その5 がっこうせいかつ
「よっこいせ」
何となく親父臭いような気もする声と共に、僕は鞄を机の上に置いて着席する。
いい加減あれだけど、学校椅子って堅すぎて長く座ってるとお尻が痛くなってくる。
これで痔になったら責任とれるのかと訴えたい。
軽めの冗談だけど。
「どうっでもいいすからね」
3年間3年間。
それだけいるかも分からないけど。
実際は、それほど気にしていないだけだが。
「あ、おはようこうくん」
隣の席からご挨拶を頂いた。
とりあえず無視する必要もないの僕はそれに返しておく。
「おはよう木沢」
「えへへっ」
僕が返すと何故か木沢は照れたように笑った。
確かにかわいらしい笑みだと思うけど、というかかわいい笑みだけど。
なんなんだその笑い方は。
どうでもいいけど。
「今日はいい天気だね」
「?」
僕は窓の外を見る。
「曇ってるよ」
「うんん。私あんまり太陽好きじゃないんだ。だから、これが私自信にとってのいい天気なの」
「ふーん」
変わってるなぁとか、思わないけど。
興味もないし。
「日焼けしやすい体質だからあんまり太陽に当たりたくないんだよね」
「そうなんだ」
吸血鬼みたいなものかな?。
そして夜になると活発に動き出す。
エロイ意味じゃないよ、他の意味は思い付かないけど。
冗談だ。
「そうなんだよ。…えへへ」
そう言って木沢はまた照れたように笑う。
ふーむ。
やっぱりなかなかに変わったやつだと思うけど、木沢さんは見た目よろしいですからなぁ。
それに人当たりがよくて優しいって評判らしいし。
いわゆるクラスの人気者。
もしかすると学年のかもしれないけど。
僕とは正反対であるな、うむ。
どうでもいいけど。
「それにしてもこうくん」
「ん?、なに?」
ちなみに言えば、学校内で僕はだいたいの人からこうくんと呼ばれている。
だいだいの人といっても僕に話しかけるやつなんて両手で数えられるくらいだけど。
とにかくその呼び方の発症源は目の前にいます。
「今日も朝から疲れてるみたいだね」
「そう?」
「うん。椅子に座るときのかけ声とか特に」
うむ。
そりゃ朝ものすごく早く起きてるからな。
というかお前は椅子に座るときのかけ声で分かったのか。
そっちのほうが驚きでもない。
「毎日朝練が大変なんだよ」
「えっ?」
と驚きの声をあげる木沢さん。
口元を自然に押さえる仕草がなんともねぇ。
見習いたくは……もちろんないですとも。
僕は出来るだけ男らしく生きていたいんだよ、特に外見的な問題で。
「こうくんって、部活入ってるの?」
木沢は不思議そうな顔をして僕に聞いてくる。
「入ってるよ」
僕は頷きつつ答える。
「本当に?、へええ、知らなかったよ。何部なの?」
「四季折々の季節感を感じつつその土地の風土も体感しながら終礼と同時に街を闊歩して自分の帰るべき故郷に向かっていく部活だよ」
「え、えっと。何だかすごい部だね」
「うん、3千里だよ」
「何だか大変そうだね」
「そうだねぇ」
どの辺り止めようかねぇ。
「それは帰宅部ではないのか?」
「ん?」
唐突に、後ろから声をかけられた。
あえて僕は振り返らなかった。
「そ・れ・は・帰宅部・では・ない・のか?」
前に回り込まれた。
ついでに区切りながら言葉を復唱された。
「おはよう」
「ございます」
しかも挨拶を敬語に直された。
なんだかちょっと悔しいぞ。
どうでもいいけど。
「ふぅ」
そして、そいつはそのまま前の席の椅子を引き、そこに座る。
まぁそいつの席なので特に問題があるわけでもないが。
目の前で微かに揺れるポニーテール。
僕的にはそれを引っ張りたくてしょうがない衝動にかられているけど。
あー、ももちゃんの引っ張っておけばよかっとちょっと後悔。
ジョーダンだよ。あ、なんかアメリカのバスケット選手みたいになったね。
どうでもいいか。
「…」
後ろ姿的に言うなら女子の制服を着た侍みたいな感じかな。
紅葉とは違う感じで大和撫子みたいな。
武士道を貫け少女よ。武器は長刀。
「かっこいいー」
「ん?」
おっと、またやっちまった。
「なんでもないよ美島」
「そうか」
美島そう言いながら後ろの席の机、つまり僕の席の机に肘をついて会話に参戦する。
「梨沙。こうくんが言ってるのは帰宅部ってこと」
「え?、そうなの?」
「そう。こいつが部活なんかに入る人種なわけない」
人種って。
いくら自分が見た目通り剣道部に入ってるからって、しかも次期主将だからって。
差別だー、どうでもいいけど。
「そうなんだ」
え?。
木沢さん?。
納得しっちゃったよ。
別にいいけど。
「じゃあ、私はどんな人種なのかな?」
「梨沙は正統派幼なじみ萌属性だ」
「萌か」
どんな属性だ。
しかも人種じゃないし、幼なじみって…うむ。
心に響く言葉だな、もちろん冗談なんだけどさ。
「それじゃあ菜月ちゃんはお姫様属性だね」
と木沢は話しに合わせる。
あえて言わないけど、そのお姫様きっとはちまきして長刀を振り回してるな。
「だったらこうくんは悪代官属性だ」
「別に僕は山吹色のお菓子なんて興味ないよ」
「着物の帯を持ってよいではないかー、ってやつかな?」
「それは男の夢だ」
むしろ最古から伝わるロマンだ。
「儚い夢だな」
少し半眼気味の美島さん。
「確かに」
「切ない夢だな」
「まぁ。」
「亡き女を相手に心に思うとといて」
「その心は?」
「妄想だ」
ぶった切られた。
相変わらず美島さんは潔い、違うか、容赦ない。
切り捨てゴメン、みたいな。
どうでもいいけど。
「あはは、菜月ちゃんはおもしろいね」
木沢はカラカラ鈴のように笑って言う。
その笑顔だけを言うならどことなく、ももちゃんと似通った部分が垣間見れる。
あくまで、どことなくだけど。
ありえないからね、ももちゃんと似ているなんて。
ああいう登場人物は1人で充分だ。僕にとっても。
「梨沙はかわいいよ」
木沢は、僅かに口の端で笑いながら、思わず恥ずかしくなってしまいそうな事をさらりと言ってのけた。
「そんなことないよ。菜月ちゃんの方がかわいいよ」
そして木沢はまぁなんというか。
さすがは正統派幼なじみ萌属性。僅かに頬を染めつつもしっかりと友人をたてる。
「私がかわいいのは当たり前だ」
「確かにお姫様属性だ」
美島さん納得。
木沢は言い得て妙なりだったわけか。
…さて。
この、見てておもしろく、それなりに眼の保養になるであろう2人組は、木沢梨沙と美島菜月という。
もちろんのこと僕と同じこの高校に通う2年生の女子高生であり、それ以前に少しだけ面識があった少女達である。
たぶんだけど、両手で数えられる程度しか学校での交友関係がない僕に話しかけてくる実に珍しい種類の者達だ。
まあ思い当たる点を言うなら、それはたぶん僕が此処に住み始めたばかりに起こったとある事件。
ここから少し離れた場所で起こった、僕の交友関係よりも多くの人が犠牲になるところだったあの事件。
僕はたまたまその事件に巻き込まれて、あの2人もたまたまそれに巻き込まれていたというだけなのだが、意外な所で縁があったのか、同じ高校で出会うことになった。
僕自身は1年生の時に編入してきたのだが、その時本当にたまたまあの2人も此処にいたのである。
僕はすっかり2人の事は忘れていたのだが、そこは強引に自己紹介させられ今はこんな状態なのであった。
なんともなんとも、奇妙な縁だ。
完全に殺しきったと思ったんだけどな。
びっくりだ。
どうでもいいけど。
「おっ」
がらがらと、なんだか古くさい音を立てて前方の扉が開く。
どうやら今日の授業が始まるようだ。
さっきまで話していた木沢と美島すでに前に向いている。
あー、引っ張りたいなぁ。
やったらセクハラで訴えられるかもしれないけど。
少年法適用だぜ、冗談。
そして僕は何となく窓の外を眺め、それから同じ曇り空を眺めている彼ら彼女らに思いをはせたりもせず、代わり映えもしない毎日のとある始まりを感じてみた。
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