第7話 姉妹の欠点
『Kaleido sisters』が結成されて一ヶ月の時が流れた。
弱小プロダクションが受け持つには、売れ行きが良すぎてオファーが絶えない毎日を過ごしている立花姉妹の姿を兄である事を誇るべきなのか、悲観に思うべきなのか悩ましいところではある。
姉の華月は、人気飲料商品のCMから独特のトーク力を活かしたアイドルの体育系番組への出演や大物芸能人との会話等の忙しい毎日を送っている。
妹の緋鞠は、七変化という大人らしいファッションから童顔を活かした化粧商品のCMと体型を大いに露わにしたグラビアの撮影等、本人立っての魅力を全面的に前に出す仕事ばかりで、引きこもっていた頃に比べて、人に見られる事を恐れなくなっていっている。
そして二人の妹を同時に見てやる事の出来ない俺は、日替わりで担当を変わる事でそれぞれのコンディションを保っている。
オフィシャルサイトから、ブロマイドや緋鞠をイメージした全身包帯で巻かれた狐のぬいぐるみがグッズとして、ネットでは大反響している。
何故、こんなぬいぐるみが売れているのかは俺にもわからない。
「名前が『不落の北狐』って常に敗者で帰ってきてるって設定なのか.......」
ぬいぐるみの注文がA.mazonの在庫管理を超えて、製造元である工場まで受注が殺到している。
妹達をレッスンに送った後には、毎日のようにペコペコと頭を下げに行く営業商売と共に次回の仕事の打ち合わせ等、マネージャーとして俺も日々大変ではあるがーーー。
次の仕事に向かう前に姉妹揃っての練習風景を度々に目撃しているが、その中でも問題がいくつか起こっている。
「緋鞠さん! ワンテンポ遅い! 華月ちゃんに合わせられないとステージには立てませんよ!?」
レッスンの先生は厳しく緋鞠を指摘していた。引きこもっていた影響もあり、ダンスをいきなり始めても体力が追いつかないのは、家庭環境を見てきた俺にはわかる。
「まぁまぁ~。先生も一息ついて休みましょうよ。美味しいパンを買ってきたんで一緒に食べましょ?」
「華月さん。貴女もダンスは上手いけど、歌が人前で出せるレベルじゃないのよ? まずは音痴を直す心掛けをしなさい!」
説得に入った華月も不意を突かれて、言葉を出せずに苦笑していたところを見ると、互いに不利な部分が存在しているのがよくわかった。
まるで姉妹とは思えない程、相対的なアイドルの姿に先生も頭を悩ませているようだ。
ヨソヨソしく視線を向けていた緋鞠が、扉の窓越しに立っている俺を見つめてはSOSを送るように目で訴えかけてきている。
ため息をつきながら、中に入るとさっそうと二人の妹が歩み寄っては両腰に抱きついてくる。
「お疲れ様です。妹達の指導ありがとうございます」
先生に一礼をした後に差し入れのドリンクを差し出して、機嫌を取ろうとするが、ジィーっとこちらを見つめてくる相手の視線に顔を歪ませながら営業スマイルをしている。
「貴方がマネージャー件、義理のお兄さんでしたよね? 妹さん達がこんなに可愛いのに平凡といった顔立ちをしているんですねーーー」
他人に顔の評価をされるとは思っていなかった。妹と比較されるのは、しょうがない事なのかもしれないが、笑って済ませるしかその場を乗り切れる気がしなかった。
「兄ちゃんはかっこいいよ? なぁ、緋鞠ちゃん?」
「兄さんはダンボールに捨てられていた子犬のように可愛いのですから、胸を張ってください!」
フォローになっているのかわからない発言に先生も呆れたように、差し入れを受け取って部屋を後にする。
姉妹を連れて、次の現場に向かおうと車を出す準備をしていた時、緋鞠から一枚のCDを差し出される。
「私たちのデビュー曲なのですが、移動するまで華月ちゃんと歌わせてください」
「兄ちゃん! 俺の歌を聴けぇぇぇい!!!」
車が走り出すと同時に曲が流れ始める。同時に二人の歌声が響き渡る。
オタサーの姫として優勝した緋鞠には、現代アイドルで一、二を争う程の歌声で聞いているこちらの心も和んでいく。
かたや華月は、勢いと元気はあるものの先生に言われていたのを理解出来る程の音痴っぷりに緋鞠も手拍子をしながら、苦笑いをしている。
二人合わせてのパートは、隔たりのように天と地の差を生んでしまっている。
「イェーイ!!!」
曲が終わるとパーティーをしていたかのように華月がガッツポーズをしながら、意気込みを表している
「ーーーという感じの曲なのですが、どうでしたか?」
「凄く良かったよ? 作曲、作詞してくれた方にも後で挨拶に行かないとな」
信号待ちになると、振り向いて嬉しそうにニコニコしていた華月とホッとしたように胸に手を当てていた緋鞠の頭を撫でる。
「よぉーし! 兄ちゃん成分確保したところで次の仕事行ってみようか!」
「私も頑張ります。次はどんな仕事なんですか?」
信号が変わり、車を動かしながら二人に仕事の資料を渡す。姉妹揃ってのユニットの初仕事でもある為、期待を胸にしていた。
「えっ~となになに? 東京タワーでの突撃リポート? 新装開店したレストランでインタビューするのかな?」
「東京タワー......」
顔を青ざめたように爪を嚙む緋鞠の姿がバックミラーで確認できた。
涙目で過呼吸になっている緋鞠を気遣うように駐車できる場所に車を止めて、後ろの席に座る相手の肩を揺する。
「おい、緋鞠! どうした? 苦しいのか?」
「あ~そうだった。兄ちゃんには悪いかもしれないけど、これ無理な仕事だわ」
手をポンと叩くと、緋鞠を胸に寄せながらヨシヨシと華月が宥め始める。
「どういうことだ?」
緋鞠が怯える意味が理解出来ずに資料を読み返す。特に緋鞠が嫌がる不信な点は見つからない。
「うーん。私一人なら出てやれなくもないが、緋鞠ちゃんを連れて行かなきゃいけないんだよね?」
「何が駄目なんだ! 言ってくれないとわからないだろ!」
少し強気に緋鞠に問いかけたのがいけなかったのだろうか、反って状態は悪化したように座席の下で頭を抱え込んでしまう。
「...いの。高いとこ...怖いの.......」
結局、その時まで妹達に歩みよった気でいた俺は、何一つ理解してやれていなかったんだと察した。
震える緋鞠に手をかけてやれず、その姿に慰めの言葉をかけてやれなかった自分を背に雲行きは雨へと変わっていった。
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