第13話 新人参上デス!

常夏も明けて秋の涼しさを感じる季節になってきたある日の正午。


いつものように仕事で営業に廻っている緋鞠と華月を向かて、アルプロ本社に帰宅した俺達は、二人の学校の宿題を横目に他のアイドル育成にも力を注ごうと、スケジュール並びにオーディションの申し込み等の電話対応に追われていた。


「いやぁ、Kaleido sistersの諸君。勉強は捗っているかね?」


社長がやってくると、扇で汗ばんだ顔に風を当てていた。


いつものように差し入れがてらのお菓子を広げると、飛びつくように姉妹の目は勉強から、お菓子へと移り変わる。


「えーっ。おじさん、今日はアイスが入ってないじゃんかよぉ?」


「私のシュークリームも入ってない......」


二人揃って社長にわがままを言いながら膨れているのを見て、「すまん、すまん」と笑ういつもの社長を見つつも、不落の北狐の株価のチェックを行っていく。


北狐もライブ以降から売り切れが、基本といったように生産が追いついていないようだ。


聖典祭の影響もある事ながら、この会社の資金集めに欠かせないグッズの一つになりつつあるのだろう。


俺が所属して間もない頃は、色の無かったこの仕事場にも余計な物が増えてきた。そんな気がしなくもない。


「そういえば、今日は我が社のオーディションがあったな?」


社長が、 徐 に顎の部分に手を当てながら姉妹の顔を見つめては、その視線に首を傾げた緋鞠と華月に何かを決断したかのような、目を俺に訴えかけてきた。


「社長...まさかとは思いますが、この二人をスペシャルゲストにオーディションに来た子達を見るなんて事しないですよね?」


「そのまさかだよ。樹君が立ち会えば問題はないだろう? それに新人になるかもしれない子達にもサプライズになって面白いだろう?」


社員全員が、白い目で社長を見つめつつも肝心の姉妹は顔を合わせながら、その内容に疑問を抱いている。


「兄ちゃん、何で私たちが出ちゃいけないんだ?」


華月が緋鞠の代理として俺に尋ねるが、答えは決まっている。


「これからアルプロに入って、アイドルになりたいと思ってる緊張した子達にお前達が顔を出してみろ? 油に火を注ぐようなものだ。逆に舞い上がって、オーディション処の問題じゃなくなるだろ?」


わかっていない顔をしていた華月の肩をポンと引きながら、前に出た緋鞠はいつもよりも活き活きとした目で、何かの悪巧みを考えている。そんな顔をしていた。


「つまり、私たちが顔を見せなければいいんですよね?」


口元をニヤつかせていた事に意図を感じつつも時間通りに新人になるであろう子達のオーディションを行うべく、一回のホールに待ち合わせていた20人あまりの団体を誘導して大きな待合室へと連れて行く。


緊張をしているせいもあってか、あたふたをしていた彼女達に付き添うよう、不落の北狐の着ぐるみを身に着けた誘導員二人に全く違和感はなかったようだ。


勿論、中身は『Kaleido sisters』の二人である。緋鞠の突発的なアイディアとはいえ、流石にバレるのも時間の問題だろう。


待合室に入るとそれぞれをソファーに座らせて、面接内容の確認を行おうとしていた。


「今回、皆さんの面接官を務める立花樹です」


「僕、北狐ことキタコン!」


華月北狐の無用な紹介に沈黙の時間が数秒流れつつも、咳き込んで空気を戻していこうと、着ぐるみの頭を叩いて床に倒れさせる。


「本日はアルプロのオーディションを受けて戴き、有難うございます。精密な審査の上、個人情報漏洩のないように不合格の方には後日、履歴書をお返しする為の封筒が送られますのでご安心ください」


軽い挨拶を終えると面接の説明を始めようとする。今日、行う面接は5人を一度に審査するといった形式で、俺が出す簡単な質問と共にアピールタイムを設けるといった内容になっている事を伝える。


説明をしている間に緋鞠北狐が、オーディションを受けに来た女性の生足を見つめるように一人、一人の正面に屈んでガン見している事も気にならないくらい必死なのが見て伺えた。


「最後に、我が社の売りは元気と笑顔が基本ですので、この面接では皆さんの自然な姿を見せてくれる事を願います。頑張るのは大事ですがーーー」


グッと華月北狐が起き上がると、両腕を天に掲げながら息を大きく吸い込む音と共に言い放つ。


「リラックスしていきましょ!!!」


その掛け声に大きな返事が返ってくると、そのまま名前順に5人ずつ引き抜いて個別に質問を投げかけていくが、自然の自分を見せるのはやはり難しいのだろうか。


簡単な質問に戸惑って、返ってくる答えもあやふやな場合もあり、それに連れられて隣の子も失敗を繰り返していく。


第一陣、二陣と面接を終えていく中で、呼びに行く際に緋鞠北狐がしゃがみ込んでスカートの中をガン見している様子が伺える。


華月北狐は野球のバットを持って素振りを繰り返していた。その行動に何の意味があるのかは分からない。


面接も進み、遂に残った第四陣まで到達して難航をしていた。今回の面接は不発だったかもしれないと、半分諦めかけていたのは言うまでもない。


「それでは、番号順にお名前と特技からお願いします」


リストを並べて、順々に自己紹介をしてもらおうとしていた。先程まで面接をしていた感じだと、緊張のあまり名前すらまともに話せていなかったがーーー。


「はーい!」


元気な返事と共に立ち上がった一人の少女。金髪のツインテールの少し青味の掛かった瞳をしていた見た目をした子が、俺の目の前まで近づいてニコっと満面の笑みを見せていた。


