第6話 LPSIオープニングセッション
同年6月26日(日)、神成市文化交流会館に、神成市長はじめ市の関係者約30名、帝都大学西内名誉教授、富士開発株式会社稲垣社長以下15名、山崎執行役員を含むLPSIメンバー14名(米国在住の山本を除く全員)、そして「神成市再開発プロジェクト」メンバー15名、ほかメディア関係者等、一般市民約300名と予想を上回る人数が集結した。15年ぶりの”LPSI”のオープニングセッションとしては十分な盛況ぶりだった。
まず増田神成市長から、「各人の専門性を持ち寄って当市が抱える課題を見極め、実現性が高く、市民の理解を得られるような解決策を見出してほしい」との冒頭挨拶があった。そして、西内教授から「既存の価値体系を根本的に覆す破壊的イノベーションを起こすべく、自分自身を一旦解体する覚悟で新たな自分を発見してほしい」という教育的見地からのメッセージ、そして稲垣社長からは「異業種同士の意見の衝突もまた良し、議論を尽くし神成市に対して真の価値提供を目指すように」との激励の言葉が寄せられた。
そして、今回プログラムディレクターを務める山崎が壇上に立ち、マイクを手に取った。
「この度は増田市長はじめ神成市関係の皆様、神成市民の皆様、帝都大学西内先生、富士開発株式会社稲垣社長、プロジェクトメンバーの選抜に奔走してくれた同志達、そして15名の選抜メンバーの皆さん、『神成市再開発プロジェクト』への御支援、御参画ありがとうございます。
私は今から15年前、”LPSI”というリーダーシッププログラムに参画し、各界を代表する錚々たるメンバーとともに、イノベーションの創造に努め、社会的課題の解決、社会的価値の創出にチャレンジしました。私達を取り巻く社会環境は日々複雑多様化していきますが、それを踏まえた上で社会的な課題解決と価値提供に挑んでいかねばなりません。その為には社益追求といった個々の利害ではなく、人類の英知を結集した集大成をぶつける必要があります。私達は今まさにそのスタート地点に立とうとしています。
貴方は日々の生活で何を問題視し、不満に思っていますか? 通勤ラッシュ、会社の残業体質、近所の騒音問題、果ては国際情勢、……。ミクロな問題からマクロな問題まで大小様々でしょう。まずはその『課題』を隣にいる同志と、市民の皆さんと、そして何より自分自身と徹底的に対話してください。貴方達が解決すべき課題を見極めるのは実はそう容易なことではありません。貴方達が日々接している課題というのは、自分自身という一人称の課題として認識されていない場合が案外多いものです。どうしてこの課題を解決しなければならないのか、自問自答、煩悶を繰り返して社会的課題を自分自身の課題に置き換えていく。その徹底的なプロセスがこのプロジェクトの第一歩となります。
オープニングセッションでは詳細を割愛しますが、今私が話した『課題の認識』がすべての出発点であることを、このプログラム期間中、常に覚えておいてください。困ったら必ずここに立ち戻る。回り道とも思えるこのプロセスを、貴方達はおそらく何度も繰り返すことでしょう。
このプロジェクトの出口に近道はありません。愚直に正面突破を目指してください。衝突の数が多ければ多いほどアウトプットは磨かれます。皆様の健闘を祈ります」
山崎のプレゼンテーションに、会場からわっと拍手喝采が起こった。
続いて三友商事から選抜された湯浅課長から代表挨拶が行われた。
「増田市長はじめ市関係の皆様、帝都大学西内先生、富士開発山崎執行役員をはじめ当プロジェクト運営スタッフの皆様、この度は私達にこのような機会を与えていただきありがとうございます。メンバーとは本日初対面ですが20代半ばから40歳前後の異業種の精鋭が揃っていると伺っております。私個人をとっても年齢を重ねるにつけ、日々会社の業務に埋没してしまい、目の前の仕事に汲々している毎日です。また、所属する会社を越えた関わりというのも限られた範囲でしかなかなか持ちえず、目から鱗が出るような発想に遭遇する機会も減ってきたように思います。本プロジェクトの前身となった15年前のリーダーシッププログラムのことを、今回私を推薦してくださった上司の丸山から聞きました。機会がないなどと嘆く前に、自分達で場を創り上げ、様々な意見や考え方、感じ方の衝突を楽しみ、社会的価値を共に創り上げる。そんな試みをこれから自分達が実践していくと思うと期待感で胸が一杯になります。神成市という舞台も頂戴し、自分達が恥ずかしくないアウトプットを出さねばという、いい意味でのプレッシャーも感じています。この緊張感と高揚感を保ちつつ、誇らしい成果を皆様の前でご報告することをここに誓います」
力強く、頼もしい湯浅の言葉に対し、会場から万雷の拍手が沸き起こった。
オープニングセッションはこうして大成功に終わった。そして、”LPSI2016”が遂に始動した。
オープニングセッションの終了後、メンバー15名は会場を移して神成市役所の会議室に参集した。皆程よい緊張感を覚え、やる気を漲らせた表情をしていた。
