に買ったパンを緋鞠と選ぼうとしていたようだ。
「……私はいいから、華月ちゃんが選んでいいよ?」
「そう? じゃあ、これとコレね!」
後部座席で繰り広げられた会話に活気を感じられずにいたのもあったが、その後に合流した結城達に対してもしばらくの間、沈黙をしていた緋鞠に違和感を感じられずにはいられなかった。
その日の晩ご飯もいつものように4人揃って、食卓を並べていた。
今日は冷えた真冬の夜にぴったりなキムチ鍋を準備していたが、嬉しさの反応を見せた華月と結城に比べて、緋鞠は至って変わらずに思い詰めた表情をしていた。
「緋鞠? 大丈夫か?」
煮込んだ鍋を焜炉に乗せて、緋鞠に合わせてしゃがみ込むと、額に手を当てながら前髪を捲る。
普段から前髪で、顔を隠すクセはあったが、今回はやけに変な雰囲気だったので気になって見たが、落ち込んでいるのか、悩んでいるのかが分かりにくい表情で俺を見つめていた。
「兄さん…私は……いえ、何でもないです」
そっと俺の手を降ろすと、晩御飯を食べずにそのまま部屋に戻ってしまった。
何かを言おうとしていたのは、分かっていたが俺にも言えない何が緋鞠を苦しめているのだろう。
「結城、緋鞠の部屋で一緒に食べてくれないか?」
「兄ちゃん、私も緋鞠ちゃんと一緒に……」
緋鞠を心配しているのは華月も同じだろうが、親近感として同じ気持ちを味わうよりも結城のような前向きな存在をぶつける事に意味があると説明をすると、不思議そうな表情をしながらも脳天気な彼女は頷いてくれた。
「師匠は私に任せるデス! それよりも肉と糸こんにゃくを多めに入れないと極刑デス、斬刑に処すデス!」
フフンと自慢気に腰に手を当てながら笑う彼女を連れて、部屋の入口に色々と緋鞠の好きな具を入れた小さめのお椀と食卓に並ぶ筈だった料理をお盆に乗せて、結城に持っていかせようとする。
「重くないか? 落とすなよ?」
「平気、へっちゃらデース。それより、私が師匠の悩みを解決出来るのかが心配なのデスが?」
結城なりに俺が聞いて欲しいと考えていると、肌身で感じたが無理に聞く必要はないと首を横に振った。
キョトンとした顔で小さく頷くと、緋鞠の部屋に入った後にしばらくの間は、結城の話声しか響いてこなかった。
「アイツ、大丈夫か? 空回りして追い出されなきゃいいけど……」
不安は現実となったように静かに始まりを告げようとしていたのかもしれない。
俺が、華月の待つ食卓の席に戻ろうと立ち上がった後に心配されていた緋鞠の口が開く。
「ベアト。貴女に用はないから、もう1人に代わってくれるかな?」
キョトンとした表情を見せた結城に突如、追い討ちをかけるように両肩を押さえ付けて、ベッドに緋鞠が押し倒していた。
「ま、マスター……?」
「どうしても出てこないならーーー」
近くに置いてあったハサミを結城に向ける。
怯えていた目の前の彼女を放っておけないと踏んだ冗談紛いだと、見抜かれたのだろう。
姿はベアトリーチェのまま、代わることがなかった。
「本気じゃないと出てこれないの? 胡鳥さんは良くて、何で私だと顔すら見せないの……」
ハサミを床に置いて、結城を解放すると相手に出ていくようにドアを指差した緋鞠にそれでもと言わんばかりに、首を横に振っていた彼女に嫌気が注してしまったのだろう。
パンッと大きな音と共に平手打ちを結城の頬に緋鞠の手があがっていた。
「出て行きなさい。今すぐに!」
頬を押さえながら、口も開けずにそのまま結城は追い出されてしまう。
振り向きざまに見た結城の表情が、後悔と罪悪感を緋鞠に与えながらも携帯を取り出しては、電話をかけようと連絡先をメモした紙を広げる。
「……はい。オファーを受ける事にしました。よろしくお願いします。」
もう引き下がれない。
その想いが彼女のレールを切り替えさせたのだろう。
二人で一つの星だった姉妹は、その日を境に片割れのアイドルユニットになってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます