第15話 陣中見舞い

 各チームの検討が続くある日の夜、山崎は久々に城南街区再開発プロジェクトの現場事務所を訪れた。

「これは、これは山崎さん。神成のプロジェクトではウチの植草がお世話になっております」

 現場責任者の青木課長と植草を推薦した中村主任が早速山崎を出迎えてくれた。

「いやいや、彼には本当に頑張ってもらっているよ。これも中村くんの大抜擢のおかげだよ。ありがとう」

 いつの間にかその中に植草も混じって、一緒に頭を下げている。

「で、城南街区再開発プロジェクトのほうは順調かね」

「はい、このまま順調に行けば来年9月のフルオープンには十分間に合うかと。おかげさまで大きな問題なく進んでいます」

「そうかそれはよかった。じゃ、あんまり皆さんのお邪魔になっても何だから、約束どおり彼を借りていって大丈夫かな」

「もちろんです。神成市再開発プロジェクトの件ですよね」

「あぁ、まあそんなところだ」

 青木と中村が早く帰り支度するよう植草に命じると、植草は急いでデスクに戻った。慌ただしくPCをシャットダウンして、机上に散らかった書類を一箇所にまとめている。

「ここだけの話、どうですか植草?」

 小声で中村が山崎に尋ねた。

「彼、26,27歳だったよね。その年齢にしてはよく頑張っているよ。何せ、日本を代表する企業の幹部候補生と渡り歩かなきゃいけないんだから、彼も必死だよ、きっと」

 植草が「お待たせしました」と鞄を持って三人のもとに戻って来た。

「じゃ、今日は山崎さんにしっかり御馳走になりなさい。植草くんもたまには息抜きしなきゃあな」

「ありがとうございます。お先に失礼します」

 稲垣社長の大号令もあって、「神成市再開発プロジェクト」に対する風当たりも相当弱まっているようだ。青木、中村の話だと植草も休日返上で頑張っているようだが、この9箇月間は致し方あるまい。人の人生には頑張らなければならない時期が必ずある。彼の場合には今その時期が訪れたということだろう。

「今日は焼肉でいいかい。予約しておいたんだ」

「いやもう、何でも。毎晩コンビニ弁当ですんで。今日は天国です」

 山崎と植草は連れ立って、駅前にある焼肉屋に入った。


 4名席の個室に案内された二人は生ビールを注文して乾杯した。

「植草くん、連日ご苦労さん」

「山崎さんこそ、社業の他に『神成市再開発プロジェクト』のディレクターまで務められて本当に大変だと思います」

「まあ、私は社業と”LPSI”の棲み分けはあまりしていないけどな、実のところ。もはやどちらも仕事みたいなもんだ」

山崎はそう言って笑った。どちらも仕事だと思って取り組まなければやってられない、実際どちらもライフワークと言って過言ではないだろう。

「しかし、”LPSI2016”が始まって早半年弱。第二回報告会まであと10日に迫ってきたな。あと3箇月ちょっとで、このプロジェクトも終了、それまでに神成再生の道筋を描かなければならない。ちょっとしたプレッシャーだよ」

「私達メンバーもそうです。かなり焦って仕上げてます」

 植草は網の上の焼肉を裏返しながら言った。

「山崎さんが”LPSI”に参画されたのは何歳のときだったんですか」

「あぁ15年前の話か。35歳だよ。今の君よりは結構年輩だ。今のメンバーだと電報堂の宮田くんあたりが同年齢じゃなかったかい」

「そうですね、宮田さんは確かそのくらいですね」

 店員にビールのおかわりを注文すると、植草が神妙な面持ちで言葉を発した。

「山崎さんはやっぱり凄いですね。失礼な言い方ですが、さすがは我が国を代表するデベロッパー富士開発の執行役員を務めていらっしゃる訳です。このプロジェクトに参画していて、つくづく思い知りました」

「なんだよ、いきなり。急にゴマ摺っても何も出てこないぞ」

「だって、社内外の根回しとかネットワークとか、……。本当に何もなかったところから、今まさに様々な企画が生まれようとしているんですよ。私はこの流れに乗って踊っているだけというか、流れに飲み込まれないように食らい付くので精一杯というか。正直なところ、本当に私みたいな若造が安請け合いしちゃってよかったのか、時々不安になるんです。周囲の皆がとても才能溢れる方々ばかりで、その上すごく頑張っておられて。自分がチームの役に立っているのかなぁって……」

