その9 だらだら
その後、すぐに警察が到着した。
そして僕らは一旦その場から離され、各々の教室に行くように言われたので、言われたとおり現在僕は自分のクラスにいる。
ちなみに1時間目の授業は自習、現在は2時間目の自習に突入している。
そして僕のいるクラスの生徒達は、今朝の出来事の話題で盛り上がっていることもなく、静寂というか、たまに僅かな話し声が聞こえるくらいで、あえてその話題を外しているようにも見える。
何にしても、僕には関係ない事だけど。
誰が死んだのかは、興味もないし。
確かに。死体は見たけど。
「あれじゃあねぇ」
とてもじゃないが誰か分かるような状態じゃなかった。
少し遠目だったからよく見えなかったってのもあるけど、たぶん。
赤い液体が流れる合間から見えたなんだか白い物とか、さらにその奥のピンク色の物とか。
あと確か、眼球も飛び出してた気がする。
あんな状態で誰か分かるほど僕はの目は肥えてないし。
むしろ分かるやつがいたら驚きだけど。
それ以前に、この学校に僕が顔を見ただけで分かる人間なんてほとんどいない。
きっと名前を聞いても分からないだろう。
胸を張って主張してもいいぞ。
なんてったって両手の指ですからなぁ。
どうでもいいけど。
「…ん?」
僕が頬杖をついて窓の外を見ていると、あっ、僕の席窓ぎわ一番後ろね、何となく思ってみた。
とにかく、僕の制服の袖を引っ張ってるやつがいる。
顔をそっちにというか前に向けると、美島が横向きに座って僕の方を向いていた。
「ねえねえこうくん」
「なんだい美島さん」
僕が答えると、美島は僕の袖を離し、少し僕の方に寄ってきた。
そして内緒話をするみたいに、小声で言う。
「噂で聞いたんだが、人が死んだんだって?」
僅かに、目を細めている美島。
どうやら電光石火の勢いで話は広がってるようだな。
まあ、学校みたいな閉鎖空間だと当たり前だけど。
「そうらしいね。」
「そうか。…その、こうくんは、……見たのか?」
そう言って美島は、細めていた目をさらに細めて僕を見る。
別にどうでもいいけど、何だか睨まれてるみたいだ。
なにやら探ってるように見えなくもない。
意図はたぶん、見当がつくけど。
美島の質問に、僕は曖昧に頷く。
「さあね」
「…じゃあ、これも聞いた話だけど。初めに見たのは、まぁ第1発見者ってやつか。朝練に来てた陸上部の男子なんだって」
「へぇ」
「野太い雄叫びが響き渡ったらしい」
「へぇ…」
なんだかそう言うと嫌な声みたいに聞こえるな。
出来れば聞くのは女性の方が良いわけでもないけど。
「そう言えば美島も朝練あったんじゃないの?、剣道部の。」
「ああ、あった」
「そんな大声だったのに気づかなかったの?。」
「いや、たぶん聞こえていたと思う」
「なんで外に出なかったの?」
「聞こえていたが練習に集中し過ぎて気づかなかったようだ」
どこの侍だおまえは。
どこぞの二刀流の剣士の生まれ変わりかと疑ってしまわないけど。
「他の部員は?」
「ん?」
「いや、だから他に部員は気づかなかったのかなって?」
「ああ…………そういえば」
「そういえば?」
「終わったとき数人いなかった気がするが、あれはもしかして外に見に行っていたのか」
「それは気づこうよ」
どんなマイペースな侍だ。
まぁ、集中すると周りにが見えなくなるタイプだもんな、美島さん。
そんなのが次期主将でいいのかと疑いたくなる。
どうでもいいけど。
「それで、だ」
「?」
微妙に言葉の歯切れが悪い美島。
僅かだが、僕から視線も逸らしている。
何かを躊躇ってるようだ。
「…………………………」
うむ。
なかなか口を開かない。
何を言おうとしてるのかは分かるけど、なかなか言わないので僕から言ってみた。
「誰が、死んだんだろうねぇ。」
「……」
完全に目を逸らしてしまった美島さん。
気まずそうな雰囲気が表情に現れている。
滅多に見れない表情なので、この際だからしっかり観賞しておこう。
ついでにいつかチャンスがあったらその馬の、おっと、ポニーテールを引っ張ってみようかなって考えたり。
冗談だけどね。
たぶん今やったら竹刀かなんか撲殺されそうだ。
君は着物よりもきっと袴が似合うんだろうなぁ、いつか部活を見学にでもいこうかなぁ。
たぶん行かないけど。
僕は紅葉で充分だ。
「……こうくんは。」
「なに?」
「こうくんは、知ってるのか?」
質問しつつ目線は僕の机の角に行っている。
表情には若干の後ろめたさというか、やっぱり躊躇いの雰囲気があるな。
前もこんな感じだったっけ?。
うーん、よく覚えていない。
「僕も知らないよ」
何と言っても両手の以下略。
「そう…か」
僕の答えに、美島は控えめに頷いた。
