第19話 分裂から団結へ
新年気分も抜け、皆新たなスタートを切っていた。山崎は富士開発が再開発を手掛けた大阪・神戸ベイエリアでこの夏に開催する祭典フェスティバルの総責任者として、連日慌ただしい生活を送っていた。
そんな中、三友商事の湯浅が山崎のもとを訪ねてきた。
「年末は報告会ご苦労様。どうだい、その後順調かい?」
「それより、日本経済新報の新年特集凄かったですね。読んでて、こちらまで鳥肌立ってきましたよ!」
「何言ってるんだ、君だって名前入りで出ていたじゃないか。実際にプロジェクトを動かしているのは君達のほうだ。私はあくまで発起人であり、お飾りみたいなもの。君達が最後まで走り切るのを見守ることしかできないよ」
湯浅はその言葉で表情を少し曇らせた。何か逡巡しているようだったが、意を決したように口を開くと、「その件でご相談があります」と切り出した。
「あの第二回報告会が終わって、メンバーの気持ちがいい意味でも悪い意味でも変わってしまいました。前者は企画の実現性をより高めようとするもの、一方で後者はここまで来たのなら後は市が自主的に動くべきだというものです。私はあくまでこの企画は俺達が最後までやり切るんだ、と皆に主張しているのですが、例えば遠隔医療にしたって、廃校活用にしたって、私達が本当の意味での実施主体になる訳ではありません。それでメンバーのモチベーションの保ち方などがバラバラになってしまって、あの日から何も進まなくなっているんです」
「そうか……」
この懸念は山崎にもないではなかった。何故なら15年前に自分自身が同じことを経験していたからだ。山崎らが当時”LPSI”で考案した農産物の流通革命ビジネスプランもプロジェクトの成果がほぼ描けた部分でメンバーは空中分解した。山崎はメンバーに「アイデアの出しっぱなしで、社会を変革したなんてふざけるな!」とメンバーに叱咤し、事業化パートナー探しをしようと提案したが、じき山本に止められた。
「やる気を失った人間は放っておけばいい。後は俺達でやろう」
結果として、山崎と山本のコンビで駆け回った効果もあり、当時山崎らが導き出したプロジェクト成果は関西の地方都市から徐々に広まり始めた。喜び勇んでそれを西内に報告した山崎と山本に対して、西内から手厳しい指導が入った。
ーー何故私のところに先に相談にこなかった。それは『価値提供』ではあっても『価値交換』ではない!
今、湯浅達メンバーが割れようとしているが、それは得策ではない。今まで通り、メンバーと市、関係企業がこのプロジェクトの価値について共通の認識を持ち事業実施の形に漕ぎ着けない限り、皆を卒業させる訳には行かない。山崎のハートに熱い火が灯った。
「湯浅君、早めにこの件を知らせてくれてありがとう。君達は誰ひとりが欠けても君達ではない。最後の最後まで全員で駆け抜けるんだ。それを私から伝える。みんなを集めてくれるか」
その週末の夜、西麻布の料亭の個室を15名のメンバーが埋め尽くした。
「湯浅、今日は西内先生来るのか?」
「さあ、よく知らない。俺は山崎さんに皆を集めるように言われただけだ」
このままだと間が持たないので廊下に出てこっそり山崎に電話しようと席を立った湯浅に「すまん、遅れて」と山崎が肩を叩いて部屋に姿を現した。
「みんな年末以来だな、遅ればせながら明けましておめでとう」
「おめでとうございます!」
メンバーの皆が口々に新年の挨拶をした。
「なんだ、皆まだ飲んでないのか。今日は西内先生もいないし無礼講だぞ。早く飲もう」
山崎はとりあえず全員分のビールを持ってくるよう、仲居に指示をした。
「ところであの、今日って……」
“LPSI2016”メンバーの中の紅一点、佐藤が乾杯前に切り出した。
「どういう集まりなんですか?」
山崎は内心「こりゃあ雰囲気悪いなぁ……」と思いながら、「ちょっと遅めの新年会、じゃダメ?」とちょっとおどけて言ってみた。
「いや全然いいっすよ。ありがとうございます!」
村下が威勢よくそう返すと、皆口々に「今年もよろしくお願いします!」、「遠慮なくゴチになりま~す」などと俄然元気が出てきた。
「年末年始ちょっと休んだら仕事、仕事でみんな大変だろう。今夜くらい息抜きしよう。お目付け役の西内先生もいないしな。乾杯!」
「乾杯!」
個室内が俄然元気を取り戻してきた。そうだよ、この一体感が今彼らには必要なんだ。
「なんすか、これ! 前菜のローストビーフからしてめっちゃ美味いんですけど!!」
山崎は皆の笑顔を久々に目にして「思う存分、食え、食え」と言って笑った。
途中、山崎が手洗いに立った際、湯浅がタイミングを合わせて山崎のもとにやってきた。
「山崎さん、今日はご馳走様です。で、今日は食事して終わりですか?」
「そんな訳ないだろう。まあ見ておきたまえ」
山崎は先に小用を済ませ、活気溢れる個室に戻るとビール瓶を持ってメンバー一人一人に注いで回った。
「あと2箇月ちょっと頑張れよ」
「7箇月間ご苦労様。あとちょっとだな」
「仕事との両立、大変だろう。もう少しの辛抱だ」
山崎はメンバー15名に対して順々に労いの言葉をかけていった。その場にいる皆は次第に今日の集まりの趣旨が分かってきたのか、顔を赤らめながらも神妙な面持ちに変わっていった。
