第7話 活動開始!
6月のオープニングセッション後のミーティングでA,B,Cの3チームに分かれたメンバーは、それぞれのチームごとに、対面でのミーティングの他、Skype会議、FacebookやLINE、メール等でのやりとり、神成市現地への訪問などで情報収集、仮説設定等に鋭意取り組みはじめた。
9月の報告会まではよほどのことがない限り、活動はメンバーの自主性に任せる。報告会前日に3箇月間の検討結果を西内教授ら指導陣が講評、直接指導し、その翌日に市長をはじめとした市関係者に対して報告することとなる。報告会では市民への一般公開がないのがメンバーにとっては救いだが、いずれにせよ神成市関係者の厳しい目に晒されることなる。
三友商事の湯浅がリーダーとして所属しているAチームは、まず鈴木総務企画課長からの情報を体系的に整理し、チームとして取り組むべき優先課題を設定すべきという結論に達した。その為、現地情報の収集に力を入れることとした湯浅達は住民へのインタビューに乗り出した。事前に神成市が用意してくれていた「神成市政アドバイザー」という肩書きの共通名刺で、道行く人や個人宅を約1箇月間、時間の許す限り回ってみた。N数はそれほど稼げなかったが、浮かび上がってきたのは「医療に対する不満」が想像以上に大きいという結果だった。話を聞くことができた市民のうち、実に8割以上が医療に対して何らかの不満を抱えていた。そこで、Aチームが解決すべきは「神成市の医療環境整備」との課題設定をした。ここを立脚点に具体的な議論をスタートしたが、市の財政も限られている中、どういった手立てが打てるのだろうか。産業誘致に苦戦しているとの鈴木課長の話もあったが、その際の質疑応答で市中心部はともかく市全域をカバーするような医療体制を現在の市や民間に期待するのは率直なところ難しいとの回答もあった。
そこで湯浅は実現可能性はともかくとして、まずは何でもいいからアイデアを列挙しようと提案した。何か思い付いたらとにかく発言、ということで湯浅はまず「『メディカルカフェ』ってどうよ?」とSkypeでメンバーにぶつけてみた。
すると、「カフェで医療行為?」、「病院内にカフェを設置して混雑解消?」などとメンバーから容赦のない質問や疑問が呈された。
「いや、要は病院や医師の数が少ない、中心部に集まり過ぎているというのであれば、地域に散在しているコーヒーショップとかに簡便な医療を施せるスペースと人材を用意したらどうかと思った訳。ジャストアイデアだけど」
「でもそれって、喫茶店で医療行為やっていいかどうかっていう問題もあるし、そもそも神成市って喫茶店そんなにあったかしら? 私、松浦君と結構市内を街頭インタビューして回ったけど、そんなに見かけなかったわよ」
インターネット大手CMOでチーフプロデューサーを担っている”LPSI2016”メンバーで紅一点の佐藤仁美がすかさず指摘してきた。山本が米国から手回しして送り込んできた気鋭のITコンサルタントだ。
「詳細は総務省の日本標準産業分類に統計資料がありますから後で調べるとして、僕も感覚的に喫茶店とか飲食店は少なかったように感じました。市の郊外に出ると田畑がどーんと広がっているようなところですから、既存インフラを医療に活用するというのは神成市では難しいかと……」
産業総合研究所の若手有望株、松浦からもそのような指摘がなされた。
「佐藤さんと松浦くんは現地を結構見てるから、その指摘はおそらく確かだろうね。そうすると、やはり医療をできる場所と人材の確保が課題なんだね。当たり前だけど」
「湯浅さあ、『神成市の医療環境整備』なんていう大それたテーマでAチーム大丈夫かな。そもそも市自体がほぼお手上げ状態の課題をわずか5人の頭で一年もかけずに解決するなんてアクロバティックなことが本当にできるのかな……」
グローバルファイナンス社で投資部長を務める沼田がチームとして着目した課題に早速疑問を呈してきた。
「いやいや、俺の例示がイマひとつだっただけだよ。ジャストアイデアだから一旦忘れてまた一晩寝かせようよ」
湯浅はとりあえず今回のセッションを打ち切ってSkypeをOffにした。
ーーいやあ先が思いやられるぜ。なんか議論が波に乗らないんだよな。課題設定が悪いのか、課題解決力が劣るのか、チームワークが悪いのか、一体何が足りないんだろう......
