第11話 経営会議

 山崎は週定例の経営会議に普段とは違う面持ちで参加していた。神成市での第一回報告会が終了し、稲垣社長が帰途に着く際に「私は君の企画を軽んじていたようだ。今週の経営会議で報告したまえ。よろしく頼むな」と声を掛けられたのだ。社内の根回しに躍起になっていた頃を思い出すと、ここは大きな節目になる。社長のお墨付きを二度にわたって得られれば、”LPSI2016”の社内的位置づけは確固たるものになる。気が付くと手に汗を握っていた。経営会議の空気には慣れているはずだが、今日ばかりはいつもとは勝手が違う。まあそれも致し方ないだろうと自分に言い聞かせる。議題が淡々と片付けられて行く。

「では今週の報告事項に移ります。社長、何かございますか」

 企画部長の太田が進行を続ける。

「今日は山崎くんから報告事項がある。山崎くん」

「はい、それでは私から御報告申し上げます。4月の企画会議で起案し、ご承認いただいた『神成市再開発プロジェクト』の件です。6月26日のオープニングセッションは皆様にも足を運んでいただきありがとうございました。先日9月25日に第一回報告会を行って参りましたので、その概要を報告します」

「山崎くん、手短でいい。要点を説明したまえ」

「承知しました。総勢15名の参画メンバーを5人ずつの3テーマに分け、3箇月間検討して参りました。まだ中間経過の段階ですが、彼らは10年前に当社が手掛けた神成市の都市開発は失敗だったという現状認識でおります」

「おい、大丈夫なのか、何も知らない奴らに勝手放題言われて。当社の信用問題にも発展しかねないぞ!」

 小田切専務取締役が口を挟んできた。山崎は、「うるさいな、最後まで話を聞け!」と心の中で毒づきながら報告を続ける。

「しかし、彼らは当時の都市開発が成功した場合のメリットを十分認識しており、果敢なチャレンジであったと評しています。そして今は失敗という現実を潔く認め、その上で神成市として何をなすべきかという段階に来ていると冷静に分析しています。あるチームは観光、食農、レジャーの集積地に舵を切ってはどうかという提案、また他のチームはICTを活用した産業の育成・活性化、それを通じた住民の回帰、更には医療環境整備へのICT活用ということで遠隔医療や出張診療の提案もございました。まだ、検討不十分ではありますが、解決すべき課題の核となる本質部分については共通の認識を持ち、現市長はじめ市関係者からも高く評価していただいたところです。ある段階からは市の職員もプロジェクトに参画する方向で調整が始まり、スーパーバイザーの帝都大学西内名誉教授とただいま諸調整に入っているところです」

「私から補足しよう。山崎くんからではやや伝えにくい部分があるかと思う」

稲垣社長が割って入った。山崎は額の汗を皆に気付かれないように拭った。

「10年前の神成市再開発プロジェクトは市長選の公約事項でもあり、市肝煎りプロジェクトとして進めざるを得なかった。当時私が全体を統括したが、私自身もプロジェクトをこのまま続けるのか止めるのか散々悩み、当時の市長に直談判に行ったこともある。山崎くんも当時の現場責任者として承知している事項だ。結果として神成市は他の地方都市同様に衰退の一途を辿った。どこかの御用学者には都市開発失敗の代表例のような形で紹介され、時には開発を請け負った当社の名前が出ることもある。これを放置することはね、大きなレピュテーションリスクなんだ。しかし、下手に触ることも当社にとって更なるリスクと言える。今回は当社切ってのイノベーター山崎くんの提案だから百歩譲って飲んだ部分もあるが、マイナスの結果が出ることも覚悟していた。しかし、何も知らないはずの他社の中堅どころが『失敗は失敗、その現実を見つめてこそ未来がある』と揃ってプレゼンした。私はハッとしたね。当社が手をこまねいている場合じゃないと。

