第17話 第二回報告会

 第二回報告会は12月29日(木)、30日(金)と年末大詰めの中、第一回報告会の出席者に加え、富士開発以外の参画メンバー所属企業上層部、更には名だたるメディア関係者が参集して執り行われた。メンバー15名も十分な準備をしてきたとはいえ、さすがに緊張の色を隠せなかった。そんな中、唯一楽観的だったのは電報堂の宮田だった。

「山崎さん、ちょっといいですか?」

 宮田に呼ばれ、会議室の外に出て「何?」と尋ねると、「今週の週刊民衆、読みましたよ」と返してきた。「あんなガセネタ書いても誰も相手にしないのに……」と失笑しながら、「で、実際どうなんです、メンバーとして知っておきたくって。ICT利権とか本当にあるんですか?」と声色を落として聞いてきた。

「あぁ、その方面は私も疎かったからノーマークだったんだが、各方面の反響を見ていると、どうやらいろいろありそうな世界だね」

「偶然の産物とはいえ、とんでもないところに首を突っ込んじゃったという訳ですか」

「いや、そうは言うけど世の中に対してまったくインパクトのないところで脳みそを使うよりも、自分たちのアウトプットが世間を攪乱するくらいのほうが面白いだろう」

「それはそうですが……」

「で、肝心の検討状況はどうだい。順調か?」

「見た目には順調そうに思われます。ただ何が起きるか分かりません。湯浅が全チームのフォローをしてかなり消耗してます。あと、ICT担当の佐藤、林の二人も他社との交渉等でパワーを使い切った状態で臨んでます」

「そうか。ありがとう。皆の心身の状態にはくれぐれも留意して臨まなければならないな」


 会議室に戻ると定刻5分前だった。湯浅、佐藤、林の3名を見るとやはり疲労の色が滲み出ていた。ここを乗り切ればゴールがかなり接近する。「頑張れ!」と心の中でエールを送りながら、山崎は皆の前に立った。


「皆様、第二回報告会にお集まりいただき誠にありがとうございます。ご存じの通り、本年6月26日にスタートした当プロジェクトですが、神成市の皆様のご協力も得て、この度無事第二回報告会に漕ぎ着けました。メンバー15名も本業を持つ傍ら、使命感を持って日々臨んでくれています。初日の今日は簡単な報告とプレゼン準備、二日目の明日に第二回報告会と忘年会という名の慰労会を設けたく存じます」

「忘年会兼慰労会」の企画は”LPSI”の同士で企画したものだ。さすがに年の暮れまで腐心してきた彼らを慰労しない訳には行かないだろう。クロージングセッションでの最終報告会に辿り着くまで、まだまだ気が抜けない日々が続くが、「”LPSI”のOBとして少しくらい気の利いたことをしてやりたい」と電報堂の上田がケータリングサービスを手配してくれた。

「では西内先生にマイクを譲ります」

「皆様、年の暮れにご参集いただきありがとうございます。メンバーの皆さんも連日ご苦労様。さて、では早速ですが現在の進捗状況を拝聴しましょうかね」

 メンバーを代表して湯浅がマイクを取った。

「皆様、ありがとうございます。それでは現在の検討状況をそれぞれ担当からご説明いたします。第一回報告会で自らの宿題と致しました『ICTによる観光・レジャー』は佐藤から、『ICTを軸とした地場産業育成』は山根から、『ICTによる医療・福祉・介護』は村下からそれぞれ説明いたします。ではまず佐藤から」

CMO社の佐藤がマイクを取った。

「Aチームは『ICTによる観光・レジャー』ということで神成市の魅力創出、他都市からの観光客増大を狙った取組を進めて参りました。まず、貴市の魅力再発見に向けて『週末農業』というキャンペーンを電報堂とタイアップして推進します。その実現に向け、観光振興課殿、農政課殿のご支援の下、『みんなの農園』の使用許可、営農指導員の方々のご協力を得られる状況にあります。更に、DMリサーチとの協業により他都市からの観光客の動線を追い、『みんなの農園』を拠点とした観光マーケティング計画を練っていく予定です。これらの相乗効果により、東京都心部から1時間半という立地条件を生かし、週末人口を増やす施策を打っていく計画です。簡単ですが以上です」

