第3話 SS姉妹

緋鞠がオタサーの姫という事実を公開してから、一週間の時が過ぎた。


犬猿の仲違いのような険悪な距離を置きながら、休日の朝を迎えていた。


「緋鞠、醬油を取ってくれないか?」


何気ない会話を盛り込んでみるが、醬油に手を伸ばす段階で自我を抑制したのか、ブンブンと顔を横に振りながら、寸なりと自分の茶碗に箸を付けて食べ続けている。


「緋鞠ちゃんが、兄ちゃんのお願いを断るなんて珍しいね? 喧嘩でもしたのか?」


暢気に頬いっぱいに食べ物を含んだまま話す華月の頭を軽く叩きながら、食事を進めていく。


華月は緋鞠の正体に気づいているのだろうか。


食事を食べ終えて、食器を洗いながら何気ない姉妹の会話に耳を傾ける。


今日は華月が撮影の日らしいが、問題になっている緋鞠はどうやら部屋に閉じこもるとの事だ。


俺も今日は、新しいプロジェクトの資料作成と候補者選びをしなければならない。


「じゃあ兄ちゃん! 帰りに牛乳パックを2ℓの任、了解した!」


華月が元気に手を振りながら、今時の中学生のファッションといった身のこなしに自慢の美脚を見せ付けるような、短パンを履いて出かけていくのを見届ける。


華月が出掛けて暫くの間、パソコンと向かい合っていた。


プロジェクトにはアイドル候補が、最低でも二人は欲しいところだ。


ユニットを組ませようとも思っているが、二人の事情もあるのでソロ活動も視野に入れている。


「何にしてもアルプロの命運を賭けているんだ。中途半端な人選は出来ないかーーー」


パソコンで作業を始めて二時間が経ち、そろそろ洗濯物を取り込まなくてはと背伸びをしながら、ベッドに横になるとそのまま目を閉じて少しだけ休息に浸かろうとしていた。


「---さん。兄さん! 起きてください! 一大事です!!!」


いつの間にか私の胸の上に乗りながら、部屋での普段着姿の相手が涙目になっていた。


「どうしたんだ......? ゴキブリでも出たのか?」


「違います! とにかく着いてきてください!!!」


緋鞠に引かれて、オタサーの姫という事実を知った自分の知り得ない世界のような部屋に再び招かれる。


「ちょっと待っていてくださいねーーー」


ノートパソコンを延長させようとしているのか机に向かって、前屈みになる妹のスカートから見える下着を凝視しながら、部屋の中を見渡すと所謂『オタク』という部類のグッズに溢れ返っていた。


アルバムと書かれた一冊の写真集がベッドの上に置いてあるのを確認すると、ゆっくりと中を覗き見るように恐る恐る開く。


「兄さんお待たせ...それはダメぇ!!!」


すぐさま持っていたアルバムを奪い取ろうとする動揺した相手と揉めながら、ノートパソコンを落としそうになる緋鞠を抱えるように床に倒れこむ。


アルバムを宙に浮かせた瞬間に飛び散る写真が、床にバラ撒かれる様子を眺めながら、自分が下になって緋鞠に怪我を負わす事なく済んだ。


「緋鞠、大丈夫か?」


「無事ですが、兄さんは手を離してくださいーーー」


抱きかかえた手が相手の服を捲り上げていた。右手は胸に触れていて、左手は尻を鷲掴みにしているのを確認すると、慌てながら両手を離す。


「兄さんのえっち......」


身を隠すような素振りをしながら、散らばった写真を拾っていく緋鞠に背を向けながら、ベッドの下に落ちた紙切れを拾い上げる。


「オタサーの姫対抗プリンセス決定戦?」


概要を読みながら、緋鞠の収集が終わるのを待ち続けていた。


「そうです。私はエントリーする気が無かったそのイベントに無断で参加表明を出してしまったリスナーさんがいまして......」


パソコンを向けながら、緋鞠が参加欄に載っている事を確認すると、その事に対しての問題で起こしにきたのだといち早く察する事が出来た。


緋鞠は家の中で知っている性格上、コンテストのような会場に出るは愚か、外に出て人前で話す事すら間々ならない事を俺は知っていた。


「どうしよう兄さん! 私、こんなコンテストにはーーー」


「.......一つだけ方法があるが、お前の素性と顔はバレているか?」


今、自分に考え付く最大の解決方法。それは緋鞠の代わりに華月に出てもらうつもりだ。


華月ならその手には慣れているだろうし、何よりも緋鞠が無理に出てしまえば、気絶どころではなく、悪くいけば病院送りになる事は可能性としてないわけではない。


「でも華月ちゃんはーーー」


「たっだいま~!!! 兄ちゃん、腹減ったよぉ~」


タイミングのいい所に華月が帰ってきた。相談するなら、飯を食べる前にと急ぎ部屋を抜けようとする。


「待って! 兄さん!!!」


いつものように汗でキラキラとした髪をなびかせながら、無防備なまでに靴を脱ごうと目も気にしないように短パンから下着をチラつかせていた。


「おかえり。華月に相談があるんだがいいか?」


「おぉ~! 私の可愛い兄ちゃんの頼みなら何でも聞くぞ!?」


乗り気な相手は背伸びをしながら、元気な笑顔を見せていた。


ワクワクと子どもならではの興味深々な表情に明かりのついたリビングに座らせながら、疲れた相手に麦茶を送ろうとコップに注ぎながら手渡す。


「んっんっ。ぷは~! で、相談とは何なのだ?」


「実はこれなんだけどーーー」


先程まで見ていた紙を相手に見せると、最初は興味を抱いていた相手から笑顔が消えて、不機嫌な表情になりながら、俺の目の前で真っ二つに破り捨てる。


「兄ちゃん......。兄ちゃんは私にこんな気持ち悪い人間の集まる所に行って何をさせる気なの?」


「事情は話せないが、頼むから出てくれないか? 今日の晩飯をから揚げにしてやるからさ!」


初めて見せるような、相手の怒った顔に後退りしてしまう。


ゆっくりと壁に追い込むように四つん這いになりながら、目を鋭くして近寄る相手に何も言えずにただ恐怖している。


「私ね。この世でオタクという存在が一番嫌いなの」


その言葉は解決した俺の脳裏に深く突き刺さっていた。影で見つめていた緋鞠も竦んでいる様子が目に入る。


まるで似つかぬ、二人の妹を磁石のように反発し合うその姿に俺の思想も緋鞠の問題も一気に暗い未来に変わる。


この時の俺は、オタクという存在を軽く見ていたのかもしれない。

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