第9話 とある日常風景

次の日になって思っていたより、回復の早い華月は病み上がりとは思えない程、しっかりとした状態だった。


いつも通りに元気な姿で、俺の作った夜食も残さずに全て食べたのを確認して、安心してる俺の顔を察したように緋鞠の話を始めた。


その話は緋鞠から既に伺っていたので、華月自身の気持ちを聞く為だったが、思っていたよりも深く心に傷を負っていたという事が理解出来た。


暗い表情を度々見せていたが、積極的に笑顔を作ろうと無理をしていた妹の姿に頭を撫でながら機嫌を取るつもりで、こちらも真剣な表情一つせずに相談を聞いていた。


「兄ちゃんは緋鞠ちゃんを連れ回した事を怒らないの?」


「毎度の事で俺も経験しているからな。華月は相手のペースに合わせるタイプじゃない事も分かってる。緋鞠もそうであるなら責めるつもりはないよ。それにーーー」


緋鞠は華月を恨んではいない事を告げていたのだから、俺が口出しする必要性はないとその時は自信を持って自覚していた。


「それじゃ、俺は仕事に出るから今日は緋鞠と一緒にゆっくり休んでいろよ?」


その場から移動しようと立ち上がる俺の袖を握る華月の姿が見受けられた為、首を傾げて相手が何かを伝えようとしているのを聞こうと顔を近づける。


「ありがとう。兄ちゃん、いってらっしゃいーーー」


頬に華月の柔らかい唇の感触が伝わると、慌てながら相手から離れて、一息吐こうとコホンと咳込むように表情を整えてそのまま部屋を後にする。


緋鞠は朝が弱い為、まだ起床していないだろう。声を掛けずにそのまま俺は仕事に出る事にした。



樹が仕事に出て、何時間か過ぎた。


華月は言いつけを守るようにベッドの上で安静の為に無理やりにでも自分に暗示を掛けるよう、静かに眠っていた。


「ふへっ...ふへへ......」


華月も違和感を感じたのだろう。足元がやけに涼しげな風通りがする。


それに変な笑い声のようなものに目を瞑っている事も出来なかったようにゆっくりと、起き上がるが辺りには誰もおらず、幻聴だったのだろうかと不思議に思いながらも風通りを感じた足元の布団を取ろうとする。


「あ、あれ?」


掛け布団があからさまに何かを包みながら、部屋から出ようと移動していこうとしていた。


掛け布団を取り上げようとしても中から、押さえつけられているようで中々放そうとしない相手に見切りを付けたのか、華月が一度距離を取ろうとする。


「てぇいやぁぁぁあ!!!」


部屋の端から助走をつけると、掛け布団の膨らみに向けて跳び蹴りを繰り出すように深みのあるその中身が悶える様を見つめている。


「ぐ、グフゥ.......」


掛け布団を外されて、中で蹲っていた相手の姿を見て目を疑った。


「緋鞠ちゃん?」


華月に抱かれながら、揺すられた緋鞠は白目を向いていて話せる状態ではなかった。


緋鞠が目を覚ますまでの間と、自分のベッドに寝かせつけた華月は妹の抱えていたタブレットの存在に気づき、中身を見て普段から謎に満ちていた緋鞠に近づくチャンスを掴もうと画面を付けようとする。


タブレットには認証の為のパスワードを打ち込む画面で、止まるが興味が不可能な解読を上回ったのか緋鞠が起きる間に何度も解除を試みようとしていた。


数時間の時が流れたのだろう。緋鞠が目を覚まして、タブレットに向かい合う華月を目を擦りながら見つめる。


「華月ちゃん? そんなにタブレットを見つめて何してるの?」


後ろから覗き込むように近寄るが、例え自分の物であってもパスワードは解読出来ないだろうと、高を括っていたのか自慢げに相手の横に周る。


無反応の華月にきょとんとしながら、画面に目を移すと映し出していた画面は、緋鞠の描いたアニメ絵全開のエッチなイラストだった。


呪縛解除ブレイク・ザ・スペル、S級スキルの使い手だとぉおおおおおお!?」


思わず頭を抱えながら、大声で叫んでしまう緋鞠を気にしていないように目の前の微妙な見えそうで見えないラインのエッチなイラストを凝視している華月は黙々とページを捲っては、綺麗な女体の裸姿の絵に口を押さえながら目を回し始めていた。


「華月ちゃん! もういいから! それ以上、私の黒歴史を見ないでいいから!!!」


華月からタブレットを取り上げると、涙目になりながら肩を揺すって相手を現実に戻そうと必死になる緋鞠の行動とは裏腹に魂が抜けかけている姉の姿に互いに困惑を隠しきれない様子でいた。


数分の間、心の整理を付けようと背中を向き合っていたが、沈黙に堪えられなかったのか緋鞠から華月に手を掛けて話をしようと試みていた。


「あ、あのね。華月ちゃん? さっきの絵はその...私の趣味というか夢なんだ!」


口走る言葉は最悪なものだと発言してから、頭を抱えだす妹の姿に口を押さえながら笑い出す華月の姿がそこにはあった。


「ーーーあはは。緋鞠ちゃんって変わってるね? 初めて緋鞠ちゃんが、私に対して本気で向き合ってくれる出来事がこんなちっぽけな問題だとは思わなかったよ」


「グスン.......。華月ちゃんには分からないもん。乙女の恥じらいを棄てた絵を誰かに見られる心境なんてーーー」


慰めるようにヨシヨシと頭を撫でる華月に凹んでしまった妹を横にタブレットを再び点けて、イラストを見始める姉の姿に諦めたように並んで中身を眺める。


「緋鞠ちゃんって凄いんだね。ちょっと変わっていると思うけど、私は凄いと思うよ? 私にはこんなに綺麗に描く事は出来ないし、一つ一つの絵に命を感じるもん。誇っていいから胸を張っていいんだよ」


