第4話 異能発掘
窓越しに見る六本木の夜景が目に染みる。人生のハードルを上げてしまった今の山崎にはこのくつろぎの時間と空間が何よりの癒しだ。しかし、山崎は別の目的で今日この場に訪れている。
電報堂で上田と再会した日の翌週、ゴールデンウィークに入る前日4月28日(木)の夜、山崎は六本木のバー”Rosa”に富士開発社員の中村を呼び出した。中村は富士開発が神成市の都市開発を手掛けた際のプロジェクトメンバーの一人だ。当時は入社数年目の若手社員であったが、感情では決して動かない、よく言えばロジカル、悪く言えば融通の利かない性格だ。彼の上司の青木が随分手を焼いていると当時愚痴っていたのを山崎はよく記憶している。
「中村くん、どうだ最近。仕事は充実しているか?」
「はい、おかげさまで城南街区再開発プロジェクトの事業主任に抜擢されまして。若い頃は随分皆様の手を煩わせましたが、そろそろ給料泥棒を返上できそうです。今回のプロジェクトは成功させる自信に満ち溢れています」
「そうか。それはよかった。君には皆期待をかけているんだ。何としても城南街区の件は成功させてもらわないとな」
山崎はブランデーのグラスを右手で転がしながら、本題を切り出すタイミングを窺っていた。そして、手洗いを済ませて席に戻って来た中村の不意を打った。
「ところでだ、その、今日君を誘ったのは神成市の都市開発の件。あの頃のことを覚えているか?」
「神成市? やめてくださいよ。青二才の頃の苦い経験です。当時は理想ばかりが先行して、当社が何をすべきかがまったく見えていませんでした。おかげで山崎さんや青木さんをはじめプロジェクトメンバーの皆さんに迷惑ばかりかけてしまって……」
「それなんだよ、それ!」
山崎は手に持っていたグラスを勢いよく飲み干して、荒々しくテーブルに置いた。
「君にその当時の理想を取り戻してほしいんだ。当社が何をすべきかなどはどうでもいい。君がかつて成し遂げたかった夢や理想をもう一度神成市にぶつけてほしいんだ!」
急に熱を帯びた山崎の言葉に中村は呆気にとられていたが、気を取り直して「神成市からの公示とか受注内示とか何も聞いてませんが、何かあったんですか?」と神妙な面持ちで山崎に尋ねた。山崎は企画会議での経緯、社長とのやり取りを中村に事細かに説明した。
「という訳で、新たな事業開発のプラットフォームをつくるために異業種連携プロジェクトに着手する。新たな試みであるし、成功の確率も定かではない。従来のような定型業務ではなく、またリソース的にも決して恵まれたプロジェクトではない。きっと想像し得ない困難も立ちはだかるだろう。そういう壁に進んで立ち向かえる人材がこれからの当社、いや、これからの社会には絶対に必要なんだ。神成をはじめ全国各地の疲弊した地域においても同じことが言える。どうだろう、何とか引き受けてもらえないだろうか」
中村は一瞬困惑した表情を見せ、山崎のほうに視線を向けると滔々と語り始めた。
「山崎さん、私ももう35歳です。神成市の都市開発プロジェクトから早10年。あの頃の理想というか青臭さというか、再現しようとしても難しいです。いい意味でも悪い意味でも富士開発の色に染まっちゃったんですよね。今の業務スタイルを確立すれば百戦百勝する自信があります。それなのに敢えて『次』というか『別』のステップに進むというのは正直ハードルが高いです。私自身、今の業務の範囲内で更にスキルアップする必要があると思っていますし……」
「そうか、実は青木くんにも事前に相談し、そういう話なら中村くんが適任だろうと彼も言ってくれているのだが……。でもまあ無理強いはできない。この件は他人に説得されてやる話ではない。自ら進んで取り組むべき性質のものだからな。すまなかった、今の件は忘れてくれ」
山崎はバーテンダーにブランデーをもう一杯頼むと、窓越しに見える六本木の交差点に視線を移した。中村はそんな山崎の姿を直視し、ハタと何か思い付いたように山崎に語り始めた。
「山崎さん、あくまで私の提案というか直感なのですが、今の城南街区再開発プロジェクトのメンバーの中に植草という新卒3年目の社員がいます。10年前の神成市のプロジェクトのことはもちろん知りませんが、当時の私の青臭さと同じ臭いがする青年です。今日も基本設計に合点がいかないというのでサシで1時間ほど話したところです。山崎さんが求める『気概のある奴』という点では彼が適任かと。何なら今、携帯で呼び出せます。まだ現場にいるはずです」
