その16 ぼくはきみ、きみはぼく こたえあわせ












目の前で女の子を押さえつけているような体制にいるその男は、僕が言葉を発すると突然立ち上がった。

もしかすると僕も仲間に入れと勧誘されるのかと思ったけど、結果は杞憂に終わったようだ。

なぜならそいつはそのまま体を翻し、脱兎の如きスピードで走り去ってしまったから。

あぁ残念だね。

でもその潔さには敬服すよまったく。

だけど落第点だな。

女の子を泣かせたまま走り去っていくなんて。

とんでもない男だ。これも女泣かせの男の部類に入れていいのだろうか。

それに目的を果たさないなんて、日本男児としては不合格だな、まったく。

「もう、見えなくなっちゃった」

足音だけが、微かに響いて聞こえるけど。

まあいいか。

それでは、はてさて。

「んー、大丈夫?」

と、壁にもたれて引きつった表情で僕を見ている木沢さんにお声をかけてみました。

そのお顔はテレビ放送じゃあドラマが限界ぐらいか。

演技でそのレベルまで出来たらすごいだろうなぁとか思いつつ。

「…ぁ…うん、大丈夫、かな?。」

そう言いながら、人間らしく首を傾げる木沢さん。

「僕に聞かれてもねぇ」

「へ、えへへ。そう、だよね。あ、ははっ、…びっくり、しちゃって」

「そうかそうか。そいつは失敬」

「本当だよ。すっごい驚いたんだよ」

「ごめんね」

「うん…、うんん」

木沢は頷いてからなぜか首を振る。

それはどっちなんだ。

「でも、ありがとね。こうくん」

「別にいいよ。それに僕にも都合があってね」

「都合?」

「うん。でもとりあえず先にここからでようか。夜の学校はさすがに気味がわるし」

なんて僕は冗談を言ってみる。

僕だってもうすぐ18才なのである。

お化けぐらい別に恐くないのだ、出会ったことはないけど。

でも夜の学校がそれっぽい雰囲気があるのは間違いがないけど。

別に僕は季節はずれの肝試しに来た訳じゃないし。

「そ、そうだね。なんか出そうだしね」

と言って、木沢さんは手で汚れを払いつつ立ち上がる。

そして、ゆっくり進みつつある僕の隣にならぶ。

むふふ、夜のデートだぁい。冗談よ。

「…こうくん」

「なに?」

木沢に話しかけられて、僕は歩いたまま木沢の方を向く。

「その、あのね」

「うん」

「その、こうくん。やっぱり、えっと」

「うんうん」

「んと、…助けて、くれたね」

木沢は僕に向かってはにかみながら言った。

「ん?」

それに僕は疑問符で返す。

「ほら、この間菜月ちゃんが言ってたじゃん」

「うん?」

「あの、私を助けてやってくれって」

「ああ、そう言えば」

そんなことを聞いたような。

あの時は自分のことでもないのに美島は必死だったなぁ。

ふむふむ良い子だ。

僕とはちょっと違うけど。

「えへへ、こんな所まで来てくれて忘れてるなんてないよぉ」

「いや、僕を侮ってはいけない」

「えー、嘘だよ。だって夜の学校だよ」

「そう言う木沢はなんでこんな所に来たの?」

「え?、ぁ、うん。ちょっと忘れ物しちゃって、それで」

言いながら木沢は僕に両手で持ってた鞄を目で見る。

「ふーん、そう。それで襲われちゃあ世話無いね」

「えへへ、そうだね。でもこうくんが助けてくれたし」

コツン、と自分の頭を叩く木沢さん。

狙ってやっていたらなかなかの大物だと思ったけど、やっぱり天然キラーなのだな、うむ。

「でも本当にこうくんが来てくれて助かったよ。もしこーくんがいなかったら、今度は私が殺されてただろうし」

「んん?」

「えっ?、だって、あの人が、その…人を殺した、犯人じゃあ」

木沢はたどたどしく言う。

けれど僕は、ひねくれ者なので空気を乱す。

「何言ってるの?」

「だって、私のこと、襲って…」

「なーに言ってるの」

僕は自分にしては珍しく満面の笑みを作る。

中身も何も、そもそも何の意味すら持たない笑みを。

そこにあるのは、ただの虚構の器だけ。

だけど僕は、だから僕は。

空っぽの僕は。何もない僕は。

でも、ただ一つの目的のために。

凪宮を、躍動させる。


「あの2人を殺したのは、君でしょ。木沢梨沙さん」


笑いながら言うのはなかなか苦労したけど、僕は噛んだりせずに真っ直ぐに彼女に向かって言う。

そして、僕の瞳には。

はにかんでいた彼女の笑顔が固まり、そして少しずつ、その笑みが消えていく過程が映っていた。

木沢は、苦笑のような表情をしながら、口を開く。

「何、言ってるのかな?。よく、分からないんだけど」

「だーかーら、君が殺したんでしょうが。千種一哉くんも高桐真梨子さんも」

「こうくん、ちょっと待って、なんで、今そんな話がでて…」

「むしろ今だからなんだけどね」

「どうして私なの?、私は今襲われたんだよっ」

「襲われた、ねぇ」

「そうだよっ、私がっ、私が襲われたんだよ!」

少し、声を荒げる木沢。

「まぁ、木沢が襲われたとして、でもそれが木沢が2人を殺していないという事とは直結しないよね?」

「そうかもしれないけどっ、しれないけどっ!…酷いよっ」

「…」

「こうくんは、私が人を殺したって言うんだね!?」

「うん。何度でも言うし、変えるつもりもないよ」

「っ!…酷いよ、私、わたし…」

木沢は涙目で、僕を見上げる。

「わたしっ、こうくんに助けてもらってっ、嬉しくてっ…でも、そんなのって、最低だよっ。こうくんは、酷い、よ…」

「ごめんね」

「謝るんだったらそんな冗談やめてよっ!、私は今、怖くて、それで…」

「木沢」

「…なに?」

「なんで、2人ともが殺されたって知ってたの?」

「ぇ?」

僕の言葉に、呆ける木沢。

「なんでって、女の子の方は、この目で、しっかり見て…」

「うんうん」

「最初の人は、友達から、聞いて、」

「その友達からはなんて聞いたの?」

「だから、人が死んだって」

「死んだって聞いたの?」

「そうだよ。それで、2人目も出て、私っ、」

「木沢」

「っ、だから何が言いたぃ…」

「どうして殺されたって分かるの?」

「え?」

「2人目をその目で見たってのは分かる。でも友達からは死んだって聞いたんでしょ?、だったら変だよ」

「なに、が」

木沢の表情が、少し、堅くなる。

僕の口は、思考よりも、なめらかになる。

「だって1人目は、警察でさえついさっきまで自殺扱いだったんだから」

「…」

口を閉ざす木沢。

「学校に広がっていた話は僕も聞いたよ。でも、それは生徒が1人飛び降りたんだって、言われてるだけで。決して誰も、殺した、なんて言っていないんだよ。そもそも、飛び降りって時点で、普通は殺されたって発想にはいたらないだろ?。それを木沢は、また、殺されたって、帰る時に言ってたよね?、それに今も。どうして?」

「そ、それは…その、」

木沢は言う。

「ちょっと、勘違い、してたっていうか、へへっ、そうだよ、勘違いしてたんだよ」

「勘違い?」

「うんっ。勘違いだよ。第一私が殺したって言うならどうやって殺しったっていうの?」「お、答え合わせか。じゃあ言うね」

「ぇ」

木沢が何を言うのを待たずに僕は騙り始める。

「まず僕は一昨日、千種くんに特別教室廉の美術室に呼び出されたわけだ。その日は先生達は会議で全部活は休み。当然、木沢が所属している美術部も。そして僕と千種くんは美術室に入った。彼としては自分本位の話を適当な理由をつけてやりたかったわけだから、あんまり人に聞かれたくない話だったんだよ。そしてそれに、実は木沢も付いてきていた。」

