その7 よびだし(告白か!?
「最近は物騒だから夜はあまり遅くまで外出しなように。補導されてもたいへんだからな。じゃあ今日はこれで終わりだ」
先生の言葉と共に、生徒全体で適当に礼して今日の学校が終わった。
別に感慨も何も沸かないけど、変わり映え無かったなぁとか思ったり。
どうでもいいっしょ。
「よっこいせ」
僕は自分の鞄を持ち上げる。
そして、すぐに教室のドアの方へと向かおうとしたところで美島に捕まった。
「なんですか?」
ちなみに首根っこを掴まれている。
こう、猫を持つみたいに。
結構痛いよ美島さん。
「まあ待ちなよこうくん」
「それじゃあ離しておくれよ美島さん」
「嫌じゃい」
えー。
何となくそうかなと思ったけど、やっぱり断られたか。
しかもさっきより強く握られてるよ、痛いって。
「駄目だよ菜月ちゃん。こうくんが痛がってるよ」
救援が登場した。
後光が出てるよ木沢さん。
「握るならもうちょっと優しく握らないと」
「………」
「………」
「え?、何で2人とも黙るの?。」
何だか僕らの沈黙に焦っている木沢さん。
僕らの沈黙の意味が分かっていないようだ。
「梨沙」
「なあに?」
「もう1回さっきのセリフ言って」
美島がセクハラもどきを敢行しようとしていた。
「え?」
「ほら、さっきの」
「え、えっと、こうくんが痛がってる、よ」
「違う。もうちょっと後」
「えっ…に、握るならもうちょっと優しく握らないと、かな。」
うむ。
なかなか卑猥だなぁ、特に木沢が言うと。
「………」
「………」
「な、なんで2人共黙るの?」
「なんでもないよ」
「うん、なんでもないよ梨沙」
美島はそう言うと、僕の首をようやく離した。
一瞬絞め返してやろうかと思ったけど、思っただけで止めておいた。
冗談だしね。
「で、美島はなんで僕の事を引き留めたの?」
「別に。何かすごい勢いで帰ろうとしてたから何となく」
「何となくで首を絞めるな」
「そこは愛嬌で」
「そんな愛嬌捨てちまえ」
「えへー。」
「笑っても駄目」
「コミュニケーションの一環だ」
「自分の首でも絞めていてください」
「私はSだ」
「それで?」
「こうくん絶対Mだろう」
「なんで?」
「違うのか?」
「いや…分かんないけど」
「分からないならMだ」
「それはなんか嫌だ」
確かに受け身だけど、別にそれが好きだってわけでもないし。
何より、どうでもいいからね。
「とりあえず僕はもう行くからね」
「こうくん。なんでそんなに急いでるの?」
木沢は鞄を両手で膝の前で持って聞いてくる。
僕的には、目の前で繰り広げられたあの会話を軽くスルーするその精神が気になるところでもないが。
なんでそこまで僕に関わろうとするのか。
どうでもいいけど。
「今日はきっと用事が出来そうだからね」
「え、出来そうってどういうこと?」
「そのままの意味だよ。字面通りその通りに受け取って貰って構わない」
「うーん。よくわかんないよ」
「うん、分かってもらわなくてもいいからね、別に」
「そ、そうなんだ。…難しいね」
「そう?」
これ以上になく簡単だと思うけど。
とりあえず僕は先に進むことにした。
「じゃ、僕は行くから。じゃあね」
「うん。バイバイ」
「さよならだ、こうくん」
2人の声を聞くと同時に、僕は教室のドアを開けて廊下に出る。
そして数人の学生に混じって廊下を歩いていく。
「………」
すると、少し先の廊下の壁に1人の男子生徒が壁に背中を当てて立っていた。
明るめの茶髪に、着崩した制服の生徒だ。
別にそれ自体はどうでもいいんだけど、僕がそれを気になったのは、その男子生徒が思いっきり僕の事を見ているからだ。
あの教室で見られた視線と、ほぼ同質のものを含んで。
あからさまな嫌悪だ。
「ふむ」
これは、やっぱり、かな。
どうでもいいけど面倒そうだなぁ。
僕は、出来るだけ正面だけを見ながらその男子生徒の前を素通りしようと歩いていく。
「っと」
おいおい。
おもいっきり肩掴みおったよ。
そっちは紅葉に刺されたほうだからちょっと痛い。
掴まれるのはやっぱり女の子のほうがいいなぁ。
「………………………………………………………………」