中村からの唐突な提案だった。このプロジェクトには30代半ばくらいの脂の乗ったメンバーを想定しているのだが、山崎が信頼を置く中村の直感であれば「当たり」の可能性はある。それに20代であるが故にこのプロジェクトに不適という理由は確かにない。
「そうか、提案ありがとう。ただ、その彼を仕事中に呼び出すのは申し訳ない。差し入れがてら現場にお邪魔してみたいのだが、いいかな?」
「もちろんです、ウチの現場連中にカンフル剤を入れていただくいい機会にもなるかと」
「いや、酔っ払いが2人訪れても何の説得力もないだろう。それよりも君が言う植草くんの『青臭さ』とやらを私の肌で感じてみたいんだ」
山崎は中村に連れられて城南街区再開発プロジェクトの現場事務所に出向いた。オフィスビルの2階を占有しており、城南街区から徒歩5分ほどの好立地だ。時刻は既に23時に迫っていたが、事務所には5名程度の社員が居残っていた。「みんな、お疲れ!」と言って回る中村の背後にいるのが執行役員の山崎だと気付くと、皆それぞれに恐縮していた。そんな中、黙々と図面に向き合っている青年を中村が指差した。
「アイツです、植草」
山崎や中村の存在に気付いているのかいないのか一心不乱に図面に向かっている。中村がすっと近付いて後ろから覗き込むと「また基本設計の練り直しかい?」と声をかけた。
「あ、中村主任。どうも。戻ってこられたんですか」
言葉遣いもきちんとしているようだ。山崎はそのやり取りを見守りながら少し安心した。見たところ仕事熱心だし、上司とのコミュニケーションにも問題はなさそうだ。
「何度考えてもこの基本設計、やっぱり当初のコンセプトと一致してないと思うんですよ。基本設計の段階なら、まだ立ち戻れますからね」
「なんだ、まだ納得していないのか。今日もあれだけ話し合ったじゃないか。まったくお前ってヤツは……」
「明日には修正案をお見せしますので、よろしくお願いします!」
植草から威勢のいい言葉を受けて、中村は山崎のほうに苦笑いしながら向き直ると、植草に挨拶するように促した。
「それはそうと、植草、今夜は山崎執行役員が陣中見舞だ」
「し、執行役員!?」
「まあ、そう肩肘張らないで。普段通り仕事してください。皆さんの働きぶりはよく分かりました。深夜までご苦労様。ところで、植草くんと言ったかな。取込み中に申し訳ないけれども、ちょっといいかい?」
山崎、中村、植草の三人は来客対応用スペースに場を移した。この数分間で、山崎も中村が抱いたのと同じような直感めいたものを感じた。「植草で行けるかもしれない」とそう感じたのだ。仕事に対する真摯な姿勢は非の打ちどころがないし、”LPSI”に必要なチームワークも彼程度のコミュニケーション能力があれば大丈夫だろう。むしろ上司に逆提案するくらいの心意気があるのが頼もしい。
応接テーブルに山崎と中村が並び植草に向き合うと、山崎は事の顛末を説明し、中村から植草に「神成市再開発プロジェクト」のメンバーとして白羽の矢が立ったことを告げた。
「中村さん、この話、俺即答で受けちゃっていいんですか?」
「いいも何も、執行役員からのたっての依頼だぞ」
「マジですか! めっちゃ面白そうじゃないですか!!」
「忙しくなるぞ、覚悟はできているか?」
「もちろんです。デベロッパーも業態変革の時期だと常々思っていたんです。日頃の鬱憤をこのプロジェクトにぶつけます」
「なんだか俺が君達に与えている仕事に刺激がないと言われているみたいだなあ」
中村がそう言うと、山崎は笑って中村の肩を叩き、植草は頭を掻いた。
「じゃあ、青木課長には俺が明日伝えておくから、詳細は山崎さんからの指示を仰ぐように。現業との調整については俺が極力配慮する」
「中村くん、よろしく頼む。植草くん、期待してるぞ。詳細はまた改めてじっくりと」
山崎は植草とがっちり握手した。こうして「神成市再開発プロジェクト」のメンバー第1号が事実上内定した。山崎の心の中で希望の光を灯すべく、雷の閃光が煌めいたような気がした。山崎の視線は既に社外へと向かっていた。
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