第26話 約束の代償
パンッと大きな音が室内で大きく響き渡る。
それは誰でもない俺自身。立花樹が頬を打たれた音に相違なかった。
打たれた頬を触りながら、殴った相手方を見つめようとするが、顔も合わせたくないのだろう。
立花伊鶴という強固な後見役が目の前で、怒っている様子は目を鋭く尖らせながら、華月に目を向けていた事から理解出来ていた。
「お前を信用した私が馬鹿だった。華月だけでも返してもらうからな?」
緋毬が事務所を離れ、他のプロダクションへと移籍したとの報道が意図的に出回ってから、数時間もしない間に起こった事だ。
今朝から姿の見慣れない緋毬、そして部屋に入った時にPCのキーボードの上に書き置きが置いてあった。
「兄さん、華月ちゃん。突然の無礼をお許しください。兄さんと作り上げてきた姉妹ユニットを今日を持ちまして、独断で退場させて頂こうと思います。私は次の世代に進む為に他のプロダクションのスカウトを受ける事にしました。アイドルとして、兄さんの妹として。もう一度、華月ちゃんと勝負してみたいと思います。結城と胡鳥さんにも負ける気はありません。兄さんも今後は私を妹としてではなく、1人のアイドルとして、ちゃんと見つめてくれるように努力していきますので、最後に一言だけ。
『今まで、ありがとうございました』」
そう書かれたメモがあった事を。
俺達は知っていた。
気にかけていた筈だったのに昔から何一つ理解が出来ていなかった妹が、どんな想いで日々を過ごしていたのか。
しかしアイドルになる前は、学校にも行けないで悩んでいた少女を無理強いさせていた事を売れ行きに合わせて、いつの間にか忘れてしまっていたんだと思う。
先を見据えすぎていて、妹の気持ちを視野に入れていなかったのだ。
「俺に止める権利はありません。華月を連れていっt……」
「嫌ッ! 私は兄ちゃんと一緒にいるんだ! 今更、娘扱いしないで!!!」
連れて行かれそうになっていた伊鶴の手を振り払うと、俺の腕を抱きながら反抗した態度を見せていた。
弱気になっていた俺の俯いた視線の先に、ニカッと笑顔を見せていた華月の顔があった。
ワガママなのは、わかっているつもりだというくらいに堂々とした態度を見せつけた妹に何か一つでもしてやれたらーーー。
「兄ちゃんは、充分に私達の面倒とか見てくれてるんだ。緋毬ちゃんだって、それを分かって出ていったんだから、此処から始まるんだよ。それにきっと……」
双子だから分かることもあるという事を言いたかったんだろう。
俺の手を引いた華月に案内された先にあったのは、一枚の大きな掲示板に貼られたポスター。
そこに書かれていたのはアイドルの座を掛けた聖地ともいえる東京ドームを丸々利用したイベント。
「『IDOL Queen Reborn all stars』。これに緋毬ちゃんは絶対出てくる。だから兄ちゃん、私も出るよ。カレシスを支えてたのは緋毬ちゃんだけの力じゃない事を見せつけてやるんだ!」
移籍した緋毬の心配ではなく、自分をより高めようとしている事、俺の手を引いて緋毬にはないものを見せつけるという強い意志を感じた。
俺は華月に魅せられたのだ。
そして伊鶴も退けを取るわけにいかないと、いくつかの理論を述べた上での二時間に渡る口論の上で一つの結論に打って出たのだろう。
「なら、そこで華月を優勝させなさい。話はそれからでも遅くはないわ」
「分かったよ。俺なりに頑張ってみるつもりだ。だが、これっきりだ。これに優勝したら華月も緋毬もアンタには、絶対に渡さない」
伊鶴は高笑いをしたかと思えば、俺の目の前に移動しながら額に銃のように手を構えると、強気の姿勢を見せていた時と打って変わって、以前とした上から目線ではあったが耳元に口を近づけると、小さな声で囁いた。
「あの冷静な子に頼るなよ?」
その言葉を残して去っていった伊鶴を見ながら、残された華月とぎゅっと強く手を握り合うと身震いをしていたのだろう。
繋いだ手から伝わる震えを感じて、ゆっくりと相手に目線を合わせて、ゆっくりと抱きしめる。
初めて親に反抗をしたのだ、無理もないだろう。
「へへっ……。兄ちゃんには無理を押し付けたって分かってるつもりだ。しかも緋毬ちゃんに勝てるとも思ってないところもある。それでも緋毬ちゃんには負けたくない事だってあるから」
「バーカ。お前だけを優勝に導く為に俺はいるんじゃないんだ」
空き部屋から戸を少し開けて見つめていた胡鳥と結城の方に目を移して、華月の頭を撫でながら二人に出てきてもいいと手招きをする。
華月を優勝させなくとも三人…もとい四人を優勝に導けば、伊鶴も納得するだろう。
俺がこの子達を必ず、緋毬よりも高い地位のアイドルへと成長させていく。
そう心に誓ったのだ。
Kaleido sisters 兎城宮ゆの @yuno_ushiromiya
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