 と同時に山崎くんの企画は今回もクリーンヒットを飛ばしそうだ。彼の言葉では『イノベーションプラットフォーム』と言うらしいが、新しい事業開発の枠組みが姿を見せつつある。物事の本質、解決すべき課題を徹底的に考え抜き、そこに斬新かつ抜本的なアイデアを載せていく。これは帝都大学の西内先生が古くから提唱している発想法のようだが、神成市に限らず、この課題認識&解決のアプローチはかなり有力なアイテムになる。そしてそのプレイヤーを自社内に留めない辺りも考え抜かれた企画と言わざるを得ない。

 今までは様子見だったが、これからは『神成市再開発プロジェクト』の成功に向けて当社も全面的に支援していくことに決定した。山崎くんは本件を最優先事項とするように。また当社からの参画メンバー、……」

「植草ですか」

「そう、植草くんだ。彼の就業環境にも最大限のケアをすること。社長特命事項として以上を命ずる」

 会議室がこの日はじめて騒然とした雰囲気となった。稲垣社長がここまで肩入れする「神成市再開発プロジェクト」とは一体何なんだ。これからの社業にどう影響してくるというのか? 皆の頭にいろんな思惑が交錯しているようだ。

「社長、市側に反対派や抵抗勢力はいないのですか。現在、大日本コンサルタンツが神成市の地域再生計画策定業務を受託していますが、それとの調整は?」

 会議室がざわめく中、小野常務取締役が質問を挟んできた。

「小野君、愚問だな。反対派などいないと私は踏んでいるし、仮にいたとしても市長の視線は既にこちらに向かっている。地域再生計画の件は私も知っている。だから先週の報告会のときにそれとなく市の担当者に聞いておいた。『あれはあれ』というのが市長の認識だそうだ。地域再生計画は国庫補助が付くから進めているだけで、対症療法にしかならない公算が高いとのこと。計画倒れになる可能性もあり、より本質を見抜いているこちらに期待しているそうだ。市の内部調整は市長がトップダウンでうまく仕切るだろう。むしろ地域再生計画に余計なことを組み入れられないように根回ししておいたほうがよさそうだな。よし、その件は私が引き取ろう」

 稲垣社長が山崎のほうに視線を向けて、指示を出した。

「山崎くん、『神成市再開発プロジェクト』は殊の外、神成市にとっても当社にとってもインパクトが大きそうだ。これからは報告頻度を増やしてくれ。くれぐれも邪魔が入らないよう留意する必要がある。私も最優先事項のひとつとして常時目配りしておく。皆さんも何か気付きがあれば私か山崎くんに逐次報告するように」


 山崎はデスクに戻ると経営会議の概要をメールに認め、真っ先に植草に向けて、『極秘』扱いで送った。これで植草も「神成市再開発プロジェクト」に注力できるだろう。そして、”LPSI”のメンバーにも富士開発の新たなスタンスをメールで伝えた。すると続々と、「ウチも経営層の目つきが変わってきた!」、「今度は当社からもオブザーバ参加させるようにとのこと!」といった返信が寄せられた。第一回報告会を終えて、”LPSI2016”もようやく認知すべき対象に格上げされたということだろう。問題はここからだ。第二回報告会、そしてクロージングセッションでの最終報告会に向けて、どこまでの成果を上げられるか。これからは周囲の目も益々厳しくなるだろう。


 ーー俺達は15年経っても”LPSI”から卒業できないな。


 山崎は自嘲気味に笑った。良くも悪くも”LPSI”に魅せられた男。こういう形で”LPSI”との接点を復活させるとは、15年前は勿論のこと、ほんの1年前にも想像すらしていなかった。15年前のプログラム期間中に本能の中に擦り込まれたのだろうか。つくづく西内先生は凄い方だ、と山崎は改めて脱帽した。

 山崎がふと窓から外を見渡すと、晴れ空を切り裂くような稲妻が天を走り、大きな雷鳴がそれに続いた。神成が、その衰退していく様を10年間放置してきた山崎に激怒しているのか、再び挑戦を始めた山崎を鼓舞しているのか、誰も知る由もなかった。

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