第12話 想定内と想定外
第一回報告会が終了した3週間後の10月15日(土)、富士開発の会議室に帝都大学西内名誉教授、”LPSI2016”メンバー15名、運営スタッフが参集した。数日前にメンバーの湯浅が「相談があります」と山崎に電話で切り出し、その内容を聞いた山崎が非公式会合の開催を急遽決定したのだ。
「皆様、本日はお忙しいところお集まりいただきありがとうございます。まだ運営スタッフが一部到着していませんが、西内先生とメンバー15名が揃っておりますので、早速ですが本題に移ります。では、湯浅くん」
「Cチームの湯浅です。先月24日のご指導、25日の第一回報告会では多大なるご支援をいただきありがとうございました。その結果を持ち帰り、メンバーと協議していたのですが、議論がチームの枠を超えて広がりメンバー15名全員で議論を尽くした次第です。その結果、私達からの提案ということでこちらをご覧ください」
植草が皆に1枚の資料を配布して回った。
「その資料に書いておりますとおり、A,B,Cチームともに根本的な課題認識は同じです。『神成市のかつての都市開発失敗を認め、それを踏まえた神成市の再建を目指す』という認識です。その上で、Aチームは観光・食農・レジャーの拠点化、BチームはICT地場産業の育成、Cチームは医療環境の整備という頭出しをさせていただきました。これをバラバラに進めるのではなく、一つの軸で括ったほうが効果的ではないか、というのが今現在の私達の共通認識になっています。ずばり『ICT導入による課題解決』です。10年前の都市開発における最大の失敗要因は、他都市の人材を呼び込む手段であったはずの鉄道整備が逆に人口流出の引き金になってしまったことです。そこで、当時の計画をつぶさに調べたところ、ヒトの移動、モノの移動がメインで語られており、『情報の移動』の視点が欠落していたと思われます。無論、当時とはICTの進歩が段違いであるからこそ、今は情報を基軸に街づくりを語れるのですが。要は何を言いたいのかと申しますと、『ICTによる観光・レジャー』、『ICTを軸とした地場産業育成』、『ICTによる医療・福祉・介護』という3つの視点で検討を進めたいと考えているのです」
西内は表情ひとつ変えず湯浅の説明を聞いていた。湯浅の額に汗が滲むのがわかる。
「ほう、要はICTを起点として『地域の魅力』、『地域の産業力』、『地域の暮らし』の切り口から都市再生に賭けてみたいと、そう言う訳ですな」
「はい、『ICTを活用した遊・職・住』の視点です。私達もあの報告会以降、様々なまちづくりの事例を研究してきました。行き着くところ、目新しいものではないかもしれませんが、今の神成市に決定的に欠けているのはICTの視点だと思います。従来のハコモノ主導の都市開発を捨てきれないまま脆弱化していくのを、指をくわえて眺めている訳には参りません。このままでは蛇口を開けっ放しにした水道同然、残る末路は『郊外ゴーストタウン』です。現段階では生産年齢人口の減少傾向・高齢化傾向が認められますが、東京都心部への程よい交通アクセスが幸いし、住民人口は何とか10年前比80%を保っています。この辺りで歯止めをかけるための方策を何としても考えたいのです」
ICT事情に精通しているCMO社の佐藤が湯浅に続いた。
「皆さんの考えを留めたり、否定したりするつもりはありませんよ」
西内が口を開いた。皆、緊張の面持ちで続く言葉を待っている。
「ようやく皆さんも神成市の課題を一人称、すなわち自分達自身の課題として認識し始めたようですね。皆さんがその段階に至るのを心待ちにしていました。ただし、いつか山崎さんが言ったように、このプロジェクトはスクラップアンドビルド方式でタマを磨いて行きます。皆さんの発想は積み上げ型思考ですね。またわずか3箇月の検討で一方向に収斂しすぎのようにも感じます。ICT一本槍でどこまでの改革が可能なのか、その検証をすぐに着手してください。ダメなら私の権限でいつでも白紙に戻します。皆さんはこの検討方向で間違いないという前提で、ぶれずにとにかく前進してください。ブレーキは私が踏みます。それでよろしいですか?」
「ありがとうございます!」
メンバー全員が一斉に西内に頭を下げた。
「ついては体制なのですが、従来の3チーム制は維持しつつも、全体統括ということで私湯浅、ICT担当ということで佐藤、林がチーム横断的に見守る形を取りたいと思います。これについてはいかがでしょうか?」
「皆さんが進めやすいと判断したのであれば、その形で進めてください。できれば他のメンバーの役割もはっきりさせたほうがよいですね。その点もお願いしますよ」
「西内先生、私からもお願いが」
山崎が横から割って入った。
「このタイミングで市の職員もメンバーに引き入れたいのです。総務企画部、観光振興課、産業振興課、健康福祉課からそれぞれ1,2名ずつの加入を市に打診したいと思います」
「市側への根回しは?」
「総務企画部長までは握っています」
「いいでしょう、では明日にでも私から増田市長に依頼しておきます」
