その10 よびだし2





担任の先生に案内されて僕がついた場所は、来客用の応接室だった。

当たり前だけど、この学校の生徒である僕は1度して入ったことはないし、別段入りたかったわけでもないけど。

出来るなら、もうちょっと穏便な内容で呼ばれたかったと切々に思っている。

まぁ、どうでもいいんだけど。

とりえず、先生に催促されたのでドア開けて1歩中に踏み込んだ。

「あっ、どうもどうも」

中にはいるとまず、軽い感じで挨拶された。

部屋の中にいたのは2人の中年の男で、たぶん2人共警察だろうな。

雰囲気で、それは分かるし、そもそも先生に言われてたんだっけ。

2人とも、応接室のソファに座っている。

片方の今挨拶したほうは、少しよれた感じのスーツを着ていて、軽そうなそれでいてつかみ所がないような感じだ。かなり猫を背負っている背中に、口の端で笑うような笑い方をしているところがいやらしい。それでいて威圧感がないわけではないところが、あれだね。

もう1人の方はこちらとは真逆で、しっかりと伸ばした背筋に、眼鏡の奥に光る鋭い眼光、堅く結んだ口元と、ばっちり堅苦しそうだった。というか相手を萎縮させるための存在だと説明されても納得してしまいそうなほどに鋭い。それだけで気の弱い人間なら卒倒してしまいそうなほどに。

