第14話 グループワーク

 CMO社のチーフプロデューサー佐藤は「神成旅ナビ」のポータル画面を作成しながらAチームの陣頭指揮を執っていた。狙いはDMリサーチ社が展開するエリア・マーケティングの手法を神成市の観光等事業に活用することだ。

 DMリサーチ社は携帯電話の運用データを基にした独自の人口統計データベースを保有しており、それを利用して神成市における1時間ごとの人口分布を、24時間365日、性別・年齢層別・居住地域別に把握することができる。要はDMリサーチ社が保有するデータベースを活用することで、神成市の中心地にある神成駅を降車した客がどういう経路をたどり、どの程度の日数、時間、神成市のどこに滞在し、どこへ帰っていくのかという人の流れを属性別に把握する。それにより、今までにない観光マーケティング戦略を練るというのが佐藤の目論見だ。

 DMリサーチ社との協業に漕ぎ着けるにはそれなりの企画提案内容が必要となる。佐藤は「神成旅ナビ」のポータル画面の作成を進めつつ、企画提案のコアとなるコンテンツの検討を同時並行で進めていた。

「何か違う気がするんだよなぁ……」

 DMリサーチ社向けの企画書を作成していた松山が覇気のない声で呟いた。

「松山さん、ここまで来て何なんですか? 議論は散々尽くして、いよいよ追い込み段階じゃないですか。何かあるのなら今のうちにハッキリ言ってください!」

 佐藤が青筋を立てんばかりに眉間に皺を寄せて松山に詰め寄った。

「いや、あのそんなに怒んないでよ。ただね、俺は今動いている人の動線を把握したところで、新たな客は呼び込めないと直感的に思う訳。前もそう言わなかったっけ?」

「確かにそういう類の発言は記憶にあります。でも新たな顧客の掘り起こしのためにも、今神成市を訪れている人々が神成市の何に魅力を感じているかを把握することが必要、ということでメンバーみんな合意し合ったじゃないですか!」

「今更で申し訳ないんですけど、実は私も松山さんと同意見です」

 神成市観光振興課から”LPSI2016”に派遣された畠山課長補佐が珍しく発言した。

「『ICTを通じた観光』というのは分かるんですけど、DMリサーチとの協業、マーケティングリサーチの類は事業着手前から始めておくべき話で、それと並行して新規顧客を誘導する施策を打たないと不発に終わるような気がするんです」

「ほら見ろ、神成市の方だって同意見だ」

「じゃあ、どうしろと言うんですか。今までの作業はどうしますか。来週にはDMリサーチにアポを入れちゃってるんですよ!」

「それはそれで進めるべきだと思うんです。何か本来的、直接的な観光施策も必要かと……」

「あ、思い付いた。『都心から1時間半。アナタもワタシも週末農家』。こんなキャッチコピーでどう?」

広告代理店電報堂の宮田が鼻歌を歌うように会話に加わってきた。

「宮田さんまで。皆で私をからかってるんですか!」

「待てよ、宮田くん、今のどういう意味?」

傍で見ていた湯浅が議論に加わってきた。

「今神成市の人達は1時間半かけて東京の都心部に働きに来てるんですよね。じゃあ、逆に週末くらい東京近郊から1時間半かけて農業しに来たっていいじゃないですか」

「鉄道会社にプロモートしてもらうと言うの?」

「旅行代理店で十分。ウチの会社の関連会社にも旅行代理店があるし、すぐ話は通せるよ」

「それは面白いですね。観光振興課の内部でも検討させてください。農政課とも連携を図ります」

 畠山課長補佐が珍しく食い付いてきた。

「当市には営農指導員が多数おりますし、10年前の負の遺産と揶揄されている『みんなの農園』も交通アクセスの良い場所にあります。人と場所、モノは揃っているので、プログラムさえセットできれば一つの呼び込み材料になりますね。そこにDMリサーチのマーケティング手法が揃えば、土日に体験農業に訪れた人達が他に市内のどんな所を訪れているか一目瞭然になります。そうすれば市としてどういう観光施策を打てばよいか、次なる一手が浮かんできそうな気がします」

「よし、じゃあ佐藤さんと松山くんはとにかく来週のDMリサーチとの打ち合わせに向けた準備に専念して。宮田くんと畠山課長補佐は神成市での体験農業のプロモーションについて早急に企画に仕立ててください。作業は大詰めですが、出口がようやくほんの少し見えてきたように思います。さあ、頑張りましょう!」

 湯浅はAチームの結束に安堵しながらも、今度はB,Cチームの検討の進み具合が気になっていた。稲垣社長の許可が下り、平日はもちろん土日を含め、富士開発社内の会議室を本プロジェクトに利用できるようになっていた。プロジェクト開始当初、メンバーが喫茶店やファミレスで細々とミーティングをしていた頃が嘘のようだが、これもその分、社会や会社からの注目度が上がっている証拠だと思うと襟を正す必要がある。