全員に酌をして自席に戻った山崎は「正直に言おう。皆がここまでやってくれるとは期待こそすれ、確信はしていなかった。本当にありがとう」と皆に深々と礼をした。
「ただ、ここまでなら15年前の俺達もやった。特に俺のチームは内部分裂しながらも事業主体をいくつか見付けて今の社会に繋げたという自負がある。無論、皆も思っているとおり、自分や会社の利益にもならないし、社会から特段評価されるとも限らない。しかし、社会的価値の創出には意義がある。今回、俺は第三者としてはっきり見えたことがある。みんなはこの事業の事業主体だ。単なるアイデアマンじゃない。皆最初はイノベーターになるつもりでこのプロジェクトへの参画を決めたんだろう。事業主体の座を簡単に譲るな。自分の活躍の場を自分で勝手に狭めるんじゃない。市や関係企業が君達のことをまだまだ頼りにしてる。最後の最後までよろしく頼むぞ!」
「そうだ、俺達抜きでこのプロジェクトを実現されるなんて、なんか癪に障るじゃん。本当に俺達が不要になるまでとことんやってやろうぜ!」
村下が顔を赤らめながら山崎の言葉に同調した。皆、腹に落ちているかどうか微妙だったが、その表情は概ね合意しているように見えた。その時だった、普段無口な澤田が口を開いた。
「どうでしょうかね、あそこまでお膳立てすれば、あとは神成市と企業の頑張りじゃないかと思いますけどね」
「私もそう思います。提案内容もどんどん具体的になってきて、専門外の私達が関与できる範囲も随分小さくなっているように感じますし」
「まあ、ぶっちゃけ俺達がいなくても回るっちゃあ回るわな」
澤田の発言をきっかけに沼田や山口からもネガティブなコメントが堰を切ったように出てきた。普段は山崎に盾突くことなどまずないメンバー達だが、今日はアルコールが入っている分、本音が見え隠れしているようだ。
山崎は湯浅のほうを見た。すると不安気な視線を山崎に向けてきた。「全部想定内」と心の中で湯浅に伝え、山崎は全員にこう諭した。
「君達の言い分も分かるけど、こうは考えられないかな。神成市は随分長きに亘って病に罹っている。君達はそこに派遣された医療団だ。ただし、医学というのは15名のメンバーだけではカバーしきれない。確かに専門医が必要な場合にはそこに委ねるしかないだろう。しかし、君達は目の前の患者に寄り添わなければならない。そして、君達は専門云々に関わらず適切に神成の病状を診断してみせた。そして君達ならではの素晴らしい治療や処方を現に施している。ここでその手を止めたら、神成の出血はまた止まらなくなるぞ。今のまましっかり止血した状態で適切な治療を施し続けるんだ。今君達の力はこの15名だけではない。神成も君達のアドバイスで自己治癒力を少し取り戻し、専門医たる企業や大学も協力の手を差し伸べている。君達がここで立ち止まりさえしなければ確実に前に進むはずだ」
そして山崎は最後の言葉を放った。
「要は”passion”、情熱なんだよ。神成の苦境をどこまで君達自身の課題として一人称で捉えられるか。それができなければ君達は何をやらせても半人前のままだ!」
全員がその言葉に俯いた。間髪入れずに山崎は言った。
「後は君達自身で考えなさい。進むも退くも君達次第だ。これ以上は私も西内先生も出る幕じゃない」
山崎はそう言って一人席を立ち、コートを仲居から受け取ると、「俺は、自分自身を、そして社会を俺達と一緒に変えるヤツを待ってる」と言い放ち、店を出た。店の外にまで出てきた女将に「山崎さん、今日はいつになく厳しい言葉。大丈夫ですか?」と問われ、「アイツらは大丈夫ですよ。アイツらはね、きっと」と視線を元いたほうに向けながら返した。
山崎の心の中でいつになく激しい雷鳴が響いた。山崎は「見てろよ神成!」と心の中で叫び、料亭に残っているメンバーに背を向け家路に着いた。
その二時間後のことだった。山崎が自宅で飲み直ししている最中に湯浅から電話がかかってきた。
「山崎さん、今日はありがとうございました。私も目が覚めました」
「何言ってるんだ、君達は優等生過ぎるんだ。もっと早く今日の言葉を言うことになると思っていたからね」
「それで早速なんですが、……」
「何?」
「明後日の月曜日、富士開発さんの会議室をまたお借りしてよろしいですか。もう金曜日までの予約期限をとうに過ぎてしまって。山崎さんへのお電話で大変恐縮なのですが……」
「何人か集まるのかい?」
「全員です。皆、火が付きました。山崎さんのおかげです。ありがとうございました」
「本当か! わかった、総務部長には私から連絡しておくよ」
「すみません、ありがとうございます!」
「湯浅君」
「はい?」
「後は頼んだぞ、リーダー」
山崎が事実上湯浅を真のリーダーとして認めた瞬間だった。普段の統率力といい、切り札を使うタイミングといい、湯浅のチームビルディングのセンスは抜群だ。湯浅が牽引する限り、この15人のメンバーは大丈夫だろう。
ーーまさに『最強の15人』だな。
山崎は”LPSI2016”メンバーのことをそれ以来勝手にそう呼ぶようになった。
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