うむ。

今までに1度も見たことがない人達だな。

別に普段から警察にお世話になってるわけじゃないけど。

僕がそんなことを考えてると、軽そうな方の人が、先生に言う。

「すみませんねえ。では、先生さんはいいですので。はい、どうでもでした」

先生はそう言われ、少し躊躇して僕を見てから、おずおずといった調子で引き下がっていった。

どうやら僕と一対一、じゃないか。二対一で話す気のようだ。

別に僕が先生の同伴を強く要請すれば断るわけにはいかないのだろうけど、別段、必要に感じなかったのでやめておいた。

どうせいても二対一プラス他1名程度差だっただろうし。

先生が完全に去ったのを確認して、僕は声をかけられた。

「わるいですねえ、学生君。あっ、そこに座ってくれるかな」

そう言って、僕に自分達の座る正面のソファを勧めてきた。

特に断る理由もないので、僕はソファに深く腰掛ける。

ソファはちょっと、スプリングが堅すぎる気がしてならない。

やっぱり僕はももちゃんの部屋にある低反発のソファが好きだなぁ、教室の椅子よりかは遙かにマシだけど。

僕がソファに座ると、やはり軽い方の男が、含み笑いをしながら胸から手帳を取り出して僕に見せてきた。

「まあ、もう先生から聞いてると思いますけど、僕は、県警の唐木花袋って言います」

ふーん、変わったな名前だな。僕が言えた義理でもないけど。

唐木さんが言うと、隣にいたもう1人の刑事さんも同じように名乗る。

「同じく県警の、阿東英治だ」

「どうも」

とりあえず、挨拶対して僕が返事を返し、それから僕の名前を確認する。

「へぇ、変わった名前ですね。今まで見たことがないですよ」

「そうですか」

僕はそれに、同意だけはしておいた。

おそらく、相手はすでに把握していたことだろうから。

「授業中に呼び出しちゃって悪いですねぇ。僕らとしても手早く終わらせたいですから。ちょっと質問に答えてくれるだけでいいんですよ」

「はあ」

というか他にすることもないだろうに。

どうでもいいけど、さっきから話しているのはほとんど唐木さんだけだ。

なんらかの役割分担があることがそこから分かる。

「うん。では聞きますけど。…もしかして君はもう知ってますか?」

最初の質問にして、最初の詰問。

うむ、様子見か。

というか手早く終わりそうもないな。

………うん。

早めに、把握するとしよう。

「何をです?」

「今日、この学校で生徒さんが1人死んだんですよ」

いきなり本題に入ってきた。

そして、さっきから強い視線を阿東さんから感じる。

反応を見ているってことか。

少しだけ、この2人の意味が垣間見えた。

「そうですか」

「ええ。…聞いていません?」

唐木さんは、僕を下から見上げるように見てくる。

「風の噂で少し」

「クラスメートか誰かに聞いたんですか?」

「さぁ、よく覚えていませんね。学校は狭いですから。珍しいことがあるとすぐに広まるので」

「ははっ。なるほどなるほど。では、遺体は見ていないのですね?」

「いえ、今朝見ました。学校に来たら人だかりが出来ていたのでその時」

美島の時とは違い、僕ははっきりと言った。

此処で曖昧にして、後で追求されても面倒そうだし。

僕がそう言うと、唐木さんは奇妙な顔をした。

「…ほお。そう、ですか。」

「はい」

「うん、なるほど。だから僕が生徒さんが死んだと言った時も驚かなかったんですね」

「そんなとこです」

実際は、違うけど。

慣れと、それ以外にいろいろと。

何にしても、どうでもいいことだったから。

僕の答えに唐木さんは、膝を2度ほど叩き。

「ははははははははははははははははっ」

なんだこの人、いきなり笑い出したぞ。

どうやら何か僕の発言がつぼに嵌ったらしい。

でも隣にいる阿東さんがノンリアクション過ぎて僕はどう反応すべきなのやら。

まるでおかしな喜劇でもみてるみたいだ。

「はははっ。…いやいや、ごめんね。それにしてもおもしろいですね君。」

「はぁ」

「ははっ。じゃあ、話を続けますけど」

そう言って唐木さんは、手帳を再び取りだし、その中を捲っていく。

そして真ん中当たりで止め、質問を再会。

ただし、目線は僕をみたままだ。

「君は、死亡した生徒の遺体を見たんですよね?」

「はい」

「では、その時の状況を教えてくれますか?」

「えっと…」

僕は、今朝の事を思い返す。

「いつも通り登校してきてたら少し騒がしくて、それで周りを見渡してみたら人だかりが出来てたから寄って行っただけです」

「ほう。でも場所は下駄箱がある方向とは違う所じゃないですか?。何でわざわざ寄っていったんですか。」

「別段、理由はないですよ。ただの好奇心です」

それと、わずかな予感がしたからってのもあるけど。

それは、言う必要も、気もないけど。

僕の答えに、阿東さんが少し目を細めた。でも、特に何もいってこない。

相変わらずこの人は、黙っているだけだ。

「そうですかそうですか。それで、寄ってみると死体があったと」

「ええ」

「君が死体を見たとき、それはどんな状態でした?」

……。

うむ。

何というか、確信の表面だけを手でなぞってるような質問ばかりだな。

僕は基本的に受け身だから、別になんでもいいけど。

「頭部を中心に血が広がっていました。それと、たぶん男子生徒だと思うんですけど、あお向けに倒れていました」

「それだけですか?」

「はい」

「うん。…そうですね。それを見て、君はどう思いましたか?。」

「はい?」

「ああ、すみません。曖昧すぎましたね。簡単に言えば、あなたは彼がどうして死んだんだと思いましたか?」

「それは、死因はなんだったか事ですよね?」

「はい」

と、唐木さんは頷く。

「さぁ…、パッと見ただけですし、頭をぶつけたんじゃないか程度にしか」

僕は曖昧に濁すように言う。

けれど、あの死体の状態から、何となく予想は、立ってる。

あくまでも、予想、だけど。

「そうですか。うん。実は、ってほどでもないですが、特別教室廉って言うんですかね?」

「はい」

「どうやら死因はね、そこの屋上から飛び降りた際に、地面に強く頭をぶつけたせいらしいんですよ」

ふむ。

「それで即死、というわけです。頭を強くぶつけたのと、他には首の骨も折れてましたからね。まぁ、状況からいっても、飛び降り自殺じゃないかって僕達は考えているんですけど。頭、潰れかけちゃってますし。靴もご丁寧に、屋上に並べて置いてありましたから」

