第18話 束の間の年末年始
2017年元旦、山崎は広島県の奥地にある生家で正月を迎えた。朝目覚めてカーテンを開けると一面の銀世界だった。
「平和だなぁ……」
この年末は例年になく慌ただしいものだった。12月30日の忘年会が終わった後もメディア関係者に取り囲まれ、取材ラッシュで大変な状況だった。その夜、神成市のホテルに一泊し、大晦日の昼前に自宅に帰り着いた。その後、急いで帰省準備をして家族を追う形で新幹線に乗り込み、夕刻にようやく広島入りした。そうでもして東京を離れたかったのは少し心の休息を得たかったのかもしれない。4月の企画会議以降、今までの社会人人生では味わってこなかったストレスに見舞われる日々が続いていた。”LPSI2016”もまさかここまでの盛り上がりを見せるとは、期待こそすれども予想はしていなかった。自分が蒔いた種とはいえ、次々と起きる事柄に忙殺される日々に文字通り心を失(亡)くしていたこの9箇月間だった。
ーー2017年は平和な一年になりますように。
心の中でそう唱えながら、郵便受けにどっさり詰まった新聞を手にした。部屋に戻って早速新聞を一枚ずつめくる。
「確か『特集を組む』と言っていたな」
日本経済新報社の萩原記者から記事内容のチェックをお願いされていたのだが、疲労が限界だったのと時間にも限りがあったので、粗々の内容だけ聞いて責任校正でお願いしたのだ。既に29日の夕刊から新聞紙上で賑わっていた”LPSI2016”だったが、新年特集号とは随分派手にやらかしたものだ。西内先生が意に介さなかったように、週刊民衆のゴシップ記事などはもう誰も覚えていないだろう。
「おい、これか!」
『日本の異端児、山崎卓也が挑むオープンイノベーション!』
新聞の1ページをぶち抜いて、山崎への独占インタビュー形式でその記事は書かれていた。今の日本経済や社会環境に対する思い、社会を変革するためのブレークスルー、自身の過去の挑戦(”LPSI”や「神成市開発プロジェクト」)、帝都大学西内名誉教授への思い、”LPSI2016”メンバーに寄せる期待、「神成市再開発プロジェクト」成功にかける意気込み、……。
ーー俺こんなに喋ったかなぁ、酔っててもう覚えてないよ、まったく、確か萩原さんって言ったか日本経済新報の記者さんは素晴らしいね。ようやく年末の修羅場をくぐり抜けて皆酒を飲んだくれていたというのに、大した職業魂だ……。
すると山崎の背後から陽気な声がした。
「あら、いい男に写ってるじゃないの」
「なんだ。母さん、起きてたのか」
「何、私達が起きる前に読んで捨てようって思ってたの? そうはいきませんよ、どれどれ」
「わかった、わかったから。好きに読んで」
気が付けば、家じゅう大騒ぎになって、山崎の妻はもちろん子供達まで「パパって有名人なんだね」とビックリしていた。
ーーただのサラリーマン風情がとんでもないことをやっちまった……。
じきに山崎の携帯電話が鳴りやまなくなり、近所の住民も「これ、卓也くんよね」と新聞を片手に代わる代わる山崎家を訪ねて来て、家族もろともその対応に追われた。広島の片田舎に帰ってようやくくつろげるはずが、都会の喧騒にまみれているほうがマシというような状況だった。そんなこんなで山崎の短い冬休みが終わった。
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