 湯浅はAチームの皆がそれぞれの作業に着くのを見届け、隣の会議室に足を運んだ。


「結局、鶏が先か、卵が先かってところなんだよなぁ……」

 企画書案を机に放り投げ、NEG社商品企画部課長の山根が溜息をついた。

「私達の仮説では都市域に住む労働力人口が神成市に移ることはないという想定ですから、神成市の労働力人口を流出させない手立てをICTで、といっても限界がありそうですね」

 考えを尽くしたのか、普段とは異なり植草もお手上げ状態だ。

「コールセンターやデータセンターを誘致するなんていうのもありきたりな話だし、植ちゃんが報告会で言ってた徳島かどこかのITベンチャーってどの程度の規模なの?」

「確か従業員数100名もなかったはずです。話題性はありますけど、地域経済に与えるインパクトという点では影響力に欠けますね……」

「やっぱり神成市の労働世帯に片っ端から『テレワーク』のチラシでも配布するとか、そんなことしかないのかねえ……」

 そこへ会議室の脇で沈黙を貫いていた湯浅が割って入った。

「山根さん、さっすが今日もキレキレですね~」

「おー、なんすかゴキゲンの湯浅隊長。見てたんすか、『呆れてモノも言えない』ってそんな感じっすか」

「違いますよ。冷やかしじゃありません。山根さんの今の一言でピーンと来ました、ピーンと!」

「なんのこっちゃ」

 首を傾げる山根をよそに湯浅は産業振興課の高山課長補佐に質問した。

「今、神成市の人口は約15万人。10年前の都市開発の頃は約18万人でしたね」

「はい、3万人の人口がおそらく東京都心近郊へ流出してしまっています。ただ、統計上は下降線もピークに差し掛かってこの辺りで留まるかと。問題は働き盛りの世代を中心に約3万人が抜けたという状況なので、労働力の減退、高齢化が産業振興のネックになっています」

「今、高山補佐からご説明いただきましたが、神成市の生産年齢人口はこの10年間で13万人から10.5万人に減少しています。なので、内的ストックを活用して市を盛り上げるとしたら、約10万人の労働力を如何にフル活用するかが鍵なんです」

「マクロデータの話はいいよ、だいたい想定内の数字だから。それでどういう打ち手があると言うんだい?」

「まあ、そう先を焦らないで。電報堂の宮田くんに依頼してWebアンケートをした結果がこれ。約2週間の調査期間で今日上がってきたところ。対象者は神成市のモニター登録者約4万人」

 湯浅は調査レポートを高山補佐と山根らにそれぞれ渡し、説明を続けた。

「そこにあるように回答率は70%。設問は至ってシンプルな三題」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

設問①:世帯主の勤務地が神成市内にあるか否か

設問②:①で《ない》と回答した場合に神成市内での就業を希望するか否か

設問③:②で《希望する》と回答した場合に現在神成市内で就業していない理由は何か

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「湯浅、おい、これすげーじゃねーか。いつの間にこんなことしてたんだよ」

「実は宮田くんのほうから、いずれ必要になると思うから手回ししておくと言われててね。急ぎだったんで設問は俺と宮田くんで考えさせてもらったよ」

「湯浅さん、これは大変貴重な調査結果です。市としても今まで問題視しながらも、恥ずかしながら、ちゃんとした形で調査したことがなかったもので」

高山補佐も意表を付かれたのか驚きの表情を隠せない。

「ありがとうございます。で、この結果を見るに、世帯主の勤務地が神成市内にあるのは実に半数。実際の人口に当てはめると5万人の生産年齢人口を活用しきれていないという計算になります。そして更に注目すべきは②の結果です。神成市内での就業を希望する方が②の設問回答者の実に7割に上ります。単純計算で3.5万人は、受け皿さえあれば神成市内での就業に切り替えてくれることになります。そして、③の設問に対しては『神成市に働き口がない』(70%)、『勤務先が在宅勤務を認めていない』(50%)の二つの回答が突出して多い割合を占めています。ここで山根さんが先ほど口にした『テレワーク』がビビッと来た訳です、ビビッと!」

「なるほど……」

「『テレワーク』には我々も注目していました。市内の産業を活性化するにも東京一極集中が解消されない昨今、よほどニッチな部分を狙わなければ当市では生き残っていけません。そんな中、内閣府、総務省や厚生労働省などの関係府省も推進しているテレワークは、当市のような地方都市にとって生き残り方策の切り札となるように思います」

 高山補佐がアンケート結果を興味深げに眺めながら湯浅の発言に同調する。

「高山補佐にご質問なのですが、湯浅さんが弾いた3.5万人は理論値として、例えばまずは1割くらいを受け入れることができる施設が神成市にはございませんか?」

 植草が丁重に質問した。高山補佐はしばらく考え込んだ末に、「『廃校』はどうでしょうか?」と答えた。

「人口の市外流出が相次いだここ10年近くで市内にいくつかの廃校が生まれ、その跡地利用が検討途上のものがあります。それをリノベーションしてオフィスに仕立てることが可能かもしれません。産業振興課とは管轄が異なるので持ち帰っての検討になりますが、かなり有望と思われます」

