第3話 旧友との再会

 山崎は4月15日(金)に行われた企画会議の翌週、仕事の合間を縫って広告代理店最大手の電報堂を訪れた。応接室のソファーに腰かけ、コーヒーを啜りながら待つこと数分、見慣れた巨体がドアの向こうから身体を現した。

「おー、ザキ。久しぶり!」

「上ちゃん、相変わらずデカい。しかし、しばらく見ないうちに老けたなぁ……」

「何言ってんだよ、お互い様だろ」

 山崎と上田はそう言ってお互いに笑った。

「忙しいのに、会社まで押しかけちゃってすまんな」

「いや、そっちこそ。執行役員だろ、お前。大丈夫なのかよ、抜けてきて」

「毎日、会議の連続で大変だよ。でも現場から離れたんで、そういう意味では何て言うのかな、責任は増したけど、やることは減ったような複雑な状況だな。お前のほうはどうだ」

「俺は常に最前線にいるよ。身体を張って接待営業してる、な~んて冗談だよ。50歳になってもクリエーター業を頑張ってるぜ!」

 上田は笑いながら、脂肪たっぷりのメタボ腹を右の掌でさすった。

「で、本題なんだが、例の件が会社で正式に承認された」

「あぁ、『LPSI復活』の件だろ。メール見たよ。やったなザキ! 俺としても願ったり叶ったりだぜ。最近は元気のある中堅、若手が減ってるからなぁ。だから俺もまだ最前線で戦わなきゃならん」

「上ちゃんがそう言ってくれると助かるよ。正直、『そんな古い話を持ち出されても困る』っていう当時のメンバーもいると思ってな」

「大丈夫だよ、15年前とはいえ”LPSI”だぜ。あれが不毛だって言う奴は俺の知る限りいないね」

 上田は窓ガラス越しの遠くに視線を送りながら言った。

「あのときは完走できなくて悪かったな。ザキとマサの二人に託す形になっちまって。後から後悔したんだ。当時は足りない頭で一生懸命捻り出した結論だったんだけどな……」

「15年前のことは言いっこなしだ。それより、『LPSI復活』に賛同してくれてありがとう。他の連中への根回しをお前からも是非頼むよ」

「わかった、任せてくれ。俺のほうはもう人選も考えてある。ウチのクリエーターに宮田という奴がいてな、数年前に某プロジェクトで一緒に仕事したんだが、おそらくヤツはいつか『クリエーター・オブ・ザ・イヤー』を獲ると俺は見込んでる」

「著名人になる前の青田買いみたいだな」

「15年ぶりの”LPSI”だ。俺だって自信を持って送り出せる人間しか参画させるつもりはないぜ。宮田にはお前から最初に相談があった日の翌日に『本決まりになったら受けろよ』と、喫煙コーナーで既にインプット済みだ。富士開発社内の調整が済んだということなら、こっちも正式にアサインするためにヤツの周辺も含めて説得交渉に入る」

「社内手続きに気を取られているうちに俺のほうが遅れ気味だな。一応、候補がいない訳ではないんだが、まだコンタクトもしていない状況だ」

「まあ、富士開発なら人材には事欠かないだろう。それは心配していない。それより西内先生はどうする?」

「先生もさすがにご高齢だからな。俺達だけで回してもいいかなとも思ったんだが、やはり『西内イズム』抜きじゃ『LPSI復活』とは言えないか、と思って西内先生にもアポを取り付けているところだ。趣旨は一応メールで伝えてある」

 上田がうんうんと頷きながら、意味深な笑みを浮かべた。

「そうか、それは益々楽しみだな。ただし提案がある。今回ディレクターはお前がやれよ、ザキ」

「俺がか!?」

「『西内先生もご高齢』とお前が自分で言ったばかりだろう。15年前に西内先生がディレクターを務めてくれた年齢に俺達は達している。『LPSI復活』を言い出したのもお前だ。お前がやらなくてどうする?」

「じゃあ、西内先生は?」

「スーパーバイザーでいいんじゃないか。要所要所で指導してもらおうじゃないか。プロジェクトの責任者は今回はお前だよ、ザキ!」

 山崎はしばらく沈黙した。上田の言い分はもっともだ。ただ、自分に本当にディレクターが務まるのか、当時の西内先生のような指導が自分にできるのか、上田を前にして逡巡した。

「お前が『やらない』、『できない』というなら俺がやるぜ。だって面白そうだもん。早く引き受けろ、じゃないと『LPSI復活』のこのアイデア、俺が横取りするぜ」

「わかった、わかったよ。俺がやる、やってみせる」

「待ってました! そうこなくっちゃな、ザキの企画なんだから。こりゃあ楽しみになってきた!!」

 上田の盛り上がりをよそに、周囲の期待が想像以上に大きいことを肌で感じ、山崎は身が引き締まる思いだった。「LPSI復活」は何としても俺がやりとげる。その強い意思、情熱があれば何とかやり切れると信じて、電報堂本社ビルを山崎は後にした。外は春の嵐、まるでこの先の苦難を予感させるような雷鳴が轟く中、山崎は遠く神成に思いを馳せた。

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