「……何か用?。」
とりあえず僕の方から声をかけてみる。
「…」
僕の言葉に、その男子生徒は挑発的に笑った。
あーもう、……見えてくる。
出来るだけ考えないようにしてるんだから止めてくれ。
「ああ、ちょっと用があってさ」
「僕は特にないんだけど。そもそも僕は君のこと知らないし」
「はぁ?。別にあんたが俺の知らなくてもいいんだよ。とにかく此処じゃあれだからちょっと来いよ」
「……」
ふむ。
別に付いて行かなくてもいいんだろうけど、また絡まれるのも面倒だしなぁ。
なんだかしつこそうだし。
そう思って僕は、その男子生徒の後ろを付いて行くことにした。
…あ、雲がちょっと晴れてきてるな。太陽の光がそこから地上を照らしてる。
残念だね木沢さん。
その男子生徒は3階から2階に降りて、そこから真っ直ぐに反対側の校舎へと伸びる通路を歩いていく。
なるほど、特別教室の方に行くのか。
随分遠くまでいくんだなぁ。
そして、今度は階段を昇って、その男子生徒は1つの教室の扉を開けた。
ふーん、美術室か。
まぁ確かに、此処は授業がない限りまず人なんて来ないだろうし、今日は月曜日だから先生達は会議で部活もないし。
非常にひっそりとしているというか、僕ら以外誰もいない。
込み入ったら話をするならまさにうってつけってわけだ。
出来れば女の子に呼び出されたかったよ。
……………………………………………………………まさかこいつ、僕のこと。
だったらやだなぁ。
「おい」
「うん?」
「俺さ、一様言っとくけど隣のクラスの千種一哉って言うんだけど」
「うん」
自己紹介されても。
別にいいけど。
明日には忘れてそうだし。
「その千種一哉君が僕に何の用?」
「ああ。はっきり言うとな」
という前置きをして千種という男子生徒は言う。
「おまえ、もう俺達のクラス来ないで欲しいんだけど」
「……」
突然の命令。
ぼくたちしょたいめんぐらいなかんじじゃありませんでしたっけ?。
「正直さ、鬱陶しいだよね。編入生だかなんだか知らないけどさ、毎日毎日来やがってよ。俺らからしたらだいぶ目障りなんだよね。空気読んで」
「……ほう。」
ふむ。
まぁ僕から言うなら、君のほうがよっぽど偉そうだなぁとか思うけど。
クラス声でも代弁してるつもりなのか。
顔が実に好色そうに歪んでる。
決して少なくはない人間に当て嵌まる表情。
気持ちよさそうに。
どうでもいいんだけど。
「あんたが来るとクラスの雰囲気悪くなるんだよねー、マジで。空気っていうかそういうもんが。もしかして自分で気づいてないの?」
「さあね」
空気はよむものじゃなくて吸うものだから。
僕にはあまり、いい悪いはわからない。
わかろうとも思っていない。
理解は、してるけど。
どっちにしても、変わらないんだから。
「…………………………………………」
それにしても。
随分遠回り、してるなぁ。
「さあねって…、分かってんの?。あんたさ、マジでみんなの大迷惑になってるんだけど」
「うん。……………それで?」
「は?」
「それで、結局君は僕に何が言いたいわけ?」
「そんなのさっきも言っただろ。うちのクラスに来るなって…」
「だからさ」
僕は言う。
「君は僕に、何が言いたいの?。君が空気をよめるのはすばらしいことだし、クラスメイトを思いやるその心意気もすばらしいことだし、編入生の僕まで気にしてくれるその気配りもすばらしいことだと思うけど。正直」
うん。
「少し、飽きてきた」
「おまえ、何、言って…」
「別にそんなことを言うために僕のところに来たわけじゃないんでしょ?。それにさっきから、自分の事をクラスの代表みたいに言ってるけど、別に誰かに頼まれた訳でもないんだろ。…ねぇ、空気がよめる千種一哉くん」
さっきから千種一哉が言ってことは、思ってるとか、雰囲気とか、そんな曖昧な言葉ばかりだもんなぁ。
空気をよみ過ぎて、余計なものまで読んでしまってるような。
僕は吸う派だから、興味ないけど。
「だ、だからっ…」
僕の言葉に、千種の言葉が止まった。
若干、面食らったような顔している。
だから、底が見えるからやめろって。