山崎は皆の前に立ち、軽く咳払いして言葉を発した。
「では改めまして。皆さん、”LPSI2016”へようこそ。これから約9箇月間、皆さんには自身の限界に挑戦していただくことになると思います。神成の再生は決して容易な課題ではないですが、くじけずに前に向かって歩いて行きましょう。私が大好きな言葉をひとつ紹介しますね。宇宙工学者のJAXA國中先生は若い頃、『はやぶさ』のイオンエンジン開発で苦難にぶつかった際に、恩師から『歩いてもいい、でも止まってはいけない』という言葉を掛けられました。それ以来、この言葉が國中先生の座右の銘になっているそうです。
『ゆっくりでも、止まらなければ、けっこう進む』
長いようで短い9箇月です。立ち止まることなく、弛まぬ努力で一歩でも前に進みましょう」
15名のメンバーは神妙な面持ちで山崎の話を聞き、大きく頷いた。
「ところで西内先生、恒例のアレ、やるんですよね」
「はい、最初が肝心ですからね」
西内は椅子から立ち上がると、15名の前に立った。
「今回スーパーバイザーを務めさせていただく帝都大学の西内です。これから約9箇月間になりますね。私達が出会ったのも何かの御縁でしょうから、あまり畏まらずに楽しく盛り上げて行きましょう。ところで、先ほどの挨拶で山崎さんから少し話がありましたが、まず皆さんの課題認識を確認しておきたいと思います」
場が少しざわざわとし始めた。この辺りの手綱の締め方は西内先生ならではの技だ。
「私が今から皆さんと一対一で面談をします。この面談での失格はありませんので、臆することなく思い思いの発言を試みてください。そして残った皆さんは各人の受け答えを見ていてください。誰とメンバーを組みたいか、誰となら神成市の課題を解決できそうか、皆さんの目で見極めてください。面談の後、皆さん自身の力で各5名の3チームに分かれていただきます。言ってみればそのための自己PRの場です」
「では湯浅さんから行ってみましょうか」
「は、はい」
多くの聴衆の前で堂々とスピーチした湯浅も、メンバーが見ている前で西内との公開面談に臨むといういきなりの修羅場に緊張を隠せない。
「まあ、そんなに緊張なさらず、リラックスしてください。最初に、貴方の志望動機を聞かせてください」
「はい、私の出身地は神成と同様に東京都心部から電車で1時間半ほど離れた埼玉県の小都市です。神成ほどではありませんが、やはり地域の活気が失われていると感じることが年々多くなっています。私自身は都内在住ですが、果たして今のままでよいのかという意識を随分前から持っています。ですから会社の先輩である丸山から話を持ちかけられた際に真っ先にお受けしたのです」
「ほう、なるほどね」
西内が興味津々に湯浅の話を聞く間、山崎は手帳にポイントをメモしていった。
ーー志望動機:埼玉県出身、地元の衰退を危惧
「では次の質問に移ります。貴方が最近『これは困ったな』、『これを何とかしたいな』と強く思ったことを思い付くだけ挙げてください」
湯浅はちょっと困惑した様子を見せた。
「少し考える時間を差し上げましょう。でも考えて出すのではなく、感じるままに発してほしいのですが。優等生的な回答は結構です」
湯浅がやや汗ばんだ表情に変わる。山崎も15年前にこの質問への回答に苦しんだことを思い起こす。「頑張れ!」と心の中でエールを送る。
「そうですね。難しいですが、例えば景観問題。私が住んでいるマンションは10階建なのですが、隣に15階建のマンションが建設されることになり、今までは天気がよい日にはベランダからスカイツリーも見えていたのですが、それが来年早々には視界が完全にふさがれることになります」
「ほう、それで貴方はどうするのですか?」
「いえ、あの……」
「建設反対運動でも起こすのですか。起こしませんよね、きっと。貴方自身に解決可能な課題を心の中の自分に対して問うてみてください」
湯浅はかなり追い詰められていた。視線を落とし、頭をフル回転させているようだが、なかなか回答を見出せないようだ。
「パスしますか」
湯浅がキッと視線を上げた。
「いえ。失礼いたしました。私は自分自身の『働き方』を改革したいと思っています。三友商事に入社して以来、私は毎朝8時半に出社し、終電を逃すことも頻繁な毎日です。週末も必ず土日に休めるとは限らない、という生活が続いています。家庭を営んでいる以上、妻や子供達と過ごす時間をもっと取りたいと思っています。この課題はおそらく多くの人が共通で持っているものであり、一方で社会としても、会社としても、個人としても取り組むべき課題だと思います」
「ほう……。なるほど、いいですね、とてもいいですね。湯浅さんの”LPSI”での『働き方』も考えていかなければいけませんね」
西内が笑顔で評した。湯浅は少しほっとした表情を見せた。しかし、そんなに忙しい毎日を送っているというのに、よくこのプロジェクトに参画したものだ。丸山もよく口説いたものだと山崎は感心した。
ーー課題:働き方改革
「では最後の質問です。貴方はどんなリーダーを目指していますか?」