「そうですか」

「はい」

そこで唐木さんは、いったん手帳を閉じた。

僅かに、空気が変質する。

「それとですねえ、ちょっと話がずれますけど、いいですか?」

「はい」

……うん。

くる、と思った。

表面をなぞっていただけの手が、中身に、侵入する。

「君、千種一哉って生徒を知っていますか?」

「…えっと」

「知っているんですか?」

唐木さんは言葉で、僕を追い立てる。

それに乗って僕も、少し加速してみることにした。

「はい。確か、僕の隣のクラスの生徒です」

「へぇ、そうなんですか」

唐木さんは、大きく驚いたそぶりをする。

白々しい態度にもほどがあるが、僕も人のことは言えないし。

「それで、その千種一哉くんがどうかしたんですか?」

僕がそう言うと、唐木さんは僕に顔を寄せる。

「実はですねえ。今回死んだ生徒さん、その千種一哉くんなんですよ」

「はぁ、そうなんですか」

「そうなんですよ。見たときに気づかれませんでした。」

「いえ、さっきも言ったけどパッと見ただけなんで」

「ああ、そうでしたね」

そう言って唐木さんは、顔をにやけさせながら体を戻す。

うん、……まだ、浅い。

確信にだいぶ近い予感だけど、まだ何かある。

唐木さんは、椅子に深く腰掛け、僕を見据えて言った。

「それで君とその千種君、何か特別な関係とかありましたか?」

…………………………。

ふーん、なるほどね。

分かった分かった。

確信に触れる前置き。

そして僕がその質問にいいえと答えると、唐木さんは再び身を乗り出した。


「実は君が、昨日その千種一哉と言い合いをしていたと聞いたんだが」


ただし、質問してきたのは阿東さんだった。

「これは、本当か?」

唐木さんとは対照的な、明らかに相手を威圧してる声。

相手に言わなければいかない雰囲気を作り出す言い方だ。

唐木さんは、今は僕の方を口の端だけ笑って見ているだけだ。

役の、チェンジか。

「ええ、本当ですよ」

僕が頷くと、いつのまに取り出していた手帳に、唐木さんは書き足している。

かりかり、かりかりと、相手を急き立てるように。

「何を話したんだ?」

「…………………………」

あー、どうしようか。

そっちに飛ぶと、どうしても、なぁ。

……うん。

仕方ない、か。

加速に、まかせてしまおう。

「別に、大したことじゃないですよ。ただ、昼休みになると僕が、隣のクラスにいる友達のところで一緒に食事をとるんですが。それが彼は気に入らなかったみたいで。その事で少し文句みたいな事を言われただけですよ。隣のクラスやつがこっちに来るな、みたいな感じで」

「それだけか?」

さらに低くなった阿東さんの声。

「ええ。それだけです。それ以上も、以下もありませんよ」

「取っ組み合いになったりとかはしなかったのか?」

「ないですね。僕は平和主義ですから」

「ふん。その時に千種一哉の様子に不審な様子はなかったのか?」

「さぁ、どうでしょう。僕は彼の普段を知りませんし。話したのも、昨日が初めてでしたから」

口を閉ざす阿東さん。

眼鏡の奥の目は僕の方を見てるけど、思考しているのは明らかだ。

でも、と僕は思う。

これで、今回は終わりだ。

とりあえず、この2人の底は、把握した。

相手はたぶん、まだ僕の事を掴みきれていないだろうが、これ以上、話しを続けることもない。

それに、もう。

「うん」

その時、学校中に、授業終了の合図が、鳴り響いた。

さっき此処に移動してくる時に鳴っていたから、これは3時間目終了の合図だろう。

その音を聞いて、唐木さんと阿東さんは目を合わせ、頷き合う。

「ああ、長らくすみませんでしたねえ。もう結構ですよ。ありがとうございます」

そう言いながら、唐木さんは立ち上がる。

「いえ、こちらこそ。何も大したこと無くてすみません」

僕はそれに答えて立ち上がった。

阿東さんは、すでに無言で立ち上がっている。

「いえいえ。大変参考になりましたよ。もしかすると、また話しをお聞かせ願うかもしないので。あ、これ私の連絡先が書いてあるので、他に何か思い当たる点があったらご連絡ください」

唐木さんは、そう言って僕に名刺を渡してくる。

僕はそれは受け取って、軽く頭を下げ、特に振り返ることもなく、来客用のその応接室から、退室した。

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