 続いてBチームの山根がマイクを取った。

「Bチームは『廃校を活用したテレワーク』を推進します。現在神成市の生産年齢人口は10万人強ですが、Webアンケートの結果、約半数が他都市、多くは東京都心近郊で勤務していると考えられます。一方で、受け皿があれば神成市内で勤務したいという世帯が7割に上るという調査結果も得られました。そこで、我が国の関係府省も推進しているテレワークを神成市に普及すべく、受け皿となりうる市内の施設を検討したところ『廃校のリノベーション』が最適との結論に至りました。既に市の内部調整は終えています。今後はテレワーク希望者の募集と、そこから産まれる異業種連携等による新産業創出が鍵になります」

 続いてCチームの村下がマイクを取った。

「Cチームは『ICTによる医療・福祉・介護』として最先端の遠隔医療を神成市で実現します。これにより市立病院の混雑解消、在宅医療への対応が可能になります。受け皿となる医師については西内先生のお口添えもあり、帝都大学の系列病院にお願いすることが可能になりました。病院と患者の間のインターフェイスについては、健康福祉課殿との共同ヒアリングにより、通信事業を手掛けるRMソリューション社が帝都大学と共同開発した『リモートメディカル』というサービスを採用します。これによりスマートフォンなどを介し、遠隔で医師と患者をつなぎ、診断、処方、医薬品の配送が可能となります。スマートフォンなど必要機材の普及に関しては市の広報部殿・健康福祉部殿、三友ダイヤモンドリース社が支援する方向で調整を進めています」

 湯浅が再び皆の前に立った。

「以上の通り、まだ詰めの甘い部分もあろうかと存じますが、各施策の実現に向け、一歩、二歩足を踏み込むところまで参りました。簡単ですが現在の進捗報告は以上です」


 湯浅がコメントを終えると、西内が椅子から立ち上がって拍手を送った。

「素晴らしい、実に素晴らしい。見事に第一回報告会での課題認識から着実に前進してくださいました。詳細は明日の報告会でコメントしますが、いずれのチームも実行段階まで来ていると思います。明日の報告よりも3月の最終報告が楽しみですね。聴衆の皆さんから何かございませんか?」

 インターネット大手CMO社のCEO藤江が挙手した。

「あの、例えばAチームの観光・レジャーの提案などでは弊社が運営する旅サイト『CMOトラベル』の活用や弊社WebサイトでのPRも効果的かと思います。Bチーム、Cチームに対しても何らかご協力できるのではないかと思いますが、口出し無用でしょうか」

 西内は満面の笑みで藤江の提案を受け取った。

「このプロジェクトはメンバー15名だけで進めるものではありません。神成市や産業界の皆様、もちろんメディアの皆様とも一緒に創り上げていきたい、そういう思いでここまで進めてきました。市職員の皆様による実態の伴ったご意見、参画各社の皆様のご知見、専門性、メディアの皆様による情報発信を通じた更なる賛同者の集積、それらが相俟って最高の成果を上げ、最高の価値を神成市に提供することができるのです」

 すると日本経済新報社の記者が挙手した。

「西内先生。ということは愚問ですが、今日お聞きした内容は記事にして大丈夫なのですね」

「もちろんです。包み隠すことなど何もございません。メンバー15名と神成市の皆様がこれまで築き上げてきた成果を社会に対して可能な限りアピールしていただきたいと思います」