「何言ってるんだ、十分頑張っているじゃないか。第一回報告会でのプレゼンも見事だった」

「そんなことないです!」

 そこへ、”LPSI2016”メンバー全体統括の湯浅とBチームリーダーの山根が姿を現した。

「遅くなってすみません!」

「おぉ、待ってたよ。悪いね、皆忙しいのに、引っ張り出しちゃって」

「あ、それで4人席だったんですね。箸が用意してあるから『おかしいな?』とは思っていたんですよ」

「俺は知ってたよ、今日山崎さんが植ちゃんと飲んでること」

 山根がすっとぼけた表情で植草に告げた。

「じゃあ、僕らも生中で。あと肉の追加いいですか」

 コートをハンガーに掛け終わった湯浅が店員に話しかける。

「いやあ、もう腹減っちゃって。山崎さん、ゴチになります」

「少しは遠慮しろよ、山根……」

「いや、いいんだよ。好きなだけ食べなさい。今日は第二回報告会に向けた景気づけ。あと、湯浅くんのプチ慰労会だからな」

 山崎が少々顔を赤らめて3人に言う。

「湯浅くんの献身ぶりはよく見てるよ、本当に各チームをよく纏めてくれている」

「それは責任持ってやらないとダメだと思うんです。自分で言い出したことですから」

 湯浅らしい発言だ。三友商事でも周囲からきっと頼りにされていることだろう。

「植ちゃんだって随分頑張ってくれてますよ。ちゃらんぽらんなボクがリーダーのBチームを縁の下の力持ち的にしっかり支えてくれてます。そもそもA,B,Cの3チームが順調に走り始めたのは、彼が10年前の『神成市開発プロジェクト』の経緯について富士開発の社内を走り回って確認してくれたのが本当に大きかったんですから!」

 山根が焼き加減を見て、網の上のカルビやロースを箸でひっくり返しながら力説する。

「そう、あれは大きかった。鈴木総務企画課長の説明と植草くんの調査で、神成再生に向けた課題設定ができたといっても過言じゃないよね」

 湯浅が山根の発言にかぶせるように言う。

「ちょっと待ってくださいよ、そんなボクの貢献なんてほんの微々たるもんじゃないですか。それに最近はチームの議論についていくのがやっと、という状況で……」

 植草が山根や湯浅の持ち上げぶりに困惑したように発言する。そこへ山崎が割って入った。

「植草くん、全体統括の湯浅くんやチームリーダーの山根くんがここまで言ってくれているんだ。素直に受け止めておいていいんじゃないかい」

「そうですよ、植草くんは凄いですよ。何せ、私と一回り年齢が違うんですから。そこへ、自ら手を挙げて入ってきて私達と堂々と渡り合ってるんですもん。私が彼の年齢の頃は、会社の仕事がようやくそれなりに捌けるようになってきて、それで十分自己満足してました。社外活動なんて娯楽・レジャー以外はもっての他でしたよ」

 湯浅が笑いながら山崎の言葉に繋げた。

「実を言うとね、『植ちゃんパワーが最近低下気味だから、アルコール注入しましょう!』って、俺から山崎さんにお願いしたんだよ。今こそ植ちゃんの力が必要だからさ」

 山根が飲み干したビールジョッキを脇に置きながら植草に言った。

「え、そうなんですか……」

「今日のこの会食、山根くんから依頼があったことは事実だよ。それも君達のチームワークのなせる業だと思ってる。それに、私としても社内から送り込んだ人材が活躍しているかどうか当然気になるしね。もちろん社長もだよ」

「稲垣社長がですか!」

「あぁ、もちろん社長も気に掛けているさ。社長としては今や、プロジェクトの成功が最優先事項だけど、自社の人材育成だって最重要事項のひとつだからね。湯浅くんや山根くんだって社内ではそういう風に認識されているんだろう?」

「『三友商事の看板に泥を塗るなよ』とは言われてますね。社長から」

「ウチは割と鷹揚に構えてますけど、『お前はそれなりに戦力になってるのか?』とはよく周囲から聞かれます。みんなこのプロジェクトのこと知ってますからね、新聞や雑誌にちょいちょい出てますし」

 湯浅と山根が苦笑いを浮かべながらそれぞれ答えた。

「そういう訳で、誰一人としてこのプロジェクトに不要な人材はいないし、皆が皆それぞれの持ち場で頑張っているということだ。植草くんも自信を持って今まで通りやってくれればいい。皆頼むぞ!」

 山崎がそう言うと「第二回報告会成功の前祝いだ!」と山根が声を張り上げて、再び乾杯した。その後も談笑して4人は久々にくつろげる夜を過ごした。


 焼肉屋を出て、湯浅、山根と別れると、植草が「山崎さん、いろいろ気遣っていただいてありがとうございます」と山崎に頭を下げてきた。

「バカだな。俺に頭を下げるくらいなら、気配り上手の山根くんに感謝して、残り3箇月強しかない彼らとの日々を一生懸命過ごしたまえ」

「そうですね。わかりました、頑張ります!」

 植草の目に再びプロジェクト発足前のやる気が漲っていた。このタイミングで今宵の食事会を提案してくれた山根に感謝しつつ、併せて湯浅の慰労をすることもでき、山崎は充実した気持ちで足取り軽く家路へ着いた。この日も山崎の心の中で響く雷は鳴りを潜め、神成は山崎たちの頑張りを微笑ましく見守っているかに見えた。

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