第21話 LPSIクロージングセッション

「西内先生、いよいよですね」

「あれからもう9箇月ですか。あっという間でしたね」

 2017年3月26日(日)、神成市文化交流会館に、神成市長はじめ市関係者約30名、帝都大学西内名誉教授、総務省情報通信国際戦略局長ほか省職員5名、富士開発株式会社稲垣社長以下15名、”LPSI”メンバー15名と参画各社経営陣、そして「神成市再開発プロジェクト」メンバー15名、ほか企業・大学関係者、メディア関係者等、更には一般市民約1,000名が集った。6月のオープニングセッションでは中ホールを使用したが、今回は大ホール。それでも会場は満席だった。

「15年前とはスケールが違いますね」

「緊張してるんですか?」

「そんなことはないです」

「貴方ももうすっかり有名人ですからね」

「先生、冗談が過ぎます。あくまで主役は彼らですから」

 山崎はそう言って、舞台中央に並んだ15名の精鋭達に視線を送った。誰一人として緊張した表情など見せず、自信に満ち溢れた表情を浮かべていた。

「では、始めますか!」


 舞台袖から西内とともに姿を現した山崎が、スタンドマイクを通じて聴衆に語りかけた。

「皆様、本日はこんなにも多数の方々にご来場いただき誠にありがとうございます」

 カメラのシャッター音が鳴り響く。TV局のカメラもフリーに会場内を撮影している。

「昨年6月26日にスタートした『神成市再開発プロジェクト』ですが、皆様にご支援いただき、こうして最終報告会に臨むことができました。ただただ感謝の念に尽きません。私が勤務しております富士開発株式会社では約10年前に貴市の都市開発に携わらせていただきました。しかし、貴市の発展は叶わず、他の地方都市と同様に苦境に立たされている状況に私どもは心を痛めております。しかし、このプロジェクトはその贖罪といった意味合いではなく、全国各地で過疎や少子高齢化等の諸問題で苦しんでいる地域を活性化し、我が国に活力を取り戻そうという勇者達の生き様を刻むものです。そこには会社や年齢や性別の壁などございません。ただただ各人が持てる叡智を結集して的確に課題を認識し、それを解決するアプローチを見出す、そういう彼らの懸命な姿があるのみです。そして壇上には上がっておられませんが、彼ら15名がここに辿り着くためには多数の方々のご支援、ご指導がございました。本日の発表に先立ち、その御礼も私よりさせていただきたく存じます、誠にありがとうございました。そして何より、本プロジェクトのスーパーバイザーである帝都大学西内名誉教授には多大なるお力添えをいただいております」

「西内です。皆様、本日は誠にありがとうございます。後ほど講評を兼ねて皆様に御礼申し上げたく存じます」

「それでは、プロジェクトメンバーにマイクを預けます」

 湯浅が山崎のアイコンタクトを受け取った。そして、約1,000名の聴衆の前で堂々とプレゼンを開始した。

「皆様、本日は私どもの成果報告会に足を運んでいただき、誠にありがとうございます。本日のプレゼンのテーマですが、スクリーンをご覧ください、『ICTによる職・遊・住』です。貴市の再生にあたり『ICT』を基軸に据えた理由は、従来取組が不十分であった『情報の移動(利活用)』を貴市再生に向けた突破口とするためです。

 約10年前の都市開発により鉄道が貴市と東京都心部を直結する手段となり、『ヒトとモノの移動』が飛躍的に活性化しました。しかし残念なことに、その多くは東京近郊へ通勤する市民の交通手段としての利用に留まり、貴市経済の活性化には繋がっていません。ただし、それは市民の選択でもあります。また逆に言えば、東京近郊から貴市にヒトやモノを呼び込む段階にはいまだ至っておりません。そういう意味では、貴市の労働者という「血液」を神成と東京の間で循環させる動脈と静脈のような機能を鉄道が果たしていると言えます。

 しかし、ヒトとモノがその場になければビジネスができないという時代はとうに過ぎ去っています。グローバルな視点で申せば、米国とインドは12時間の時差を逆手にとって、1日24時間仕事が途切れないワークスタイルを築いています。これはICTの発達から産まれたビジネス形態であり、この考え方を貴市に適用することは言語の障壁もない私達日本人同士であれば容易いことです。今は『職』の例で申し上げましたが、『遊』・『住』についても同様に、情報通信技術、すなわちICTの利活用が様々な課題を克服し、生活の質や水準を高めるものと思われます。それでは『ICTによる職』から発表させていただきます」

 澱みなくプレゼンを終えた湯浅は山根にマイクを渡した。

「それでは私山根から発表させていただきます。私達の提案は『廃校を活用したテレワーク』です。現在貴市は10万人超の生産年齢人口を有しておりますが、私達の調査によるとこのように約半数が東京都心部を中心として東京・埼玉・神奈川に勤務地を置いている模様です。一方でこうした遠方での勤務者の意向調査をしたところ、実に7割の方々が貴市に働き口があれば貴市で働きたいと仰っています。そこで私どもも貴市での産業の受け皿をプロジェクト期間中考え抜きました。しかし、先ほどの調査結果から単純計算すると3.5万人の方が貴市で働きたいと考えておられる中、その雇用の受け皿を短期間につくることは困難であるという結論に至りました。

 そこで働き口は東京近郊に求めつつもヒト・モノの移動を伴わない働き方に改革してはという発想から『テレワーク』という選択肢に至りました。ここからは市の関係者との知恵の絞り合いになりました。3.5万人分の働き場所は現時点で用意できていません。結論としては解決策を現在進行形で模索中です。しかし、相応のキャパシティを有する施設として市内の廃校を活用するというアイデアに至り、まず旧第3小学校の校舎のリノベーションに今年の2月から取り掛かっています。こちらが工事の現場写真、またSOHOオフィスの完成イメージはこのような形です。今年の5月の連休明けには希望者にご活用いただける段取りを整えており、総室数500を予定しています。他の廃校のリノベーションについては希望者の申込状況を見て実施時期等を市側で判断します。

 このSOHOオフィスの売りは、単なる通勤時間の短縮に留まらないサービスレベルにあります。東京都心部で人気の高いレンタルオフィスが具備している個室、インターネット接続、TV会議システム、秘書代行、貸会議室等はすべて網羅しています。また、隈田研一設計事務所の協力を得てデザインにもこだわりを持って仕上げ、木質校舎の風合いをそのままに残し、それでいて古びた感じを見せない仕上がりとなる予定です。利用者モニターとして既に完成しているオフィスのうち10室を利用していただいていますが、利用者の方々からも、その勤務先からも高い評価をいただいております。まずは第一歩を踏み出した形ですが、ゆくゆくは自ら起業する方々の作業空間として、また異業種の交流による新産業創出の場として、かつての学び舎を再生して街の賑わいを取り戻そうとしています」

 会場に沸き起こる拍手の中、山根は一礼して壇上から降り、佐藤にマイクを渡した。

「続きまして、『ICTによる遊』を発表させていただきます。冒頭のプレゼンで、10年前に整備した鉄道は東京近郊へ通勤する市民の交通手段としての利用に留まり、貴市の活性化には繋がっていないとありました。しかし、東京都心部との交通アクセスが良いということは、様々な可能性を秘めているという捉え方もできます。つまりは貴市の魅力が他都市の市民にも存分に伝われば、通勤利用以外の人流活性化も十分に期待できると私達は考えています。

 私達が貴市に初めてお邪魔した際に目を奪われたのは、東京都心部からわずか1時間半で辿り着ける田園風景でした。都市生活者であれば同じ感動をきっと味わえるはずです。そこで市のご協力を得て、『みんなの農園』を農業素人用に区画区分させていただきました。週末作業でも追い付く面積に区分分けしていただいたのです。実際にご覧になった方もおられるのではないかと思いますが、このように手軽に農作業に当たれるようにしています。また営農指導員の方々に私達メンバーが実際に農作業を教えていただきました。普段は農家の指導をしている方々ですから農業素人の私達に指導するのは大変そうでしたが、今ではどんなへっぴり腰が来ても一丁前の農家にしてやると豪語しておられます。受入環境は整いましたので、この4月から電報堂の企画により『行って見てやってみよう、神成で週末農家!』というキャンペーンを打つ予定です。TVのCMや、新聞、雑誌、鉄道の中吊り等にも一斉に出ますので、皆さんも是非ご覧ください。併せて、会員数400万人を誇る旅サイト「CMOトラベル」でも『神成週末農家』の特設コーナーを同時期にリリースします。

 また、貴市の魅力は農村風景だけではありません。『週末農家』の企画はあくまで出発点でして、それと並行して、観光客が貴市のどこを訪れているかという調査をDMリサーチ社と共同で行っています。携帯電話の運用データを基にした人口統計データベースから、貴市における1時間ごとの人口分布を、24時間365日、性別・年齢層別・居住地域別に把握することができます。2月からデータを取得していますが、現在のところ、古民家群、滝川渓谷、神成不動尊等いくつかの観光スポットを軸に観光客の動線が描けるという傾向が出ています。4月から開始するキャンペーン後の動線変化も勘案しつつ、効果的なキャンペーンを継続的に打って参ります。従来の観光施策は何か呼び物をつくって終わりでしたが、携帯電話の運用データというビッグデータを解析することにより、より的確な観光施策を打って行くスタイルに貴市の観光振興課は生まれ変わっているところです」

会場からの大喝采を浴び、佐藤は一礼し、続く村下にマイクを渡した。

「最後の発表になります、『ICTによる住』を発表させていただきます。『住』と言っても様々ございますが、私達は貴市における医療環境の改善に全力を尽します。4月からの調査で多くの市民の方々にご協力いただきましたが、満足な医療を受けられない、例えば市立病院の待ち時間が長いといった不満や、市中心部から離れた世帯ではそもそも医療機関がないといった訴えを多数耳にして参りました。貴市における高齢化が深刻化する中、喫緊の課題と受け止めております。その一方で、市財政も逼迫する中、そう簡単に医療体制を充実させることは困難だということも分かりました。

 突破口は2015年8月の厚生労働省の通達により、遠隔医療が事実上解禁されたことでした。遠隔医療が実現すれば市立病院への一極集中も医療データの授受で解消することができます。また、在宅医療が必要な方や過疎地域にお住いの方も遠隔医療を利用して診療を受けることが可能になります。診断する提携病院は帝都大学医学部附属病院です。帝都大学は3月1日付で貴市との業務提携を締結しました。新聞にも掲載されましたのでご存じの方も多いと思います。病院と患者との間のインターフェイスについては、通信事業を手掛けるRMソリューション社が帝都大学と共同開発した『リモートメディカル』というサービスを採用します。これによりスマートフォンなどを介し、遠隔で医師と患者をつなぎ、診断、処方、医薬品の配送が可能となります。スマートフォンなど必要機材の普及に関しては市の広報部・健康福祉部の職員の皆様が2月より遠隔地から順次戸別訪問させていただいています。RMソリューション社の御厚意により、専用端末の本体料金は無料で必要世帯分貸与いただけることになりました。スマートフォン等の対応機種をお持ちでない世帯には、神成市が同社から貸与されている端末を支給させていただきます。

 なお、既に試行していただいている100人の患者さんに感想を伺ったところ、『病院の待ち時間が短くなって自由な時間が増えた』という声や『今までは症状が重くならないと病院に出向かなかったが、今は気軽に診療を受けられる』といった声が寄せられています。ただし、遠隔医療を市民全体に拡大する訳には参りませんので、その最適点を見定めることが今後の課題であると認識しています」

 この日最大の拍手を会場の聴衆から受け、村下はマイクを全体統括の湯浅に戻した。

「皆様、ご清聴ありがとうございました。私達がこの9箇月間検討してきた貴市の再生プランは以上になります。『廃校活用によるオフィススペース創出』、『ビッグデータ解析による観光施策の最適化』、『遠隔医療による医療環境整備』と結論から申せばそう目新しいものではありませんが、ここまでの道程は決して平坦なものではありませんでした。西内先生、山崎ディレクター、貴市関係者をはじめとする皆様の粘り強いご指導、ご支援により、今日という日を迎えることができました。また、本日の発表にもございました通り、既に動き出している計画もあれば、これから動き始める計画もございます。これらの経過について、私達15名は本日を以てプログラム卒業となる予定ではございますが、引き続き市関係者の皆様や関係企業の皆様との連携のもとプロジェクトの着実な遂行を目指して参ります。なお、私達はこの三本の矢が貴市の抱えるすべての課題を解決するなどとは勿論考えておりません。私達が行ってきたのはあくまできっかけ作りであって、これからは自律的、内発的に貴市再生に向けた取組を市民の皆様が行政と手を取り合って進めていただければ幸いに存じます。本日は長時間に亘りましてご清聴いただき、誠にありがとうございました」

 湯浅と残り14名が深々と頭を下げると会場からは万雷の拍手が鳴り響いた。15名の瞳からは涙がしたたり落ちていた。彼らの人生の中で、これだけの拍手と喝采を浴びたのは初めての経験だろう。山崎も瞼の裏に熱いものがこみ上げるのを必死でこらえていた。

「それでは西内先生、御講評をお願いします」

 山崎に促され、西内が15名の真ん中に立ちマイクを握った。

「帝都大学の西内です。本プロジェクトのスーパーバイザーを仰せつかりながら、見ての通りの老体でして、大した指導はできておりません。先に白状致します。そんな中、これだけの成果を残した彼らに敬意を評したいと思います。

まず『廃校活用チーム』。正直私は彼らが一番先に暗礁に乗り上げると思っていました。彼らはICTによる地場産業創出を当初目指していたのです。そこを神成市との絶妙の連携で働き口ではなく働き場所をつくる方向にシフトチェンジした。これは見事でしたね。その後のフットワークの軽さも素晴らしい。この先も是非成功させましょう。

 続いて『観光チーム』。苦戦しましたね。ICTと観光という一見繋がりようのないように見えるものを繋ぐ懸命な努力。本来はビッグデータ解析パートだけでも十分な進歩なのです。にも関わらず、彼らはより直接的、本質的な観光客誘致を伴わせようと苦労を厭わず、私から見れば2本のプロジェクトを同時に動かしました。その熱意が産業界や神成市の方々を動かしたといっても過言ではないでしょう。

 最後に『遠隔医療チーム』。彼らは着眼点が良かったですね。最初に市の大きな課題である医療環境の整備状況を実際に現地に足を運んで見極め、そこからぶれなかった。解決策として選んだ遠隔医療は、最初は単なる思い付きに過ぎませんでしたが、検討を進めるうちに実現可能性がグッと増しました。しかしまだまだ試行段階です。これからいろいろと不具合も出てくるでしょうが、産みの苦しみです。これからも頑張っていきましょう。

 以上、貴市の課題を的確に把握し、3件の再生プロジェクトを彼らはわずか9箇月間でこのレベルまで実践してきました。もちろんこれらだけで貴市が完全に自律性を取り戻し、再生するかどうかは分かりません。しかし、これらが起爆剤になって、貴市の再生に繋がっていくことを私は祈念しております。今日お集まりの皆様も神成市再生に向けて是非力を結集してください。よろしくお願いいたします。

先ほどプロジェクトメンバー湯浅さんのプレゼンで本日卒業予定とありましたが、スーパーバイザーとして彼らの卒業を認めたいと思います。ただし、彼らの自主性、自律性を持って今後も可能な限りプロジェクトの推進に積極的に関与していくことを望みます。

 では、メンバーの皆さん、それから、もう一世代上の15名も壇上に出ていらっしゃい」

 山崎は自分達が呼ばれたことに一瞬気付かなかったが、植草のアイコンタクトに気付き舞台の脇から中央に立った。米国在住の山本を除く懐かしい14名の顔ぶれが1,000人の聴衆の前に一堂に会した。

「彼らが私の15年前の教え子であり、今回のプロジェクトを実質的に動かした同志です。私は今回の役割を仰せつかる前までは、私の教え子がまさか15年間も私が伝えた信念を保ち続け、同様のプロジェクトをより大きなスケールでやってのけるとは思ってもみませんでした。今日の報告会を以て15名の卒業生を迎える予定でしたが、加えて15名、計30名の卒業生を迎えることとしたいと思います」

会場から再び大きな拍手が鳴り響いた。

「湯浅さんから順番に行きましょう」

 湯浅が西内の前に立った。


「卒業証書 湯浅秀樹殿 

 右は本プログラム規定の全過程を修了したことを証する 

 平成29年3月26日

 LPSI2016 スーパーバイザー 西内雄大


 おめでとう!」


「ありがとうございます!」


 鳴りやまない拍手の中、卒業証書の授与が執り行われた。メンバー15名とOB13名が卒業証書を順次受け取り、そしてかつての”LPSI”メンバーの中で最後に呼ばれたのが山崎だった。


「山崎卓也 以下同文


 おめでとう。本当にご苦労様。ありがとう!」


「ありがとうございました!」


 山崎は西内から証書を受け取り、二人は熱く抱擁した。この二人のコンビがあったからこそ今日という日を迎えられたのかもしれない。会場からだけでなく舞台上の約30名からも山崎に対して惜しみない拍手が送られた。鳴りやまない拍手の中、舞台を覆い隠すがごとく幕がゆっくりと下りた。山崎の頭にはない演出だった。

「さあみんな行くぞ!」

 湯浅の掛け声とともに山崎の身体は空中に持ち上げられ、何度となく宙を舞った。


 ーー山崎さん、本当にどうもありがとうございました!!


 50歳にして初の胴上げだった。人生何があるかわかったもんじゃないな、でもやっぱり人生って最高だな、と山崎はそんなことを思った。山崎の心の中の雷鳴は宙を舞う間も幕の向こう側から聞こえてくる万雷の拍手とシンクロし、神成の地が自分自身に対して労いの拍手を送ってくれているように感じた。この素晴らしい瞬間を生涯忘れずにいよう、そう強く思うと、プロジェクト期間中一度も流さなかった涙がツーと山崎の頬を伝った。

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