「さあ、皆さん。この後ですが、本来はプレゼン資料のブラッシュアップと中間報告のレポート作成に充てる予定でした。ですが、今ほどご提案いただいたように、我が国の頭脳とも言うべき各社の錚々たる方々が本日お集まりです。ここは急遽路線変更して、3月の最終報告会に向け、今日、明日と各チームの提案をこの場におられる皆様全員で議論し、磨く場に致しませんか。ご出席の皆様、時間の許す限りメンバーの議論に是非ご参加ください」

 西内が会場の全員にそう語りかけると、割れんばかりの拍手が会議室内に沸き起こった。会場の熱気は最高潮だ。

「これは皆さん、もう会社とか肩書きとか年齢とか関係ないですな。私も混ぜてくれ。Bチームの廃校活用プロジェクト。何か知恵を出せそうな気がする。今までの検討状況を詳しく教えてくれたまえ」

稲垣社長が上衣を脱ぎ、腕まくりをしてメンバー15名の中に入ってきた。

「じゃあ、私は遠隔医療のCチーム。スマホの普及について、何かもっとうまいアイデアを出せそうな気がします」

「Aチームが提案した『週末農業』で利用する『みんなの農園』のキャパは? 1ha? 我が社がキャンペーンを組むのなら、もっと大がかりに神成市をPRしたいですな!」

 CMO社のCEO藤江も、電報堂の大林社長も入ってきた。皆続々と議論に入ってきて、各マスメディアの記者達は写真撮影と取材メモに追われている。

「ちょっとちょっと皆さん、すみません!!」

 山崎がホワイトボードを2セット調達してきた。

「皆さん、そんなに慌てずに。今日、明日とありますから。それにクロージングセッションは3月。まだ3箇月ありますよ」

 気が付くと、疲弊していたはずのメンバー15名の瞳がキラキラ輝いていた。老若男女、肩を寄せ合って議論し合い、意見を衝突させている。入社3年目の植草が稲垣社長を言い負かす場面もあった。

「西内先生、ようやく”LPSI”らしくなってきましたね」

「そうですね。でも貴方達の”LPSI”をもう彼らは凌ぎましたよ。違う次元に突入したように思います。この調子だと山崎さんも来年3月には”LPSI”を無事卒業できそうですね」

「私やっぱり卒業してなかったんですか!?」

「そりゃそうですよ、肝心なビジネスモデル特許を出しそびれて、アイデアを吐き出しただけの自己満足プロジェクトだったんですから、あれで卒業なんて言わせません」

「先生、そりゃ厳しすぎますよ!」

 会議室の片隅で西内と山崎は互いに遣り合いながらお互いの苦労を労うように笑った。

「西内先生、山崎さん、ヘルプに入ってください。遠隔医療の件、意見が真っ二つ!」

「廃校活用も暗礁に乗り上げてます。こちらもよろしくお願いします!」

 雑談に興じていた西内、山崎も議論に巻き込まれる格好になった。

「はい、はい、年寄りを労わるどころか年末までこき使うんですね、皆さんは」

「私も今入ります。稲垣社長、あんまり滅茶苦茶にしないでください。半年間の裏付けがあるんですから。難癖付けるんじゃなくて、よりよい提案に磨きまくってください!」

 総勢60名を超える大の大人が議論に議論をぶつけ合う姿がそこにあった。会社の違いも肩書きも経験も年齢も性別も抜きにした魂と魂のぶつかり合い。西内や山崎が求めていたものが確かにそこにあった。”LPSI2016”としての目標はこの時点で達していたのかもしれない。後は「神成市再開発プロジェクト」を完遂し、10年前の都市開発失敗という呪縛から神成市を解き放つことが、山崎や15名のメンバーのみならず関係者一同の切なる思いだった。

 外では雪霰を伴った寒風が吹きすさぶ中、雷鳴がこだまのように神成高原のほうから響き渡っていた。それはまるで、市役所に駆け付けて議論を戦わせる皆に神成の地がエールを送っているような、強くかつ優しい音色だった。

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