「結城ベアトリーチェと言いますデス! 好きな食べ物はアップルパイデース! 特技はピザを焼く事デース!!!」


元気の良い挨拶と共に一回転した後に身体を前屈みにしながら、ポーズを決めていた彼女を横に扉をバンッと音を立てて、入ってくる緋鞠北狐の姿が背後にはあった。


「兄さん! その子に気をつけてください!!!」


指を差しながら可愛らしい北狐フェイスとは裏腹に迫真の表情を中では浮かべているであろう緋鞠を想像するのが精一杯で何を気をつければいいのか全く検討が付かなかった。


「え~? 何の事デスカ~? 私は何も企んでないデスヨ~?」


「噓です兄さん! その子は危険です! 何故なら.......」


面接会場内で小悪魔的な表情を浮かべた金髪ツインテールの女の子と、可愛らしい顔で世界に人気のあるマスコットキャラクターの不落の北狐が睨み合った中で、アウェーになっている俺とその他のオーディションを受けに来た子達という複雑な構図に、誰が予見するわけでもない素振りを後ろで続けるもう一体の北狐の様子を誰が予想しただろうか。


「何故なら、その子だけ今日の面接で色仕掛けをするであろう可愛い勝負下着を着ているからです!」


緋鞠の鋭い観察に誰もが圧倒的な退きを感じていたのだろう。静かに面接会場を後にしていく面々の中で、先程までとは打って変わったように慌てた表情をし始めていた目の前の女の子にも気を止める事なく、採用結果を社長に伝えるべく電話を手に取ろうとしていた。


「な、何故わかったデス!? あわよくば面接のお兄ちゃんに不埒を謀らせて、実力行使に出る予定だった計画を.......。貴様、何者デスカ? ただのマスコットキャラとは思えないデス!」


「ふっふっふ。ある時はマスコットキャラクター。またある時はオタサーの姫。その実態は、Kaleido sistersの一人こと立花緋鞠様だ!」


着ぐるみを脱ごうとするが、中々外れない顔の部分を逆向きにしながらも相手とは間逆を指差す格好悪い緋鞠の姿に後ろから、ハイキックで状態を崩そうとしていた目の前の女の子に成す術なく倒されてしまった北狐を横目に、合格者がいない事を伝えようとした瞬間に素早い動きで携帯を握られて、横取りされてしまった。


「観念するデース。お兄ちゃんは私に不埒を働かせて、合格にせざるおえないのデース! さぁ、これを見るデース!!!」


女の子はスカートを捲り上げると、見た目とは裏腹な黒いアダルティーな下着を見せつけてきたが、その姿に何の感情も抱かないまま相手に近づいて携帯を取り上げる。


「結城ベアトリーチェちゃんだっけか? 面接続ける? それともお家に帰るかい?」


「なっ、ななな!? この男、『ホモ』デスカ!? 私のこの姿に欲情しない男なんている筈ないデス!!!」


指を差されながら驚愕している相手を背に、倒れた緋鞠北狐の着ぐるみを脱がすと、中で目を回している緋鞠をソファーに寝せて慌てている女の子の前に戻る。


「風邪引くからスカートは降ろして? あと何でアルプロに入りたいと思ったの?」


「あ、アイドルになってキラキラしたいからデス! 私は日本ではいい目で見られないのはこの髪と目で分かる筈デス。でもアイドルになれば、こんな私でも世間から認められる地位を得られるから、だからーーー」


相手の頭を撫でて、スカートを捲くり上げた手を握る。緋鞠や華月より小さいその手を握りながら、エレベーターまで移動しようとしていた。


「な、何のつもりデス!? まさか本当に欲情したんじゃないデスよね......?」


急に怯えた子羊のように恐怖した彼女を連れていく間、何も言わずにエレベーターを抜けて通路を歩き出す。


「噓デス! まだ綺麗な身体でいたいデス!!!」


「あのな、お前が可愛いからって俺はそれ以上の姉妹を担当しているプロデューサーだぞ?」


デコピンを彼女の額に軽く当てると、開いたドアの先にはいつもの仕事場と社長が直々に待ち構えていてくれた。


「社長、この子は見込みあると思います。独断ですみませんが、俺はこの子を推奨したいのです。如何でしょうか?」


「Kaleido sistersは君の発足したユニットだ。目に狂いはあるまい?」


連れられていた女の子もキョロキョロと、状況を掴めていないように俺の袖を引いて首を傾げていた。


「これはどういう事デス?」


「合格だよ。これからはアルプロの一員になるんだ。おめでとう、結城ベアトリーチェさん」


笑顔で相手の頭を撫でながら、ゆっくりとみんなの前に両肩を掴んで紹介を始める。


本当に最初のテンションとは裏腹に、質問攻めに困惑しながらも決まった結城の参入にまた賑やかになるであろう事務所の雰囲気も彼女に夢中である。


次第に笑顔で受け答えした時に見せた彼女の表情が今後、どう輝いていくか楽しみではある。


「そういえば、緋鞠君と華月君はどうしたのかね?」


社長の一言に忘れていた姉妹の存在を思い出す。呼びに行こうとした時に目に入った素振りを続ける北狐の姿に暫くの間、俺は呆れて物を言えなかった。



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