オタクを毛嫌いしている華月に否定されると思っていたが、帰ってきた言葉は感動したという嬉しい感想だった。


それが緋鞠の心をどれだけ救ってくれただろうか。


嬉しさの余りに溢れる涙を止める事は出来なかった。華月が初めて打ち明けてくれたあの日の辛い出来事から私を救ってくれる一言に感情を隠せずにはいられなかったのだと思う。


顔を伏せながら、静かに泣いて描いた絵に感想をくれる華月の言葉を受け止めていた。


短い時間ではあったが、イラストが切れる瞬間までの時間は緋鞠の中で大きな影響を与えただろう。


「......えいっ!」


緋鞠が泣いていた事に気づいたように妹の前髪を分けて、顔をマジマジと見つめる華月に恥ずかしさの余りに頬を赤らめて、胸の鼓動を隠せずにはいられなかったのだろう。口を開けながら、吐息が漏れてしまう。


「やっぱり緋鞠ちゃんは、前髪を分けた方がいいよ! こんなに可愛いのに勿体無いし、アルプロで働いていた時みたいにもっと輝いていなくちゃ!」


ピン留めで前髪を分けられると、落ち着きを取り戻せずにいた緋鞠に化粧道具を広げて、メイクを施していく華月。


緋鞠の可愛さを活かしたメイクに時間を掛けながら、出来上がりの姿に満足したようにウンウンと頷く華月の姿に妹は複雑な表情をしていた。


「ほら笑って、笑って!!!」


華月に急かれながら、顔を赤らめて笑顔の形を取る緋鞠だったが、拍手を送られる事までは想像していなかったのか、いつもの様に長い髪で顔を隠すようにピン留めを外して顔を伏せてしまう。


その姿に納得をするように背中をポンポンと叩く華月を背にふと思い出すように人指し指を口先に当てながら、難しい顔をし始める。


「そういえば、緋鞠ちゃんはなんで私の布団の中にいたの?」


「.......あっ、そうだ! 私、急用が出来ちゃったからこれでーーー」


逃げ出そうとする緋鞠の腕を掴む華月はニコニコと興味に満ちた顔をしていた?


「何をしていたの?」


その笑顔を緋鞠の目からは狂気に満ちた表情に見えてしまったのだろう。


その場に座りながら、耳を近づけないと聞き取れないぐらいの小声で説明し始めると、笑顔のまま話を聞いている華月に恐怖を妹は感じていたのだろう。


説明を終えた瞬間にトイレに行く許可を姉相手に丁寧語で確認してまう姿がとても切実なものだっただろう。


用を足して、部屋に戻った緋鞠を前に下着姿になっていた華月の姿がそこにはあり、混乱しているように目を回している妹はどうしてそうなっていたのかと問いかける。


「緋鞠ちゃんが私のパンツ姿を模写したいっていうから、この姿になったんだけど駄目だったかな? もっと可愛い下着が良かった?」


首を傾げると、下着を脱ごうとする相手を急いで止めに掛かる緋鞠も呂律が回っていないらしく、脱ぎきる手前で相手の下着に手をかけて上に戻そうとする。


「きゃ、きゃげつしゃんは、しょのままでぃいいかりゃーーー」


替えの下着を履かせない為にリビングに連れていくと、タブレットを構えながら息を吞んで、可愛い姉の姿を模写しようと舐めまわすように表情をふにゃけさせて、下から覗き込むように描き始める緋鞠に少しだけ華月も恥じらいで、偶に手で下着を隠そうとするが、目を輝かせていた妹の姿に我慢をするように佇んでいた。


「うへっ...うへへっ.......。華月ちゃん可愛いね。どこ住み?てかMINEやってる?」


余りの可愛さに性格もオタクモード全開になりつつある緋鞠も暴走寸前といった感じで、履いていた下着を両手で摘むと一気に下ろすように移動させると同時に鍵が開く音と玄関が開く音が聞こえる。


「ちょ、緋鞠ちゃん! 兄ちゃん来てる! 帰ってきてるから!!!」


慌てて緋鞠の肩に手を掛けるが、下着のせいで足を取られたのか、華月はバランスを崩して緋鞠を押し倒して床に転がってしまう。


「ただいま。ちゃんとゆっくり休んで.......たか?」


兄の目の前に広がる光景は、華月が何も身に着けていない尻をこちらに向けながら、その下で女物の下着を鼻に押さえつけている緋鞠という世紀末に近い状況だった。


「兄ちゃん、こっち見んなぁ~!!!」


速攻で跳んできた華月の拳に対応出来ずに廊下まで下がる程の強烈な一撃に失神を余儀なくされた。


「兄ちゃんになんて言い訳しよう。ねぇ、緋鞠ちゃん?」


「やばいと思ったけど...性欲を抑え切れなかった.......。あとその為のパンツ.......」


華月の下着を放そうとしない緋鞠も汗を流しながら倒れた樹を見つめていた。


試行錯誤をしたが、起きた樹に結局怒られるハメになったという結果だった立花家の問題のとある一日だった。

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