「僕もそんなに暇なわけじゃないんだ」
これから家に帰ってみみさんの夕食を食べなくてはならないし。
「言いたい事があるなら、言ってくれないかな?」
催促。
「………」
少し、顔をしかめてる千種君。
僕としては、さっさと離して欲しいんだけど。
待ってる人もいることだし。
しょうがないから、ちょっと強引に話を切り上げる。
「ねえ」
「なんだよ?」
「一緒に弁当食べてるのがそんなに気にいらない?」
「っ……………」
今度は、本当にあからさまに顔を歪めた千種少年。
羨ましいなら今度ちくわでも分けてあげるよ、冗談だけどさ。
「………ははっ」
けれどその表情も、すぐに元も好色そうな表情に戻る。
…だから、やめろって。
出来るだけ考えないようしてるんだから。
「そうだよ」
千種は元の勢いで僕に言う。
「おまえさ、邪魔なんだよ。毎日毎日こっちの教室に来やがってさぁっ。友達いないのかよおまえ」
馬鹿にしてるような上から目線。
思わず木沢さんを見習えと言いたくなる。
見習ったら見習ったでもう人として見る気はしないけど。
「はっきり言うけどな」
それ、さっきも言ってなかったけ?。
「おまえ、もう薙ちゃんのそば来るなよ」
「なんで?」
「同じ時期に編入してきたとかどうとか知らないけどよ。おまえが毎日薙ちゃんの所に来るせいであの子の立場も悪くなってんだよ」
「ふーん」
僕のせいで、ねぇ。
自分だけのためじゃないと言いたい訳だ。
なんてすばらしい人間性。
「分かってんのか?。おまえは、俺達にとっても、薙ちゃんにとっても、かなり迷惑な存在なんだよ」
「そう」
どうしても、自分本意じゃないって。
空気を読んでるだけだと、を訴えるわけね。
しかも薙ちゃんにとっても、か。
押しつけがましいにも、ほどがあるんだろうなぁ。
どうでもいいけど。
もういっか。
「あのさ」
「あぁ?」
「そんなに言うなら、本人に聞いてみれば」
少し、卑怯な言い方かもしれない。
「っ…………」
言葉につまる。
「自信があるんだろ?。その薙ちゃんが、僕の事を迷惑だって思ってるっていう。いいよ、本人が迷惑だって言うなら」
うん。
「僕は2度と彼女に近づかない」
「……………………………………」
千種くんは沈黙している。
いい加減、結構時間経ってしまっているので、だんだん怖くなってきた。
それはもちろん待ち人のご機嫌であるのだが。
…左腕、痛いなぁ。
それに、とりあえず待ち人はなかなか人気者であることが分かった。
かわいいしね。
「うん。それじゃ千種くん。僕はもう行くから」
「…………………………」
僕は、何も言わない千種の横を昇降口の方に向かって通り過ぎていく。
さて、今日の夕食はなんだろうなぁ?。
ももちゃんが作るとカロリーとか関係なしに油分多めだけど、みみさんの場合はあっさり系の菜食中心だもんな。
肉はメインじゃなくて、どちらかといえばサブ役割をしている料理が多い。
後中華。
なんでもおいしいからいいんだけどね。
さーて…。
「ちょっと待てよっ!!」
「うん?」
なんだ?、後ろから声が。
僕が後ろに振り返ってみると、そこには1人の明るい茶髪の男子生徒がって確か千種なんたらくんだった。
みみさんの夕食が楽しみで一瞬忘れちゃってたよ。
で、なんで呼び止められたんだっけ?。
「…………………………言ってたぞ」
「ん?」
千種なんたらくんは、今までで一番好色そうな、得意げそうな顔をして、自信満々に虚勢を張って言っている。
虚しい勢い、まさにそれだな。
「言ってた、…言ってるんだよ」
「何を?、誰が?」
分かり切ってることをあえて聞いてみた。
「その薙ちゃんが、おまえのことを迷惑だって言ってた言ってるんだよ」
「…………………………………」
「おまえが毎日毎日来るのが鬱陶しくてしょうがないだとよ」
「…………………………………」
「ははっ、分かったかおまえ!。薙ちゃんはおまえなんか邪魔でしょうがないんだよ!」
「…………………………………」
「どうなんだよ!?。2度と来ないんだろ!」
「…………………………………」
「おいっ、なんか言えよ!」
返す言葉すら惜しいとはこのことなかもしれないと悟りを開きかけていた。
