第16話 スキャンダル!?
『ICT利権! 総務省、帝都大学・富士開発と癒着!!』
山崎は社長からの緊急電話で客先を退席し、富士開発本社ビルにタクシーで急いだ。会社の広報部宛に「明日発売の週刊民衆にこの記事を掲載します」と通告があったらしい。社に到着し、社長室に駆け付けると稲垣社長はその記事のゲラを机上に置いたまま、椅子に座って黙考していた。
「山崎くん、読んでみたまえ」
山崎は紙面の端から端まで目を通した。総務省とは荒木課長との面談以来接点を持っていない。むしろ来週に控えた第二回報告会の結果を以て報告に上がり、来年3月の最終報告会にご出席いただくという皮算用でいた。
「ひどい記事ですね。確かに我々が入省していく姿はそれぞれに写真で撮られていますが、我々が一堂に会している姿は押さえていないようですし、論調も憶測ばかりで名誉棄損以外の何物でもないですね」
「ただ山崎くん、君はこのプロジェクトの目的を当初どう説明したかな? 私の物覚えがいいことは君もよく知っているだろう。確か君はこう説明した。『社会的価値の提供、それに付随して受けるレピュテーション向上、次世代人材育成が当社へのリターンだ』と。どうだ、覚えているか?」
「はい、覚えております」
山崎の背中に冷や汗が何筋も伝った。
「社会的価値の提供は大いに結構、しかしレピュテーションリスクについては十分な説明を受けなかったな。総務省との話し合いも当社の取組をバックアップするというものだったとしか報告を受けていない」
「その通りです」
「じゃあ、君はどうするのかな?」
稲垣社長は椅子に座ったまま、下方から山崎の顔を覗き込んだ。
「君が私の立場だったらどうするかと聞いているんだ!」
社長の強い語調にさしもの山崎も動揺を隠せなかった。
「こんな紙切れで君の一大プロジェクトは揺らぐのかね」
稲垣社長は椅子から立ち上がり、室内を周回した後に窓から太平洋を見渡しながら言った。
「私が言いたかったのは自らに疾しいことがないのであればぶれるな、ということだけだ」
山崎は稲垣社長の言葉に脳天を射抜かれた。と同時にこんなゴシップ記事で一瞬でも狼狽えた自分自身を恥じた。
「はい、肝に銘じます」
「しかし、気を付けろ。第二回報告会が迫っているこの時期に敢えてこの記事だ。誰だか分からないがこのプロジェクトを面白く思っていない輩が君達のことを追っている。第二回報告会には信頼できるメディアを入れて、正しい報道がなされるよう手回しをしておくように。このリーク記事が先行する形になるが、敵からの宣戦布告ということで受け取っておくことにしよう」
「社長は誰の差し金だと思われますか?」
「分からん。考えられるのは同業もしくは今までICT利権をメシの種にしてきたIT企業といったところだろうか。いずれにせよ真っ当な商売をしていない輩に違いない。まあ、媒体が週刊民衆だからな。これが日本経済新報だったりしたら、私もこんなに冷静ではいられないがね」
山崎は社長室を後にすると広報部に対応を指示し、すぐさま西内に電話をかけた。
「西内先生、今週末の第二回報告会よろしくお願いします。ところで、明日発売の……」
「週刊誌のことですか。私にも連絡がありましたよ」
「そうですか、やはり。先生にまでご迷惑をかけてしまって……」
「いや、あれはですね、ガス抜きですよ。山崎さんのところには広報部が対応して耳に入っていないんでしょうかね。今回のプロジェクトが始まって以来、日に日に外部勢力の圧力が強まっています。相手は大小様々ですが、要は妬みということでしょう。ですから小さな捌け口をわざわざご用意してあげたという訳です」
「ではあの記事は!?」
「はい、私が取材対応しましたよ。相変わらずの狸でしょう。誰が読んでも害のない記事に仕上がっていますね。私も読んで思わず笑ってしまいました」
「しかし、第二回報告会の直前に発刊させなくても……」
「一旦落として評価を上げるのと、評価を上げてから落とされるのではどちらがいいですか。貴方のような賢明な方なら察しが付くでしょうに」
「なるほど、ごもっともです」
「しかし、気を付けましょう。思いの外、私達のアウトプットは社会的影響が大きいようです。もちろん富士開発さんはじめ国内の名だたる企業が参画しているのですから注目を浴びない訳がないのですが、仲間に入れなかった企業や大学が相当焦りを感じているようです」
「そういう意味では私達の時代の”LPSI”は平和でしたが、”LPSI2016”は波乱の連続ですね」
「成功への試練でしょう。これは気が抜けませんよ」
西内先生も稲垣社長も「外敵に対する警戒心を!」と忠告してくださった。”LPSI2016”をどうソフトランディングさせるのか、難しい調整が続いている。全体統括の湯浅からは「第二回報告会はある程度自信あり」と聞いている。むしろ運営側のほうがドタバタしている感じだ。「冷静たれ!」と自分自身に言い聞かせて、来週に迫った報告会のシミュレーションに勤しむ山崎だった。
社外打合せに出向く際にふと空を見上げると分厚い雲の隙間から冬の稲妻が鋭い閃光を発した。雷を伴う激しい雨が着衣を濡らし、山崎は慌てて車に乗り込んだ。雷鳴が車中にまで轟く中、山崎は神成から課された新たな試練に思いを馳せていた。
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