「ありがとうございます。これで概ね道筋は見えてきたでしょうか。神成市の地場産業育成という点では至らぬ提案ですが、廃校オフィスでの異業種交流の中で生まれる新産業もあるでしょうし、ゆくゆくは地元で起業する方々も出てくるでしょう。山根さん、植草くん、高山補佐とともにこの詰めをよろしくお願いします」


 Bチームのメンバーも息を吹き返したようだ。細部は甘いが、かなりいいトスを送ったつもりだ。最後Cチームは医療・福祉・介護か。会議室に入る手前の廊下で湯浅が耳を澄ませると、その中からは活気ある会話が聞こえてくる。

「遠隔医療について調べていたところ、2015年8月に厚労省が遠隔診療の解釈を明確化し、その活用を広く認める旨の通達を出したというタイムリーな情報を見付けました。私達が注目した『ICTを活用した遠隔医療体制の充実』は今まさに時流に乗っていると思います。実際のビジネスも既に始まっており、例えばウェアラブル端末やスマートフォンを活用した手近なサービスが黎明期にあります。当初は、遠隔医療と出前医療の二本立てで提案してきましたが、いわば『ソーシャルホスピタル』とも言えるこの医療体制の流れに乗れば無理に二本立ての提案にせずともここに一点集中すればいいはずです」

 タキロン社でセンサー開発のリーダーを担う村下が力説する。

「村下さんの主張は確かにその通りだと思います。ただ、健康福祉課の立場としては、IT機器の活用を高齢化率の高い当市の市民全体に促すのは難しいのが実情です。また、医療サイドにおいても遠隔医療に対する診療報酬制度など未整備な部分も多いと聞いています」

「制度の部分は厚労省や諸関係団体の動きを待つ、もしくは促すほかないでしょう。一方でウェアラブルセンサー等の機器についてはレンタルという手段もあります。私はリース会社に勤務していますので、当社の然るべきセクションと調整可能です。遠隔医療関連の各種サービスが今世の中に続々と出始めていますが、それらの会社を呼んで話を聞いてみませんか。貴市の患者が置かれている状況とマッチするかどうかを確認するとともに、市立病院と連携できる業者も是非探してみましょう。ニーズがあるところに答えありです。このテーマは私達が動くか、相手が近付くかのいずれかしかないと私は見ています」

 三友ダイヤモンドリースでリース主任を務める福浦が村下の提案を後押しする。

「分かりました。健康福祉課に今仰ったような業者が売り込みに来ているという情報は得ています。その辺りの情報を整理して皆さんにフィードバックします」


 湯浅はそこまでのやり取りを聞いて議論の場を離れ、喫茶コーナーで一人缶コーヒーを啜った。


 ーーようやくここまで来たかぁ。正直疲れた……。

 

 第二回報告会まであと2週間。AチームのDMリサーチ社との交渉はうまく行くのか、週末農家の希望者はいるのだろうか、Bチームの廃校テレワークは確かなニーズがあるのか、Cチームの遠隔医療一本槍は果たしてうまく行くのか、心配すればキリがないほど懸念材料はあるが、この段階まで何とかよく持ってこれたものだ。


 会議室からはまだ熱い議論が繰り広げられている。今戻るとまた別の提案に変化しているかもしれないな、などと思いながら湯浅は一人先に富士開発を後にした。その後ろ姿が視界から完全に消えるまで見届けると、山崎は缶ビールとつまみの入ったコンビニ袋を両手いっぱいに担いで会議室に向かった。


 ーーなかなかいいチームワークじゃないか。全体を統括する湯浅くんもいつか別途労ってやらないとな。恐らく会社に戻って、今からまた本来業務に就くのだろう。当初の彼自身の課題「働き方改革」は次なる課題だな。今はとにかく「神成再生」を頑張ってもらわなければ。さて、あの熱気の中に俺も飛び込むか!


「みんなご苦労さん。頑張ってるな!」

「あ、山崎さん、差し入れですか。ありがとうございます!」

「ちょっとはアルコールでも入れた方が尖ったアイデアが出てくるもんだ。遠慮せずに飲みなさい。と言っても、当社内で乱痴気騒ぎはNGだぞ」

 真剣に議論を尽くしていたメンバーの顔が思わずほころぶ。山崎は3つの会議室に差し入れをして、ビールを片手に彼らの議論に加わった。15年前の自分達の姿を思い起こしながら。

 先ほど買い出しのために社外に出た際の空模様はいつになく穏やかで、山崎の心の中の雷鳴も徐々に変わりつつあるような気がする。まるでメンバーに喝采を送るような心地よく優しい響きにいつしか感じられるようになりつつあった。

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