そして、この話はそれ以上発展することもなく、それ以前に新たな闖入者が登場した。
「いつまで自習なんだろうね?」
僕と美島の間に割って入るように、木沢が教科書と一緒に移動してきた。
しかも器用に足を使わず椅子だけで移動。
僕も真似して机だけで移動しようと思ったけど止めておいた。
人間、思ってもやらないこと重要なんです。
どうでもいいけど、僕が言えた事でもない。
「少し飽きてきたよ」
こちらは美島とは逆に特に普段と変化はない。
前もそうだったけど、木沢の案外周りに影響されにくい。
常に平常心って言うとなんだか悟っちゃった人みたいだけど、それに近い感じかな。
だからこの2人は仲がいいのかもしれないけど。
その辺は、僕には関係ないことだ。興味ないし。
「それなら学業に励みなさい」
「そうなんだけど、テストはもうちょっと先だからね。あんまり集中出来なくて」
てへへ、と照れたように頭掻く木沢さん。
萌………、いや冗談だけど。
「梨沙は頭いいからそこまで努力しなくてもいいでないか」
木沢の登場で外面だけは立ち直った美島が言う。
「うんん。私、あんまり頭の出来良くないから、毎日努力しないとすぐ成績落ちちゃうんだよね」
典型的な努力型の人の発言だ。
しかもそれを自慢していないところが、木沢さんが天然キラーたる特性なのかどうかはどうでもいいか。
「出来が良くなくて1割以内なら私はなんなんだ」
若干ひがみっぽく言う美島。
「えっと、それは菜月ちゃんが毎日部活で忙しいせいじゃないのかな?」
ホローが上手い木沢。
「む、それは確かに」
「そこで納得するから成績が伸びないんじゃないか?」
駄目人間の典型だ。
「むっ、そう言うこうくんこそどうなんだ?」
完全に余裕が戻った美島が腕を組んで僕を見る。
まるで僕が美島と同類であると決めきっているみたいではないか。
墓穴を掘ったなとは言わないけど、そう言えば去年は違うクラスだったからな。
どうでもいいけど、木沢とは2年連続一緒だ。
ちなみに紅葉とは2年連続別だったりする。
「菜月ちゃん菜月ちゃん」
「?、なんだ梨沙?」
木沢は半笑いで、美島に言う。
「あのね。こうくんはこれでも」
これでもってなんだ。
「学年2割以内なんだよ」
「…………………………嘘」
そんなにショックっぽく言わなくても。
「本当だよ」
「…………」
今度はまた違った感じで目を細めて僕を見る美島。
なんだか仲間に裏切られた猿のような悲壮感が出ている気がする。
「別に、木沢に比べたら大したことないよ」
「それは私に対する嫌みか」
「そう思えるのは自分の努力に自信がないからじゃないのか」
「私は別に努力をしていない訳じゃない」
「そうなの?」
「そうだ。ただ努力の仕方が分からないだけだ」
「ふーん。じゃあ木沢に聞いてみれば?」
「えっ!、私?」
「うん」
何てったって学年1割なんですから。
僕に話を振られて微妙に慌てた様子の木沢。
「べ、別に大したことはしてないよ。ただ毎日予習復習してるだけで…」
「私だって毎日竹刀で素振りしてるぞ」
「それで成績が伸びたら今度僕にも教えてよ」
「それは嫌みなのかこうくん」
「そう聞こえたならそうなんじゃないかな」
「むっ」
口をへの字にして、僕を睨む木沢。
「どうしたの美島さん?」
「今日のこうくんは嫌いだ」
「じゃあ明日好きでいてもらえるように努力するよ」
「うん。精進しなさい」
「それより菜月ちゃんが勉強したほうがいいんじゃないかな?」
珍しく木沢さんが突っ込みにまわったぞ。
まぁ、僕がある程度勉強が出来る訳は、至極簡単なんだけどね。
なんたって家には優秀な家庭教師がいるから。
ふむ。
家庭教師って、なんだかちょっとエロ、くもないか。
どうでもいいしね。
「あれ?」
木沢は前を向いて声をあげた。
僕と美島もそれにつられて前を見る。
そこには、僕らのクラスの担任が、教室の前のドアを開けて教室の中を見渡していた。
なんだ妙な雰囲気だ。
そして、少しして僕と目が合う。
ちょっと、予感が、頭をよぎった。
経験から来るものというよりは、虫の知らせに近い感じで。
「おい、ちょっといいか」
そして担任(38才、男性、既婚)は、僕の名前を呼んで手招きした。
うーむ。
的中しないといいなぁ。
僕は立ち上がって、先生の側に寄っていく。
ついでにクラス中の視線も僕に釘付けだ。
木沢と美島も目を丸くして見てる。
僕が先生の前につくと、先生は教室外に僕を出し、ドアを閉めた。
「どうしたんですか?」
僕のその問いに、僅かな躊躇いのあと先生は簡潔に言う。
「警察が、おまえに話を聞きたいらしい」
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