「はい。私が常々思っていることです。松下幸之助は指導者の条件について『自分より優れた人を使えること』と語っています。『使える』という表現は如何かと思いますが、リーダーシップ論の本質を突いていると思います。人間どんなに頑張っても自分一人の知恵や知識には限界があります。一人で閉じこもったり、同じような人間で固まったりするのではなく、異質、多様な価値観を認め、それを組み合わせて相乗効果を発揮することができるような人材がこれからの社会をリードしていくと私は思います」
「どうもありがとう。今の意見には私も賛同いたしますね。”LPSI”はまさにそういう思いで15年前に立ち上げたリーダーシッププログラムです。今回も貴方以外に14名のリーダー候補生がいます。お互いに高め合って、最高の成果を上げてください。以上です。どうもご苦労様」
ーーリーダー像:多様な価値観を認め相乗効果を発揮する人材
「西内先生、以上でよろしいですか。ではトップバッターの湯浅さん、お疲れ様でした。他の皆さんにもこの三つの問いをなさるので、順番が来るまで自身の考えを整理しておいてくださいね。では、佐藤さん、こちらにどうぞ」
西内の面談は15人全員、2時間半あまりに亘って行われた。シンプルと言えばシンプルだ。どういう意思を持ってこのプロジェクトに参画し、どういう課題認識を常々持って毎日を過ごし、どのようなリーダーに自身がなろうとしているのか。
しかし、この3つの質問に対する回答は思いの外難しい。特に、2番目の質問「日々の課題認識」はそうだ。ここで、事を起こす人、イノベーターとしてのセンスが問われる。単なる評論家ではない改革者としての資質が十分にあるか、西内はそれを見極めたはずだ。山崎は感覚的に15名のうち3,4名しか現段階ではこの資質が備わっていないと見立てた。しかし、これは今回のプロジェクトを通じて養っていけばよい。そして、3番目の質問で”LPSI”がリーダーシッププログラムであることを再認識させる。要はメンバー全員に対して「リーダーたれ!」と西内なりのエールを送っているのだ。それをメンバーの前でコミットさせる。誰の回答にも幾分かの飾りはあるだろう。その化粧を見破ってこそ、メンバーの素の姿が見えてくるのだ。
この公開面談で、山崎にも、メンバーの皆にもそれぞれのプロフィールが概ね刻まれた。課題認識もそれぞれ、リーダー観も様々の15名の精鋭達。さすがは”LPSI”卒業生が派遣したリーダー候補生だと山崎は舌を巻いた。その後1時間をかけて15名のメンバーが議論を尽くし、A,B,Cの3チームを構成した。
「チーム編成はこれでいいでしょう。必要に応じて見直しを行います。では、本日の〆として神成市の方のお話をお伺いしましょう。鈴木総務企画課長から市としての課題認識をご説明いただきます。鈴木課長、よろしくお願いします」
山崎とほぼ同年齢か若干年下の鈴木がメンバーの前に立ち、話を始めた。
「皆さん、今日はありがとうございます。当市の課題解決のために力を合わせてくださるとのことで有難い限りです。で、皆さんお疲れでしょうから早速本題に入りますが、課題といえば課題だらけなんですよ。当市に限った話ではないのですが、人口減少による税収減。10年前に抜本的対策として取り組んだ開発プロジェクトも不発に終わり、若年人口は東京をはじめとした大都市に流出する一方。その間に高齢化が進み、10年前に決定打として打ち出した商業娯楽施設も閑古鳥が鳴く始末。ここだけの話ですが、最近では大手GMSの離脱を引き留めるのに必死です。また、10年前の開発がイケイケドンドンだったがために、市としての基盤機能の低下が逆に目立ってきています。例えば医療。市中心部にある市立病院は万年渋滞状態ですし、一方で市全域をカバーする医療体制は整備されていません。高齢化がここまで進むと医療の空白地帯の解消が重大事になります。また、上下水道や廃棄物処理施設等の公共インフラなども場当たり対応で進めており、施設、設備の老朽化対策が必要ですが、市の財政的にすぐには着手できない状況です。この他、産業誘致についても10年前の開発の後、当市が活気付かない状況を見てか進出企業が出てきませんし、市内の産業も活性化されていません。ご覧のとおり、自然や史跡など観光資源には事欠かないのですが……」
鈴木課長はメンバー全員を前にして、神成の凋落ぶりを包み隠すことなく伝えた。それは市担当者としての悲痛な叫びであると同時に、メンバーが今後検討を行っていく上での重要なインプットとなった。
最後に西内教授から3箇月後の9月25日(日)に第一回報告会をセットする旨がメンバーに言い渡され、初日の解散と相成った。
市役所を出たメンバー達は梅雨寒の冷たい雨に打たれながら、遠くに聳える山々の向こうに見える雷の閃光に目を遣った。そして、この自然豊かな山間地域のどこに課題の解決策が潜んでいるのか、皆それぞれに思いを馳せた。
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