「…」

「まぁ僕らも勝手に君の部の部室を使った訳だし、立ち聞きされてもどうってこともないけど。それから僕は彼と別れて下駄箱の方に向かっていくわけ。あ、ここで僕と木沢が出会わなかったわけは言った方が良いかな?、単純に特別教室廉の1階の階段横にあった準備室に隠れただけだろうけど。入り方は、木沢が教えてくれたよね?」

「…」

「僕が通り過ぎてから木沢は美術室に向かった。そこで、千種くんをぼっこぼこと。捜し物を手伝ってくれとでも頼んで隙を作ってね。木沢みたいな可愛い子の頼みごとだったら大概の男子は聞くだろうし、千種くんも間違いなく。例え彼に他に思い人がいたとしても、それとこれとはまた違う話だから」

「…」

男の子は誰しも、可愛い女の子が好きなのです。

僕もしかり。

しょうがないのです。男の性なのです。

そんなものが本当にあるかどうかなんて知らないけど。

経験上、ってわけでもないが。

「そして君は、屋上へと彼を運んだ。木沢は女の子だからね、きっと大変だったでしょ?、人を1人殺して、さらにそれを運んでいくなんて作業は」

階段を引き上げる時なんて、男でもきっと相当大変なことだろう。

労いの言葉は、特に無いけど。

「とにかく木沢は多大な労力を使って彼を屋上へと上げ、さらに羽根のない彼を空へと飛ばしたわけだ。しかもご丁寧に上履きまで脱がせて自殺に見せかけようとして。まっ、最後に自分で墓穴を掘っちゃったわけだけど」

それはきっと、君がまだ普通の人間だから。

僕と違って。

「…」

うむ。

それにしても木沢さん、僕が話し始めてから何も言わないな。

傍聴者としては最高の人材だ。

それだったら僕も、好きなように話させてもらおう。

「それから2人目、高桐真梨子さん。こっちは何らかの方法で、木沢が彼女を中庭に呼びだした。きっと僕が彼女に詰め寄られてたのも見てたんだよね。それに彼女を呼びだした内容は、千種くんがどうして死んだのか教えてあげる、ってところだろうね」

彼女の興味と好奇心を最大限に引き出せる内容がそれであろうから。

僕と彼女の会話を聞いていたなら、それぐらい考えなくても分かる。

「そして彼女も撲殺。そこまでは良かったんだけど、そこに、第3者が現れた。君らが言うところの薙さん。」

僕からその名前が出たとき、久しぶりに美島に反応があった。

だけど、口を開くわけでもなく、じっと僕の話を聞いている。

想定通りなので特に気にもならない。

「彼女の登場は木沢にとって想定外だった。だから急いで高桐さんに不意打ちをしかけた場所、またもや登場準備室、ここの窓。そこから中に戻り、そして準備室から出て、また急いで2階にある美術室に何喰わぬ顔で入り、誰かが、おそらくは彼女が悲鳴でも出すのを待つ。同じ部活の生徒は何も不信には思わないだろうね。周りから見れば準備室に行って戻ってきただけなんだから。誰がやっても不思議じゃない。まぁ、予想に反して聞こえてきたのは男の声だったわけなんだけど。別にそれでも問題ないと。後は他の部活の生徒に混じって顔を出せば、いかにもそこにいましたとアピール出来る」

「…」

「僕は2階の窓から中庭に出たんだけどね。普通教室廉と特別教室廉はこの辺の地形のせいで高さが違うから、1階の位置がずれているし。別にそれはどうってことないことなんだけど。なんで僕が窓から出入りしたことに気づいたのかと言うと、それは木沢が焦ってくれたおかげなんだ」

と言いつつ別にそんなこともないんだけど。

相手に理解させるには、こっちのがほうがいいから。

「…」

「薙さんの登場のせいで、君は焦って大切な隠蔽の行程を1つ忘れてしまったんだ。窓の鍵を閉めて、きっと準備室のドアの鍵もきちんと閉めて。しめに鍵をいつも置いてある場所に隠して。でも1つだけ忘れた。他の部ならともかく、1年も所属した美術部員なら忘れてはいけないこと。駄目だよ、日の光が当たると変色しちゃうんでしょ?、しっかりカーテンは閉めとかないと。」