「皆さん、西内先生のご了解をいただいた。明日からは内部ブレストではなく、メンバー内にクライアントを抱えてプロジェクトを進めることになる。気を引き締めて引き続き作業を進めましょう。第二回報告会まであと2箇月余り。皆さんが思っているよりも残された時間は短いですよ」
この会合は当プロジェクトにおいて重要な意義を持つことになった。まず何より、メンバーが神成市の課題を一人称で捉えることができるようになったこと、そしてメンバーの自主性でチームを再編したこと、更には顧客たる神成市を本当の意味でプロジェクトに巻き込んだこと。これらの事実は伝聞で広まり、あっという間にメディアにも露出することとなった。
数日後、山崎は稲垣社長から社長室に呼び出された。
「山崎くん、『神成市再開発プロジェクト』の件、ご苦労様」
「いえ、お陰様で社長のご支援もあり、プロジェクトは飛躍的に加速しています。検討状況は昨日の経営会議でご報告した通り、チームの再編成、神成市からのメンバー参画と……」
「そんなことは今はどうでもいい!」
稲垣社長が山崎の発言を遮って声を荒げた。山崎は社長への根回しを事前にしておいたことや、先日の経営会議報告で何も異論が出なかったことから、今回の決定には何も問題がないものと確信していた。
「今回のプロジェクトの件が総務省に伝わった」
「それは一体……」
「日本経済新報にも小さい記事だったが載ったからな。総務省は『ICT街づくり』を推進している。おそらく総務省の情報通信政策課あたりで目に留まったんだろう。神成市から地域再生計画の策定を受託している大日本コンサルタンツ辺りが横槍を入れてくるのは想定内だったが、総務省は完全にノーマークだった」
「当社の管轄といえば国交省、産業振興で経産省、環境アセスメント絡みで環境省あたりが中心ですもんね。で、総務省は何と?」
「わからん、一度話を聞きたいと言われたまでだ」
「とすると、増田市長と西内先生にも既に話が行ってそうですね。直ちに確認します」
「こちらは悪いことは一切していないんだ。正々堂々と要請に応じようじゃないか」
「かしこまりました!」
社長室を後にした山崎は、携帯を急いで取り出すと、まず増田市長に連絡を入れた。
「そうなんですよ、総務企画課に総務省の情報通信政策課の方から昨夜電話があったそうです」
「先方は何と?」
「詳しいことは一度お会いしてから、という話になっているようです」
「市長自ら出向かれるのですか」
「先方は、『総務企画課の職員が事情を知っているのなら誰でもよい』と言っておられるようですが、そういう訳にも参りませんよね」
「こちらも情報を掴みかねているんです。社長の出る幕か、私レベルでよいのか判断が付きません。また新しいことが分かり次第ご連絡します」
やはり神成市と当社には総務省の同じラインから本プロジェクトに係る説明の打診があったようだ。続いて、山崎は西内に電話を入れた。
「山崎さん、こんな時間に珍しいじゃないですか。何かありましたか?」
「西内先生、良い情報か悪い情報か分からないのですが、今回のプロジェクトが総務省の耳に入りました。もしかしたら先生のところにも何かお話があったかと思い……」
そう言うや否や、西内は電話口で笑い飛ばした。
「山崎さん、申し訳ない。私の連絡が遅かったですね。いや、メンバーの彼らが『ICT街づくり』の話を持ち込んだものだから、総務省の大臣官房にいる知己に相談してみたんですよ。彼とは政府の懇談会で何度も会っている仲でしてね。そうしたら意外と興味を持ってくれて、総務省としても動きを確認しておきたいという話になった訳です。情報通信政策課から照会があったということは原課まで話が通っているんですね。役所も縦割りとは言いますが、縦方向には情報のスピードが速いですなぁ。さすがは情報通信行政を司る総務省」
「先生、先ほどから笑ってばかりいらっしゃいますが、大丈夫なんですか、こんな段階で総務省にまで相談を持ちかけて」
山崎が不安を隠せないままそう言うと、西内の穏やかな声色が突如厳しい語調に転じた。
「山崎さん、貴方がそんな弱腰でどうするんですか。私をこのプロジェクトのスーパーバイザーとして口説いたとき、『”LPSI2016”は必ず成功させる』という意気込みでしたよね、確か。ディレクターとして自信を持ちなさい、そして信じてあげなさい、彼らを。外堀を埋めて追い込んだ方が人間というのは力が出るものなんです。信じましょう、彼らの力を」
西内が電話を切った後も山崎は手に滲む汗がしばらく止まらなかった。このプレッシャーにメンバー達が耐えられるだろうか。総務省対応はひとまずプロジェクト運営側のほうで引き取り、メンバーがプロジェクトに専念できる環境を整備してやらねば。まだ形にならないうちからメディアにも取り上げられ、彼らも困惑していることだろう。総務省の件が落ち着いたら、植草にメンバーの様子をそれとなく聞いてみよう、そう思いながら山崎は社長に事の顛末を報告しに向かった。
秋風吹く社外の並木通りには銀杏が鮮やかな黄に色付いていたが、今の山崎には外の景色を心に残す余裕などまるでなかった。山崎の心の中では自分を嘲笑うような、威嚇するような雷鳴が耐えず響き渡っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます