第13話 いざ霞が関へ!
「市長、こちらです。もうすぐ面会時間です。急ぎましょう」
東京メトロ日比谷線霞ヶ関駅を出ると、総務省が入っている合同庁舎第2号館は目と鼻の先だ。山崎は東京の都心部に不慣れな神成市長の増田を先導して総務省に急いだ。山崎は霞が関に足を運ぶこともしばしばだが、増田市長にとっては数少ない経験だった。
「市長、別に今回のプロジェクトに『待った』をかけられる訳でもなさそうですし、リラックスしていきましょう」
山崎は入省手続きを済ませると、受け取ったICカードを慣れた手付きでかざしゲートを抜けた。かく言う山崎とて総務省に入るのは初体験であるし、今回は事前に説明内容を十分に練れているとは言えない、まだ生煮えの企画段階だ。緊張していない訳がない。増田市長が山崎の後を恐る恐る着いてくる。西内は「私は必要ありません。大丈夫ですから」の一点張りで連れてくることができなかった。15年前はこういうときに必ず後ろ盾になってくれたんだけどなぁ……、と歯痒く思っているうちにエレベーターの中の限られた時間を無駄にしてしまった。
総務省情報通信政策課の職員に通された会議室は20名程度収容で、もしかすると10人くらいの課員に取り囲まれるのではと山崎は冷や汗をかいた。会議室の入口に程近い場所で山崎と増田市長が立って待つこと数分、入室してきたのは予想に反して山崎と同程度の年齢の男性わずか一名だった。
「すみません、こんな部屋しか取れませんで。今日はようこそお越しくださいました」
緊張の面持ちで名刺交換すると、相手は総務省の情報通信政策課長だった。神成市長の来省とはいえ、現時点の企画段階で課長クラスが対応するというのはあまりに不釣り合いだ。「西内先生、よっぽどカマかけたな……」と恨めしく思いながら、隣で恐縮しきっている増田市長を横目に山崎は話を切り出した。
「今回は私どもが神成市で検討を進めている都市再生プロジェクトにご関心を持っていただいたと伺っております。こちらが神成市の増田市長、そして私がプロジェクトの運営責任者である富士開発株式会社の山崎と申します」
「いや、あのそんなに畏まられなくても。わざわざお呼び立てして申し訳ありません。帝都大学の西内先生が手前どもの総括審議官と旧知の間柄でいらっしゃるそうで。その御縁で私どもに繋いでいただき、西内先生から詳細を伺っております」
「西内先生とはもうお話になっておられるのですか!?」
「一昨日でしたかね、ご連絡をいただきお越しになりました。私は初対面だったのですが、さすがに帝都大学の総長を務められた方だけあって切れ味抜群でしたね。いやはや参りました」
ーー西内先生、全然話聞いてないぞ。一体何を喋ったんだ!?
山崎は困惑しつつも荒木課長の話を聞き続けた。
「神成市で『ICT街づくり』を検討しておられるようですね」
「はい、まだ検討の端緒についたばかりですが、可能性は秘めていると思います」
「ご存知かと思いますが、総務省では『ICT街づくり』を推進しています。今お渡ししたのはその関連資料です。今回の検討でおそらく参考になると思われるものを部下に見繕わせました。それを是非メンバーの皆様にご提供いただきたく思いまして」
山崎と増田市長は封筒の中の書類を抜き出し、おそらく数100枚にわたる資料をパラパラとめくった。中にはICT導入の経済性試算、産業構造の変化予測など興味深い内容が含まれていることが分かった。
「何故これを私達に? 西内先生からの依頼ですか?」
「それもありますが、我々として『ICT街づくり』の成功事例を増やしていくことには大きなメリットがあります。省の一大施策ですから。一方で、コスト的な問題や実態的な効果が不透明などの理由でICT導入が見送られるケースもあります。我々としても不毛なICT投資はしていただきたくない。その見極めをそのプロジェクトの中で是非しっかりやっていただきたい。何せ、日本経済新報にも記事が出たほどの企画ですから、当省としてもその行く末を見届ける責務があります。決して安易に肩入れするとかそういうことではありません。プロジェクトの方向性に賛同するという趣旨です」
「ただ、私達の企画は『ICT街づくり』に決定したという訳ではないのです。スクラップアンドビルド的に磨いて行くのがこのプロジェクトの売りでして、今はまだその途中段階にあります。現時点ではICTから別方向に転換する可能性も大いにございます」
「もちろん、それは承知の上です。ある種、ICTの力がこのプロジェクトで試されていると見ることもできます。であるならば正当な判断と論拠を持って、採用、不採用を決定していただきたい。先ほどお渡しした資料は、そのためのささやかな助力とお考えいただければと思います。もし今後の検討にあたり、ICT的側面で分からないことや、例えば政府の支援措置等の情報が必要であれば、いつでも当課に可能な範囲で対応させていただきます」
「ありがとうございます。ただ、そこまでご配慮いただくと、神成市にICT施策は不適でした、という結論は出しづらいですね」
増田市長がようやく口を開いた。荒木課長の異例の対応に驚きを隠せない様子だ。
「いえ、それは神成市のご判断とメンバーの皆様の分析結果にかかっている訳ですから、我々外野がどうこう言う話ではありません。ただ検討過程においては我々も可能な限り支援させていただきます、ということであって、あまり重く考えないでいただきたい。一方でこれは富士開発さんとの話になりますが、神成市でのICT施策導入検討の結果次第では他都市への同種施策展開も是非検討していただきたいと思いまして。今のところ『ICT街づくり』はIT企業や大学等の独壇場になっており、大手デベロッパーによるICTを前面に打ち出したまちづくりはまだまだ進んでいないのが現状です。ICTが都市開発に不可欠な時代が必ず近いうちに到来します。富士開発さんには是非その道の先駆者になっていただきたいのです。これを契機に商機を拡大するという意味でも今回の検討は御社にとって有意義かと思います」
ーー西内先生の狙いはそこにあったのか。要は俺に対する指導、そして労いの気持ちだ。確かに今の活動は理念としては崇高だが、神成市に対するCSR的な活動に留まってしまう危険性がある。また下手をすると15年前の二の舞でアイデアをただ売りしてしまう危険性もある。そこで、早い段階で総務省まで巻き込み、神成市での成果に他地域への波及効果を持たせるという目論見なのだろう。これにより、本プロジェクトの価値は何倍にもなり、と同時に富士開発における俺の立場は格段に有利になる。また、俺達が15年前に果たせなかった「価値提供」を超える「価値交換」の実現も現実味を帯びてくる。本来これはプログラムディレクターとしての俺の役割だが、西内先生からの教育的指導と受け止めよう。そして、もうひとつ。西内先生がこのカードを切ったということは、今回のプロジェクト提案は「ICT」でほぼ本決まりにするという西内先生自身の覚悟と自信の証なのだろう。でなければ、さすがの西内先生もここまで思い切った行動には出ないはずだ。
「荒木課長、今いただいたお話ありがたく頂戴いたします。まずは神成市のプロジェクトへのご支援、ゆくゆくは当社の事業機会拡大も見据えて末永きご支援をいただければと存じます。本件、早速社に持ち帰らせていただきます」
山崎は心の中でガッツポーズを決めながら、隣でまだ緊張の色を隠せない増田市長とともに深くお辞儀をした。山崎にとって、このお辞儀は荒木課長に対してというよりも、西内に対してのものであった。山崎の心の中では雷鳴が今までにないほど激しく響いていた。この雷は神成からの激励に違いないと山崎は確信した。
そして、山崎が総務省対応等に追われている頃、”LPSI2016”メンバーの検討は新体制で軌道に乗り、加速度を上げていた。メンバーは日夜連絡を取り合い、週に1,2回程度のグループワーク、ディスカッションで内容の詰めの段階に漕ぎ着けつつあった。
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