別に中を見た訳じゃあないけど、日が出ているうちもずっとカーテンを閉めてある部屋ってあそこだけだから、それがなかったので、すぐに分かった。

後、だいだいの位置も分かってたし。

建前なんだけど。

「まっ、こうして色々と綱渡りな君の殺人も、無事誰にも目撃されずに成功したわけだ。でも最後に口を滑らしてしまったのは単純に、君自体が殺人に対する抵抗が薄れたせいだろうねぇ」

「待って、こうくん」

そこで、木沢がようやく口を開いた。

「ん?、なに?」

木沢は、しっかりと僕を見据え、先ほど一瞬取り乱しかけたのが無かったように、言葉を発していく。

「でもそれって、全部こうくんの想像でしょ?」

と木沢は大正解のど真ん中を僕に突きつけてくる。

「黙って聞いてたけど、その中には何一つとして私が殺したって証拠がないじゃん。全部こうくんの想像で、筋道が通ってるだけで、こじつけだらけって言われてもしかたない代物だよ?。そんな考えで私を犯人扱いして欲しくないよ」

「まぁ、そうだね」

確かにねぇ。

…ふむ。

それにしても、よく喋りますなぁ。

「こうくん。今の話し、とってもおもしろいけど、あんまり人には話さない方がいいよ。ハッキリ言ってその辺の三流小説よりつまらない」

「そう。でも別にいいんだよそれで、僕はね」

「どういう、意味」

「さあね」

もともと筋道も何もなく、全てが僕の頭の中で構成された物語なんだから。

だけど、それでも一様物語なのだ。

悪いけど僕は、夢とは違って結を作るつもりでいるからねぇ。

僕の場合は、起が歪なんだけど。

「そう言えば木沢」

「なに?、こうくん」

「昨日さ、僕らと木沢達で一緒に帰ったよね?」

「そうだけど、それがどうしたの?」

木沢がいぶかしむように僕を見る。

暗い廊下を、しっかりと胸に鞄を抱きしめながら。

今ここで僕をそこに入れてと言ったらどうなるだろうかと考えたりしないよ。

「その時さ、木沢。僕と薙さんとやらが一緒に帰ったのを見たことがあるって言ったよね?」

「言ったね」

「いつ見たんだっけ?」

「何の話し?」

「ただの戯れだよ。いつ見たの?」

「だから、昨日の昨日で。つまりは、一昨日に」

「どこで見たの?」

「だからっ、校門から一緒に帰っているのたまたま、………っ」

木沢の顔が、引きつった。

「そうだよね。おかしいよね。あの日木沢が僕らを見れる筈がないんだ。だってあの日は僕ら、反対側の門から出たんだから」

「…」

「木沢はいつも美島と東の門から出てるんだよね?、美島も言ってたし。なのになんで僕らが西の門から出てくるのを知っているのかな?、普通教室廉と逆の方向にある特別教室廉側にある門から僕らが出ていったのを。あの日は部活も無かったよね?。木沢はなんで特別教室廉にいたのかな?」

