第10話 第一回報告会・後編
報告会当日は増田市長はじめ市関係者、富士開発稲垣社長が加わり、西内教授、山崎らとともにメンバーの発表を聴くこととなった。前日は西内も22時ごろまで、山崎らは深夜0時過ぎまで各チームの検討に付き合ったが、西内の講評が堪えたのか、どのチームも十分に検討が進まないようだった。
山崎は当日の朝、ホテルで起床したのち食堂で植草らに遭遇し、「少しは寝たのか?」と尋ねたが「見ての通りです」とげっそりとした表情で答えるのが精一杯のようだった。諦めなかったチームはみんな不眠不休で頑張ったのだろう。市庁舎の会議室に山崎らは先に入り、会場設営に乗り出した。9時には会場設営を終え、9時20分頃にメンバーがぞろぞろと入場してきた。遅れること9時30分に西内教授と富士開発稲垣社長、9時40分に増田市長及び市関係者が集まり、会場の熱気が高まってきた。頃合いを見計らって山崎が発声した。
「では定刻より15分早いですが、皆さんお集まりのようです。メンバーの皆さん、用意は大丈夫ですか」
するとメンバー全員が一斉に山崎の方を向き、明らかにNGという表情をしてきた。
「……という感じですので、定刻まで皆様少々お待ちくださいませ」
ーーこりゃ、発表順すらプレゼン内容に影響を与えかねない状況だなぁ。市長や社長の前でジャンケンさせる訳にも行かないし、どうしたものか……。
山崎の頭に一瞬迷いが生じた。すかさず隣にいた上田に小声で相談した。
「上ちゃん、発表順A,B,Cでいいと思うか?」
「準備できてるところからやらせりゃいいんだよ、心の準備がね」
ーーなるほど、相変わらず心強いなコイツは。メンバーに変に遠慮している俺がバカだった。この程度の修羅場であればくぐってきた連中も多いだろうし、むしろ「俺から喋らせろ」というくらいの気概がなければ次代のリーダーになどなれるはずがない!
山崎は会場に集まった関係者に再び視線を移すと、姿勢を正し、会議室内に響き渡る大きな声で語りかけた。
「皆様、ご多忙の中、お集まりいただき御礼申し上げます。『神成市再開発プロジェクト』の第一回報告会を遂に迎えました。それではメンバーからの発表に先立ち、まず西内先生から一言いただけますでしょうか」
「帝都大学の西内です。6月のオープニングセッションから早3箇月が経過しました。私どもの検討がどの程度進んでいるか、ご期待いただいている皆様が数多くおられることと存じます。ただ、このプロジェクトは私が当初申し上げましたとおり、既存の価値観の元での直線的な改良による持続的イノベーションではなく、既存の価値観を覆す破壊的イノベーションを志向しています。昨日、実は私がメンバーの検討経過を文字通り『破壊』したところです。今日はもしかすると惨憺たる報告内容になるかもしれませんが、時間的にまだ余裕のある第一回報告会ですので、厳しめのご指摘、ご示唆を皆様から頂戴したいところです。それでは本日はよろしくお願いいたします」
「西内先生ありがとうございました。それでは早速発表に移らせていただきます。どのチームから参りましょうか。あ、宮田君、今目が合いましたね。ではAチームからよろしくお願いします」
新生Aチームは旧Cチームの宮田を中心としたメンバー構成に見直した。旧Aチームはメンバー構成に恵まれすぎ、議論があまりにも円滑に行われてきた。また労力をいとわないというメンバーの特徴もあり、リーダーを湯浅から宮田に挿げ替えるだけの変更とした。もっとも他のメンバーがリーダーの座を奪ってもまったく問題はない。現時点では宮田が他の4人を引っ張っているようだ。
「私達Aチームは神成市がどういう経緯で現状の課題を抱えるようになったのか、その本質的な部分を理解すべく検討を進めています。総務企画課長の鈴木様からのご説明、市民の皆様への聴き取り調査により、いくつかの克服すべき課題がリストアップされています。それらの根源が何かをメンバーで検討した結果、10年前のインフラに偏重しすぎた都市開発がポイントではないかという仮説に至っております。他都市からの集客を狙ったインフラ施策、例えば鉄道の整備、道路建設、大規模商業施設の誘致、工業団地の建設等、いわば大都市化を狙ったこれら施策が皮肉なことに他都市への交通アクセスをよくし、労働力の他都市への流出、更には産業誘致の失敗、地場産業の衰退、人口減少、高齢化といった様々な問題を引き起こしています。今、市の皆様が苦慮しておられるのは、これらの構造変化が可逆的なものではなく非可逆的なものだからではないでしょうか。他都市へ流出した人達はよほどのことがなければ戻ってきません。マーケットや労働力を失った地域からは産業が離脱していきます。その結果、既存の都市構造や産業構造の枠で考える限り、抜け出すことができない袋小路に嵌っているのが貴市の現状かと存じます。
この現状認識から貴市の抱える課題の打開策を考えるとするならば、貴市の『売り』をもっとアピールしてはどうかと考えます。貴市は東京都心部から約50kmしか離れていないにも関わらず、自然や農地に恵まれた素晴らしい土地柄を有しています。私達のように東京近郊に住む者からすると非常に羨ましい環境です。幸いなことに今貴市と東京都心部は鉄道でわずか1時間半の距離にあります。この好立地をベースに観光、食農、レジャーなど新たな産業の集積地に変えられないか、という方向でメンバー一同鋭意検討を行っています。まだ生煮えの状態ではございますが以上です。ご清聴ありがとうございました」
「では続いてBチーム、お願いします」
Bチームは植草が若手ながらリーダー役を買って出たようだ。Aチームが指摘したように神成市の課題は10年前の都市開発が失敗に終わったことが発端であるという見方もできる。旧Bチーム時代に富士開発社内で当時の経緯を周囲に聞いて回った植草が今は一番リードポジションに近いと判断したのだろう。なお、新生Bチームは旧Bチームと旧Cチームを混合した形としている。チーム内の議論が発散状態にあった旧Cチームのカンフル剤となればよいが。しかし、植草のリーダー抜擢は現段階で予想外だった。
「私達BチームではAチーム同様、過去の経緯から紐解き、現状の課題の根源を探りました。過去の経緯についてはAチームのプレゼンにもございましたので詳細は割愛致しますが、そもそも何故10年前に貴市が都市開発を目指したのか、という点がポイントかと存じます。私達の調べと見立てによりますと、当時の市の方針で第一次産業から第二次、第三次産業への展開というスローガンが掲げられていたかと存じます。従前から今に至るまで、貴市は自然に恵まれ、農業をはじめとした第一次産業が盛んな地域です。一方で東京都心部から50km圏という絶妙な立地であり、交通アクセスさえ改善すれば、農業だけでなく、様々な地場産業を振興できるはずだという狙いが当時あったのではないかと推察します。この仮説が正しければ、農業都市としての姿を保ちつつ、各種産業の工場立地エリアや先端産業の育成拠点として位置づけることが貴市のビジョンであり、目指した方向性であったと思います。これが実現しなかった理由としては、市の施策が市民の意向を十分に反映していなかった可能性が考えられます。例えば東京都心部への交通アクセス向上の件も、市民との合意があれば労働力の流出という事態を招かなかったはずです。
過去の経緯を紐解きながら現在進行形で対策を考えておりますが、方向性としては移動を伴わない産業の育成・活性化を考えています。現状は東京都心部までの移動時間が鉄道で約1時間30分。やや利便性の悪いベッドタウンという状態です。かつて東京近郊の企業に働き口を見付けたけれども、10年間経過した今、帰るに帰れないという方々も多くおられるのではないでしょうか。一方、新たな動きとして、例えば徳島県名西郡神山町ではITベンチャーが古民家を利用したサテライトオフィスをつくる事例なども出てきています。何より自然豊かで通勤時間がなく疲労感がない、といったことが社員のモチベーションになっているようです。ICT全盛の時代、50kmなどという距離はわずか1秒にも満たない通信距離です。この辺りを軸に貴市の再生プランを引き続き考えてみたいと思います。以上です。ご清聴ありがとうございました」
「では続いてCチーム、お願いします」
Cチームは旧Aチームをうまくまとめてきた湯浅がリーダーに立った模様だ。旧Bチームで「高齢者99%会社設立構想」を考えてきたメンバー、旧Cチームで路頭に迷っていたメンバーをどうまとめていくかが見物だ。できれば湯浅に取って代わるくらいの気概のある奴に出てきてほしかったが、今日ばかりは仕方がないだろう。
「最後の発表はやりづらいですね。課題認識としてはA,B両チームから出尽くしているところですが、私達Cチームでは都市開発失敗を認めつつ、今そこにある危機として最も身近な問題である医療問題を軸に、貴市の課題解決をご支援したいと考えております。鈴木課長の当初のご説明の通り、チームメンバーの現地ヒアリングによると、市の医療体制に不満を持っているという市民の方々がやはり数多くいらっしゃいました。労働力人口の増加を狙ったのが10年前の施策ですが、逆に労働力人口が減少した今でさえ、十分な医療施設、医師を配置できていないという現状に早急に対処すべきと考えます。ただし、市の財政面の問題等、様々な困難が伴うことも重々承知しております。そこで、『ICTを活用した遠隔医療体制の充実』、『在宅医療希望者に対する出前診療』といった施策を提示致します。前者はBチームの発表に連動しますが、例えば東京都心部の医師が貴市在住の患者に医療を施せるような仕組みを地域のICT産業として構築するような施策、後者は医療機関まで出向くことが困難な在宅医療希望者に対して例えばタクシーの配車システムのような仕組みで医師を出前診療させるような施策です。いずれもICTを活用して地域課題を解決するという点ではBチームと類似する取組かと思います。A,Bチームと比べると切り口が具体的な分、逆に検討範囲が狭く感じられるかもしれませんが、綿密な現地調査に基づいて立てた仮説ですので、貴市の実態に即した提案になっているかと存じます。Cチームからは以上です。ご清聴ありがとうございました」
3チームの発表が終わると、どこからともなく起きた拍手が次第に大きくなり、会場は割れんばかりの喝采に溢れた。山崎が指名するまでもなく増田市長がメンバーに向かって講評を始めた。
「いやあ、皆さん、ありがとうございました。正直この企画を初めてお聞きしたときには大変失礼な話、当市は試験フィールドに抜擢されたのかなと心の中で苦笑していました。それが皆さんの真摯な御発表を聴いて、『これは本気だ!』と仰天しました。何より10年前の都市開発が失敗だったと我々の目の前でバッサリ斬ってくださったのが嬉しかった。正直なところ、今まではその事実を認めたくない自分達もいました。また、世間的に当市は学会発表や論文執筆を生業としている学者達が都市開発の失敗例として挙げている中の一市に過ぎません。それがこの3箇月間という限られた期間にも関わらず、10年前の当市の挑戦、そして失敗・挫折の歴史を紐解き、それを踏まえた上での打開策をご提案いただきました。まだ検討途上段階にせよ、我々にとって耳が痛いことも包み隠さず御発表いただき本当に嬉しく思っています。
Aチームの観光、食農、レジャーといった切り口も当市の誇るべき産業資源ですし、BチームのITベンチャー育成も興味深いです。またCチームの医療問題、これも指をくわえて見ている訳にはいきません。ICT活用等を見据えた検討を是非進めて参りたい。次回の御報告が楽しみです。当市の協力が必要な際にはいつでもお声掛けください。場合によっては当市からのメンバー派遣も検討します。本日は誠にありがとうございました」
「増田市長ありがとうございました。では、稲垣社長、一言お願いします」
増田市長の謝辞に拍手が送られる中、山崎に促され、富士開発の稲垣社長が”LPSI2016”メンバーの前に立ち、講評を述べ始めた。
「富士開発の稲垣です。皆様お疲れ様でした。大変興味深く拝聴しました。何を隠そう、10年前の神成市開発プロジェクトの総責任者はこの私でして、今回の企画が立ち上がった時に私がこのポジションに就いているのも何かの因縁かと思います。Bチームの発表でしたかね、10年前の都市開発の狙いについて述べられておられたのは。まさにその通りで、あの都市開発は当たれば大発展、外せば大打撃という中で、当時の市長はじめ市関係者の皆様と本当にこの路線で行くのか熟慮に熟慮を重ねた上で実行に移したものです。結果は皆さんも見ての通り、大打撃を受けてしまいました。都市開発というのは言うほど容易くなく、失敗すれば当地の人々の暮らしに直結する大問題も生じます。それだけに慎重を期さねばならない。皆さんの提案もそれぞれが都市開発そのものです。10年前の大失敗を踏まえた上での打開策、くれぐれも失敗の上に失敗を重ねないように、我が国の将来を担うリーダー候補生としてこの難関に引き続き立ち向かってください」
稲垣からの講評を受け、メンバー一同真剣な面持ちで一礼した。
「稲垣社長、ありがとうございました。では、西内先生御講評を」
「お二方からのお言葉が何よりの講評でしょう。昨日段階から頑張って、よくここまで漕ぎ着けてくださいました。午後もうひと踏ん張りして、次回12月末の報告会までの段取りを共有しましょう。まずは第一回報告会ご苦労様でした」
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