だけど、
「…………………………………」
「言えって言って…」
「嘘だ」
僕は、言った。
「君が言ってるのは、全部嘘だよ」
僕の断言に狼狽する千種くん。
「…………な、なんで、そう言えるんだよ」
「別に、理由は在って無いようものだから。でも君の言葉が虚構だらけの捏造まみれの虚言ばかりだってことは分かる。君は嘘をついている。これはこれ以上間違いなくて、これ以下もそう」
「だから!、なんでだってつってんだよ!!」
いい加減錯乱してるのか怒ってるのかよく分からない千種くん。
こういうときだろ、ほら。
くうきをよめってつかうのは。
「君には、分からないよ」
突き放す。
言葉で、ついでに態度でも。
明確な壁を、構築してみた。
「なっ…に…」
言葉に詰まる千種くん。
これ以上、相手にするのも億劫だ。
「君にはたぶん、絶対にわからないと思うよ」
たぶんと言いつつ、絶対をつけても不自然があまりない。
日本語って不思議だなぁ。
「それじゃあね、千種君。また明日。覚えてたらね」
急げ急げ。
遅刻だ遅刻。
うーん遠いなぁやっぱり。
それに基本的に特別教室廉と普通教室廉の間は一本しか通路がないのに、1人の生徒ともすれ違わない。
普通教室廉に来るとちらほら人影が見えないこともないが、基本的にどの教室も無人。
これは本当に急がないとな。
ご立腹なのが目に見えている。
「………うむ。」
それにしても。
僕は、さっきの会話を思い返す。
「嘘だよ、か」
うん。
おもしろい。
笑わないけど、おかしくてしょうがない。
なんだそれ。
「君には分からない、ねぇ」
一体どの口が言ってるんだろうなぁ。
笑い話にしかならないぞ、本当に。
「なんだろう?、…………うん」
本当に酷い、大した嗤い話だよ。
僕が言うとなんだか何を言ってもそんな気がしてならないけど。
今さらだしね。
まったく、どうしようもなく。
「どうでもいいなぁ」
そうとしか、言いようがない。
僕は下駄箱で靴に履き替え、校内から外に出て校門に向かっていく。
「………………おっ」
間違えた間違えた。
今日は僕らが買い出し当番だったんだっけ。
そしたら西門じゃなくて東門で待ち合わせだったな。
お店がある方向、僕の家とは反対側だし。
僕はすぐに踵を返し、僅かな坂道を上がって普通教室廉側から特別教室廉の方へとゴミ捨て場の横を抜けていく。
ようやく僕が西の校門から出ると、すでにそこには1人の女子生徒が立っていた。
真っ黒な髪の毛に、前髪パッツンの日本人形的な女の子。
僕はその子の側に寄っていく。
「お待たせ紅葉、待った?」
「うんん、そんなに待ってない」
僕の言葉に、紅葉はそう首を振って答えた。
あれ?。
怒ってない?。
「紅葉?」
そして、なぜか紅葉は、僕の真ん前に迫って来ていた。
「コウ」
「なに?」
「ちょっと目瞑って」
そう言って紅葉は、珍しく笑っている。
ふむ、滅多にみれないからもうちょっと観賞していたいけど、しょうがない。
僕は頷いてから素直に目を瞑った。
そして、同時に起こる風切り音。
さらに、ほぼ同時に起こるズドンという衝撃音。
発生源は僕の頭。
「…痛い」
紅葉は振りぬいた鞄を持って、明らかにその表情を引きつらせていた。
「この愚図っ!、のろまっ!。どれだけ私を待たせたら気が済むわけ?」
「先に行ってても…」
「口答えするな!」
さらに鞄アタックが追加された。
しかも横じゃなくて縦だからかなり痛い。
教科書の重みプラスα。
何だろう?。
「ごめんなさいごめんなさい」
とにかく素直に謝罪。
「…………………………………」
無言の紅葉。
「紅葉?」
「馬鹿」
紅葉はそう言うと、どんどん先に歩いて行ってしまった。
その足取りは、うん。
踏みしめているという表現がよく合っている。
「うむ」
それにしても、夕日がきれいだなぁ。
残念だね木沢さん、空はオレンジ色だよ。
どうでもいいけど。
まったくもって、どうでもいいけど。
とりえず僕は、紅葉の追いかける事にした。
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