「そ、それは」

「また今日みたいに忘れ物?それとも見間違い?……うん。そうだねぇ、そうかもしれない」

「…」

「うんうん。そういえば木沢」

「…なに?」

だんだん、美島の言葉が素っ気なくなってきた。

寂しいなぁ、なぁーんて。

「随分どうどうと、証拠を隠滅してたよね?」

「なんのこと?」

「今日帰りに僕らと会ったとき、上靴洗ってたよね?。あれ、高桐さんを殴った時についた血を洗い流してたんでしょ?」

「…」

「調べれば、まだ、分かるかもねぇ。どうかな?、木沢」

「さっぱり、何の事やらって感じだよ」

「そう。そう言えば木沢」

「まだ何かあるのかな、こうくん」

表情に色が無くなった顔で、僕を見る木沢。

でも、僕にはそれが、笑っているようにみえた。

カラッカラだけど、心の底からの笑み。

僕には一生で無理であろう笑み。

別に、羨ましくもないけど。

「今日は、なんでここに来たのかな?」

「それ、最初にも言ったよね。だから、」

「あ、そうだね。忘れ物だったね」

「そうだよ、それがどうかしたの?」

「取りに来る決心したのはいつだったのかな?」

「?」

「君が、忘れ物を取りに来ようと決心したのはいつだったのかな?」

「こうくん、意味が、ちょっと、」

「木沢」

「…なに?」

「僕とね、帰りに話したよね」

「?、うん」

「その時に僕、1つ、嘘をついたんだ」

「嘘?、なんで、そん、な……」

木沢の表情がめまぐるしく変わってゆく。

ぐるぐる、ぐるぐると。

僕の目で追いつけないほどに。

そして、木沢は。

「……あはは」

笑った。

「あははははははははははははははは」

カラカラと笑った。

まるで、自分自身さえをも否定するような勢いで。

「はははははははははははははははははは、…そっか。そっかそっかそっかぁ。そうだったのかぁ」

「うん、そうなんだよ」

僕は頷く。

「あはははは、こうくんは悪い人だなぁ。」

「えっへっへ、それほどでもないよ」

「褒めてないよ。でもそっか、じゃあつまりはそういうことなんだね」

「まあね」

正直、僕も相当遠回りしたわけだけど。

それは決して、彼や彼女のようなものとは違う、何の意味もない遠回り。

演出、なんて言ったら格好いいけど、そんないい物じゃあない。

「つまりは」

木沢は言う。

「こうくんには全部お見通しだったわけだね」

「そうでもないけど」

9割が、自己による保管だから。

「あーあ、そっかぁ。ばれちゃってたのかぁ。見つからないようにしようと思ったんだけど、なるほどなー」

そう言いながら木沢は、胸に抱いていた凶器をゆっくりと離して、片手で持つ。

「回収したまでは良かったと思ってたんだけどね。これだったらいくらでも言い訳が聞くし。こうくんはこれが凶器だっていつ気づいたの?」

「んー、特に理由はないんだけど、強いて言うなら君らの部活の顧問が」

「狩谷先生が?」

「うん。そんな大きな物を出しっぱなしにして、片づけないわけがないだろうなぁと思ったし。ついでに言うと美術室に何かの破片が落ちていて、やっぱりあの先生に限って掃除したときにこんな物を見落とすかなぁとね、別にあの先生じゃなくてもいいんだけどさ。さすがに部員の誰かが捨てるだろうと、それで美術室が最初の殺人の現場じゃないかと思ったわけ」

ぜーんぶ、建前の付け足しだけど。

「随分曖昧なんだね」

「うん、それはしょうがないよ」

だって僕なんだし。

それ以外、取り柄がないんだから。

「それに木沢なら、誰が使っても分からないものより自分で確実に管理できるものを選ぶと思ってね」

「ふーん」

と、木沢は口の端で笑みを作る。

「やっぱり、さすがはこうくんなんだね。私と菜月ちゃんの目に狂いはなかったわけだよ」

「そうでもないよ」

「うんん。初めから私じゃあこうくんの相手になんかなれないってことだったんだよ」

「まあね。僕じゃあ木沢とは釣り合わないだろうし」

僕、かわいい、らしい男の子。

木沢、間違いなくかわいい女の子。

レベルが違うね。

「そうそう木沢」

「なあに?」

「もう1つだけ聞いてもいい?」

「えへへっ。い、い、よ」

木沢はいつもようにはにかみながら、僕を見て頷く。

だから僕は、いつものように、殺すことにした。

「僕は、君にとってそんなにも眩い存在だった?」

「えっ…」

木沢が、声を詰まらせて、驚きを表現する。

でも僕は、口を動かせ続けて、さて。

なりきろう、僕は。

「君の俯瞰から見たこの世界が、みんなくだらないモノばかりで。その中で僕はそんなにも輝いていたの?」

「……なん」

「なんのことだって?、それは君が一番わかってることだろ。この世界はみんなくだらなくてくだらなくてくだらなくてしょうがない。そんなゴミばかり世界に自分はいる。存在させられてしまっている」

「…」

「そんなことないだって?。でもそれを、自分で今否定した」

「ち、ちが」

「どうして分かるって?、別にたいしたことはないよ。うん全くたいしたことはない。木沢が僕のことを別格視して、自分のモノにしてしまいたくて、自分をだけのものにしてしまいたくて、そんな理由で僕に害を与えそうな相手を殺したことに比べたらホントに全く大したことはない」

「そうじゃっ」

「僕のために?。僕を邪魔するやつがいたから?。こうくんが困っていたから?。うん、そうだろうねぇ。そう言いたくなるよねぇ。でも君は、今それをも否定した」

「そうじゃないっ」

「ほら、否定した。自分で分かってる。理解している。本当の理由は、他にあるって」

「違うっ!」

木沢は声を張り上げる。

自分の罪を暴かれる時よりも、遙かに必死に。

だからといって、僕の口が、止まるはずが無かった。

「君の世界は、視線は、木沢が思っている以上に高くて、周りの人間が全て、男も女も全て。同じに見えてしまう。自分同様、全てが同じで、等しく、価値がなくて、等しいから、自分も埋もれてしまっていていると。そういう風に思ったわけだ。そしてそれが、人に向ける殺意に対する抵抗力さえも薄くしてしまった」

「っ…」

そういえば、聞いたことがあったな。

12才で、悟りを開いてしまって、それゆえ自分の無意味さを自分自身で思いこんで、自殺した少女のお話。

木沢は、つまり、それの、もう一つの例となったわけだ。

道徳もあって、理性もあって。

でも、踏み外す。いや、踏み込んだのかな。

自信はないけど。

今までの全部が僕の、妄想の話だから。

でも。

そこに意識外から後押しがあったのは間違いなくて。

僕は、それの清算をしにきたのだから。

「そうだからこそ、君は僕みたいなやつに惹かれてしまった」

「…」

俯瞰から見てこそ分かる、僕自身の、異質さ。

そのズレを、意識してしまった。

それが、どんな意味があるのかもしらないで。

大抵の人間は、それを無意識に感じ取って、僕を避ける。だけど希に、木沢のような人も現れる。

そして大抵そういう人は、加速させられる。それも、無意識に。

「木沢は、僕の世界を見たくて、僕に見て欲しくて、僕に対して善意を込めて、悪意をふるった。僕と同じ場所に立つために。僕と同じ視界を手に入れるために」

なんて矛盾なんだろう。

と、僕は思う。

想像なんだけど。

想像なんだけど。

思ってしまっている、分からないけど。

もしかすると、思っていないかもしれないけど。

「うん。それでは、最後の質問をするよ」

僕は、木沢に問いかける。


「人を殺して、終わらせて。君の世界に、何か変化があった?」


「自分の視界に映るものは、何か、変わった?」


木沢は、顔をしたに向ける。

どうやら、大した変化はなさそうだった。

当たり前だけど。

自分は、どこまでもいっても自分なんだから。

僕が言えた義理じゃないけど。

そうして、少しして、見上げるように、木沢が、僕を見る。

「こうくん」

「なに?」

木沢が言う。

「どうして、その、そんなふうに思ったのかな?、私が、…そう、思ってるって」

「ああ。だから、大したことはないよ」

うん、まったく、大したことはない。

「僕はただ、ちょっとばかし、人の思考、思想、性格を追いかけるのが得意なだけなのさ」

「追いかける?」

「うん。その人の行動を見て、表情を見て。その人の思考を追いかける」

「心を、読めるってこと?」

「うんん、まさか。そんな超能力みたいなことは出来ないよ。そんなことが出来るならこんなにも苦労はしない。僕はただ、追いかけていると想像して、言っているだけ。だから、僕の言うことは全部当てずっぽう。適当にそうじゃないかと当たりをつけて言っているだけ。なんていっても全部が全部、妄想だから」

でも、それしか取り柄がないんだから。

それを活かすことしか、僕には出来ない。

「…どうすれば」

「うん?」

「どうすれば、私もこうくんみたいになれたのかな?」

木沢は、目を細めて、小さく笑って、言う。

それに対して僕は、肩を竦めて、

「君は僕にはなれないよ」

と、人として当たり前の事を、言ってみた。

「どうして?」

「君が僕みたいなやつになるには、少しばかり、満たされすぎているから」

僕は、空っぽだから。

そう言うふうに、組み上げられてしまったから。

主義も、主張も、主観も。

僕にとってそう言うモノは全て、意味をなさないから。

色々なものが流れ込んでくるし、すぐに壊れそうになってしまうけれど。

だからこそ僕は、他人の思考を追いかけていると思いこむことが出来る。

僕から見る風景は、いつもまっさらだから。

だから、自分の主観を挟まずに、人の見る風景を考えることが出来る。

あんまりやりすぎると、僕自身は飲み込まれて、染められそうになってしまうけど。

だから普段は、出来るだけ考えないようにしてる。

「ふーん、そっか。無理、なのか」

木沢は、小さく呟いて、歩みを止める。

まるで、僕との間に明確な壁を見つけてしまったみたいに。

「うん。やっぱりこうくんは違うんだね、私とは」

「どうだろうねぇ。僕はまだ、ましだと思うよ。この世界には、悪意という概念そのもの埋め込まれてしまった女の子とかもいるわけだし」

取り巻くモノを巻き込んで、触れたモノを狂わせて。

自分の意志とはまったく関係無しに、全ての悪意を肥大化させ、加速させてしまう。

見境なしに、どんなモノでも。

影響を受け、染まっていく。

それ自体は、どんな方法で埋め込まれたのかは分からないけど。

見えないモノだからこそ、無意識下で侵されていく。

今回の、木沢梨沙のように。

本来は理性のブレーキがかかるべきところで、間違って、アクセルを踏み込まされてしまう。望む望まぬ関係無しに。

「うーん、よく分かんない」

けど、と木沢は付け足し、止まったまま僕に言う。

「私も、こうくんに、聞きたいことがあったんだ。いい?」

それに対して僕は、快く首を縦に振ってみる。

「スリーサイズ以外ならいいよ」

「あー、それもちょっと気になるかも」

木沢はおどけながら、顔を覗き込むように僕を見る。

静かに微笑みながら、今まで見た中で木沢の表情の中で、一番儚げに。

木沢は、ゆっくりと口を開いた。

「こうくんにとって、1番大事なモノってなにかな?」

木沢から、僕に聞かれたその質問。

それに対して僕は、特に考えず答える。

考えるまでもないことだから。

僕にとって。

全ての目的はそこに収束するんだから。

迷う必要は一切合切存在しない。

「今のところ、僕とって1番大事なのは」

今までも、そしてこれからも。

そうであると、いいのかなぁ?。

「僕の家族、かな」

かつくんやらみみさんやらももちゃんやら。

紅葉とかね。

みーんな、僕の家族です。

「そっか…家族、か」

木沢は、そう呟いて。

「じゃあ、2番目当たりに、……私が入っちゃ、駄目かな?」

と、僕に求める。

いつもの上目づかいで、うむ、かわいいのぉとか僕も思ってるけど。

だけど答える僕の言葉は、すでに決まっている。

こっちも、迷うはずがない。

僕は、基本的に受け身だから。

「別にいいよ。木沢がそれでいいのなら」

「いいの?」

「うん、全然いいよ」

さーて。

そろそろかな。

いい加減にしないと、僕の器が軋み始めている。

誰かの心になりきりすぎて。

ここのままでは、僕は誰かに染められてしまう。

僕が、誰か別の人になってしまう。

それは駄目なんだ。そっちのほうがきっと、間違いなく楽なんだろうけど。

僕は、もっと簡単に生きていけるんだろうけど。

この形を受け入れたのは、僕なんだから。

僕は、僕なんだから。

切り替えよう。元に戻そう。

切り換えのスイッチは決まっている。

後は一言、いつものように言うだけだ。

「だって」

さあ、僕に戻ろう。


「どうでもいいから」


「………えへへ」

僕のその言葉に、木沢は、いつもようにはにかんで、笑った。

「へへっ。やっぱり、こうくんなんだね。うん、こうくんだよ」

「そうだねぇ。それじゃあ木沢、僕はもう行くから」

「うん」

木沢は、笑いながら言う。

「またね、こうくん」

「さらばだ、木沢さん」

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