湯浅はそう呟きながら、Bチームのリーダー松山に電話してみた。松山は三星自動車の海外マーケティング部の課長で、主に北米向けのSUV(スポーツタイプ多目的車)市場を開拓している。
「なるほどね、それで?」
「という訳で、課題設定にかなりの工数を投じてきたんだけど、課題解決の局面に入ろうとしたら急ブレーキがかかってしまって。旅行に例えれば、目的地を吟味しまくってようやく決めたら移動手段で意見が分かれ、そのうちに目的地自体の再考に入りかねない、とかそんな感じだよ」
「珍しいな、湯浅がそんな泣き言をいうのは。でもウチなんか早々にぶっ壊れてるからな。もうしばらくメンバーと会話してないぞ」
「マジで!? 一体どうしちゃったの?」
「焦ったんだろうなぁ。総務企画課長の話があったじゃん。あれで課題のネタがだいぶん出たと思っちゃったんだよね。で、メンバー5名だから解決策も限られているだろうということで、各々の専門性と照らし合わせながら早々に課題設定しちゃった訳。ずばり『シニア活用』。富士開発の植草くんって最年少の彼覚えてる? 神成市の10年前の都市開発って富士開発が携わってたんだってね。で、彼が当時のことを知っている社内関係者に聞いて回ったところ、あの開発で市に魅力が産まれて他都市からの流入人口が増えるという目算が狂ったところがポイントだというんだよね。で、今さらカネをかけて人を呼び込むこともできなさそうだし、じゃあ残った高齢者達を如何に活気付けるかというところに落ち着いたんだ。だけど、高齢者活用というのも昔から言われていることだし決定打が出なくてね。ただひとつ面白いアイデアが出て、『従業員99%高齢者の会社を100個作る計画』ってどうよ。でも『じゃあ何やる会社?』っていうと途端に尖がった意見が出なくなるんだけどさ。で、今みんなで一旦ゼロクリア中って訳。どう考えても突っ走り過ぎだよな」
「待てよ」
湯浅は松山の話を反芻しながら頭の中をフル回転させてみた。
「高齢者をビジネスの場に連れ出そうというのが、そもそも乱暴なんじゃないか」
「そう言うけど、徳島県勝浦郡上勝町にある『株式会社いろどり』って知ってるか。『葉っぱビジネス』と称して、高齢者や女性が季節の葉や花、山菜なんかを栽培・出荷・販売する農業ビジネスを展開してるらしい。神成にだってきっと何かできることがあるはずだと思うんだ」
松山が具体例を持って反論してきた。
「でもそれは特異解かもしれないじゃないか。むしろ在宅のままビジネスなり、診療なりできる環境を整備すればいいのかもしれない。もし仮に、離れた場所から医療を施すことができれば高齢者を無理やり自宅から病院に連れ出す必要もなくなるし、郊外にまで新たに医療施設を整備する必要もないかもしれない。今までの俺達は喫茶店や飲食店が郊外にないとかそんな理由で思考停止していた。だけど、患者たる高齢者はその郊外にある『家』に住んでるんだよな」
「お前、つまり在宅医療をテコ入れしたいのか。医療の出前サービスとか」
「いや、それだけじゃない。まだ漠然としているけど何か閃きかけている。マジでサンキュー、松山」
「じゃ、見返りとしてこっちにもアドバイスくれよ」
湯浅は頭を捻って知恵を絞り出した。
「そうだなぁ、さっきの『葉っぱビジネス』じゃないけど、『気仙沼ニッティング』っていう会社知ってる? 東日本大震災を契機に同社代表の御手洗さんっていう女性が立ち上げたんだけど、地域で編み手を募って最高級のニットを製造販売しているらしいんだ。編みものなら、編み針と毛糸だけで明日にでも始められるのでは、というのが発想の原点だったらしい」
「ほう、それは初耳だなぁ。ビジネスの芽なんて何処にでも転がってるけど、誰も気付かないだけなのかもな」
「高齢者に限らず、地域資源をフル活用するっていう視点に立てば、100社とはいかないまでも10社くらいはつくれるかもね。『葉っぱビジネス』だって、『最高級ニットの製造販売』だってそういうものかもしれないし。例えば、神成は確か温泉の名所じゃなかった? 市民によるツアーガイド社をつくるとか」
「なるほど、地域の人的資源と物的資源を結び付けるというのか。それなら、一個ずつ積み上げでリアリティのある計画を出していけそうだな」
「じゃ、さっきの在宅医療の件、俺メンバーに伝えるわ」
「俺はお前のアドバイスを切り口に議論を再開するよう皆に言ってみるよ」
二人の声色は俄然明るくなった。
「しかし、お互いリーダーは大変だよな」
「でもまあ遣り甲斐あるんじゃね、ただ参加してるよりは」
前向きな松山の発言と得られたヒントに湯浅は確かな手応えを感じていた。
松山との電話を切ると、湯浅はFacebookのグループページに、
【皆に質問!】自宅に居ながらにして診察を受けるには?
解答例:①在宅医療、②?、③?
※各々アイデアを書き込んで!
と投稿し、そのままベッドになだれ込んだ。明日はこの1年半手掛けてきた某プロジェクトの社内審査会だ。湯浅がその矢面に立つ。抜かりなく審査資料は揃えているが、神成市へのプロポーザルが常に頭の片隅を占めている。本業に影響を出してはならないと自分自身に対して言い聞かせているのだが、正直どちらも重要だ。今日は今日で眠るとして、先ほどのヒントをきっかけにメンバーが頭をフル回転させてくれることを祈り、しばらく社業に専念したい。思えばここ2箇月間、皆フル回転だもんな。よく離脱者も出ずに何とか回っているものだ。そのうちCチームの様子も聞いてみよう。そんなことを思いながら、湯浅はベッドの中で深い眠りに落ちていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます