その14 きみのために、いつもどうり
警察が来て、僕らは一旦連れて行かれた。
僕らというのは、僕と、紅葉と、茉矢木くんだ。
連れて行かれたといっても、僕ら自体が未成年だしそれ以前に学生なので、警察署ではなく、この前僕が警察の人と話した来客用の応接室だ。
それも、3人同時ではなく、1人ずつ。
順番は、茉矢木くん、次が僕で、最後に紅葉だ。
それで丁度今、茉矢木くんが話を終えて出てきた。少し俯き気味で、応接室の前に椅子を置いて座っている僕らを見てはいない。
「次はきみだ」
僕らを囲むように立っていた警察の1人が、僕に言う。
僕はそれに頷き立ち上がり、それと入れ替わるように隣の席に茉矢木くんが座る。
ちなみにその反対側には紅葉が座っている。
僕がいない間に浮気すんなよ釘を刺しておこうかと思ったけど、それ以前に僕と紅葉はそう言う関係でもないので、もとから心配する必要もないことなんだけど。
「…」
紅葉は僕と目があったけど、何も言わない。
だから僕も、今は特に言うこともなかったので、そのまま応接室の中に入っていった。
「やあ、また君ですか」
と、親しみを込めた振りをした口調で、挨拶をされた。
特に誰と言うこともなく、この前僕が話した刑事のえーと…唐木さんだったかな?。それと阿東さんも一緒に座っている。こちら前と変わらず寡黙に腕なんて組みながら僕を見ている。
とりあえず僕も親しみを込めて挨拶を返すことにした。
「ええ、またあなた方ですか」
「そうですよ。毎度毎度すみませんねえ」
「いえいえ、すごく待ち遠しかったですよ」
と言いつつ僕は相手の合図も待たずに椅子に座った。
ふむ、相変わらず座り心地はまあまあか。精進しろよ。と僕は心で椅子に騙りかけてみた。
「そうですねえ、今回お亡くなりになられたのはもう誰かご存じですか?」
「いいえ」
何ぶん人見知りが激しいものでしてぇ。
おかげで両手に収まっちゃうんですよぉ。理由だけ虚偽ってるけど。
「そうですか。この度の被害者は女性でしてね、またまたあなたのお隣のクラスの生徒で、名前を高桐真梨子というんですが、ご存じありませんかねえ?」
「うーん」
ありすぎちゃって困ってるんですけどぉ。
確か僕のことをさんざん公僕のお世話になれと進めたあげく器物損害にはしろうとしていたような気がする。むしろおまえがお世話になれと言いたかったなぁ。
「どうですかあ?」
唐木さんはまた表面をなぞるように質疑をかけてくる。
まっ、あれだけ騒いだからな、ちょっと聞き込みすればすぐに分かることだし。
「ちょっと小耳にはさんだことがある気がします」
「そうですか。僕が耳にした話しだと、昨日あなたが彼女とまた言い合ってたということなのですが。そこのところどうなんですかねえ?」
「ああ、そういえばそうですね」
「思い出しましたか?」
「はい。すみません、最近物忘れがひどくて」
実際、3日もしたら忘れちゃうだろうし。昨日のことだけど。
どうでもいいからね。
「それでは聞きますが、その時高桐さんが言っていたことを何か覚えていませんか?」
「あんまり覚えていないですね。すごく興奮してて、何を言っているのかあんまりわからなかったですし」
「ほう、そうですかそうですか」
唐木さんは頷きながら取り出していた手帳に書き込んでいく。
「まあその話の内容ついては彼女と同じクラスの生徒からある程度聞いてますので、災難だったですねえ」
と、まったく思ってなさそうな顔で言う唐木さん。
だから僕も「まったくですねぇ」と、簡単に同意しておいた。
それから唐木さんの話は事件の確認に移り、数点の確認をした後、僕は解放されることになった。
どうやら、今回の死因も頭部を大きな衝撃が襲ったことが原因であるそうで、後頭部の上あたりを何か、鈍器のようなモノで殴られた結果らしい。
でも前回と違うところは、今回は僕に対して深い追求もなく、それ以前に僕にはアリバイ的なものあるだろうからあるはずもなく、最後にこう聞かれて終わった。
「君は、どうして死体のそばに寄っていったんです?」
「僕が寄っていったのはそこにいた知人のほうですよ」
「あ、そうだったんですか。お友達ですか?」
「そんなところです」
それだけの会話を交わして、僕は応接室から外に出る。
僕が外に出ると、入れ替わるように紅葉が立たされた。
「ああ、そうそう」
唐木さんは応接室の中から顔だけを出して僕らに言う。
「君らはもう帰っていただいて結構ですよ。お疲れ様でした。さ、お次の方、どうぞお入りください」
紅葉は、応接室に向かっていく。
そこですれ違いざまに、俺に内緒で浮気をしてたんじゃないだろうなぁと問いつめようと思ったけど、殴られそうなのでやめておいた。
「一緒にいようか?」
「いらない」
「うん。それじゃ、校門で待ってるから」
そう言って僕が行こうとすると、紅葉に声をかけられた。
「コウ」
「ん?。なに?、紅葉」
「…なんでもない」
紅葉は僕の言葉にそう返し、応接室の中に入っていく。
それを見送って僕が下駄箱の方に向かおうとすると、隣に茉矢木くんが並んで歩いてきたので俺の女に手をだしやがってと襲いかかろうかと錯乱しかけたふりしてみた。
冗談だよ。
「なあ」
歩きながら、茉矢木くんが話しかけてきた。
「こうくんってさ、その…薙さんと、どういう関係なん?」
「魚の骨でつつきあうような関係」
ただし方向性は一方だけだぞ。
「えっと、仲が良いってことでいいのか?」
「少なくとも悪くはないと思ってるよ。僕はね」
僕は茉矢木くんが紅葉を寝取る可能性があることを危惧したりもせずに、というか彼はありえないだろうけど、彼の顔をのぞき込む。
「茉矢木くん」
「なに?」
「警察の人に、なんて話したの?」
僕がそう聞くと、茉矢木くんは目線だけを、僕からはずした。
そして、重そうな口を、ゆっくり開く。
「…こうくん、その…じっと見つめるのやめてくれない?」
「なんで?」
「こうくん、顔がかわいいから、照れる」
「………」
僕は男なんですが。
しかもものほんの男から言われると、ももちゃんとかに言われるよりもずっと心に響くなぁ、本当に。
あぁ、切ない。どうでもいいけど。
僕は言われたとおり真っ直ぐ進行方向に視線を向ける。
「で、なんて言ったの?」
予想は、たってるけど。
「い、いや。なんで、あそこいたのかってまず聞かれて」
「うんうん」
「美術室のゴミを捨てに行ったら、中庭に誰かいて、それで覗いてみたら…」
と、そこで言葉が止まる茉矢木くん。
もしかするとあんまり大きな叫び声をあげてしまった自分を今更ながら後悔しているのかもしれない。
よし、慰めないでおこうと僕は思った。
冗談だけど。
「そこに女生徒2人がいたと。片方はご臨終だったけど」
「あっ、ああ。そんな、感じ」
茉矢木くんは僕に合わせるように頷く。
「ふーん。じゃあさ、なんで上履きのままだったの?」
「え?、上履きって…」
「だってさ、ゴミを捨てに行くなら外に出なきゃいけないでしょ?。うちの学校って非常階段の扉全部閉まってるかさ、下駄箱にまわらなきゃ外出れないじゃん」
一様裏技として窓から出るという手もあるけど。
僕の言葉に茉矢木くんは苦笑いで答える。
「あー、それな。ちょっと履き替えるのが面倒でそのまま外に出ちゃったんだよ。狩谷先生には内緒にしてくれよな。あの人、そういうのはめちゃめちゃ厳しいから」
「大丈夫。僕は口は堅いほうだからね」
それにきっと、1時間もしたら忘れちゃいそうだしね。
どうでもいいから。
そんなこんなで僕らが雑談しながら昇降口に向かうと、そこには竹刀袋を背負った美島となぜか濡れている上履きを持っている木沢がいた。
「お、おっすこうくん。茉矢木も」
「えへへ…」
明らかに挙動不審な美島と、いつも通りな木沢。
気になる方にだけ質問してみた。
「なんで上履き濡らしてるの?」
「え、えっとね。さっきので、ちょっと、びっくりしちゃって。その時に、その、絵の具で汚れちゃって…」
その先の言葉を詰まらせる木沢。
だけど視線を逸らさずに、息をのんで僕に質問をぶつけてくる。
「その、また…殺されたの?」
「……」
その言葉に、明確に表情を曇らせたのは、やはり、美島さんだった。
そして長めのポニーテールが、微かに揺れたので、今度こそ引っ張ってやろうかと思案していたら、茉矢木くんが口を開いた。
「大丈夫だって。死んだ2人とは俺達なんの関係もないじゃん。そりゃ今回は俺が呼ばれたけどさ、それは別に殺されたこととは関係ないことだし」
まぁ僕を除いてだけどね。
この3人は少なくとも茉矢木くんの言うとおり関係はなさそうだけど。
うーむ。
茉矢木くんもフォローしたことだし、僕も紅葉が来るまでの時間潰しに何か言っておこうかね。
「そうそう。それにきっともうすぐ解決するって」
「え?、どうして?」
木沢が不思議そうな顔で僕に聞いてきた。
他の2人も同様の表情で僕を見てくるので、なんだか少し照れてきたこともない。
「明日ね、警察が特別廉を封鎖して一斉に調査するんだって。だからきっとすぐに解決しちゃうよ、こんな事件」
そして学校に平和が戻るさぁ、どうでもいいけど。いいんだけど。
だけど、どうでもよくないことが、1つある。こんな、僕にとっても。
「…」
1人、際だって暗い人がいたので、何となく、いつも思っていた事を決行してみた。
「とう」
「きゃっ!」
予想以上に可愛い声をお出しになったのぉこのおなご。
なかなか引っ張りがいがありました。
「な、なななななな何をするっ!こうくん!」
「ナニをしたんだよ美島さん」
「?」
「何でもないよ。ごめんね、何だか引っ張りたくなっちゃて」
「そ、そうか」
「うん。なかなかいい手触りだったよ」
「そ、そうかっ、ははっ。さすがこうくん、この悪代官めっ」
「いやぁ、姫属性には敵わないよ」
「いやいや、でも幼なじみ萌属性にはさすがの私も敵わないよ」
と中身のない空元気の会話をしてみたけど、うむ。
それにしても。なんだか僕が励ましてるみたいになっちゃたなぁ、どうしたことか。ただ欲求に従ったあけなのにねぇ、まったく。
どうでもいいけど。今日あたりももちゃんのも引っ張ってみることしよう、うん決めた。絶対にやろう。
「なんの会話だよ」
と茉矢木くんは苦笑いで突っ込んでくる。
ふっふっふ、君が僕達の域に達するにはあと3千里ほどたらないぞ。
「えへへ、でも菜月ちゃんちょっと元気でたね」
「む、何を言っている、私は初めから元気だぞ梨沙」
「うん、そうだね。元気だよね」
へへ、と笑って舌を出す木沢さん。
ズキューンとどこかで何かが撃たれた音がした気がする。
念のために言うと僕じゃないぞ。
「かわいいよね。ね、茉矢木くん」
「え?。あ、うん。そう、だな」
茉矢木くんはそう言いながら頬をかく。
目に焼きつけときな、木沢狙ってる男子はいっぱいいそうだし。
「木沢、そろそろ帰ったほうがいいんじゃない?。外もだんだん暗くなってきたし」
「うん?、あ。そ、そうだね」
「そうだな。暗くなる前に急いで帰ろうか。」
美島と木沢はどうやら僕の言った意味が分かったようで、小さく頷く。
「んじゃ、俺も帰ろうかな。こうくんはどうすんの?。一緒に帰る?」
茉矢木くんの言葉に対して、僕は首を振る。
「ごめんね、僕はちょっと用事がまだ残ってるから。じゃあね」
「うん、またね」
「さらばだこうくん」
「じゃあな」
1人侍がいた気がするがまあいいか。
3人にたいして軽く手を振り返しつつ、僕は手に残った美島さんの髪の感触を思い出しポッと赤面……、念のために言うけど嘘だからね。
さすがにそれぐらいじゃ赤面しない程度には耐性はあるさ、自信はないけど。
それから僕は、そのままにしておいたプリントの山をどうするか迷い、1持っていく2そのまま放置しておくかの選択で考え、隠れ選択第3のシュレッターにかけるという選択をするのもおもしろいなぁとか思いつつ、結局1番安全策の1を選んだとさ。
みんなもこんな大人になっちゃ駄目だぞ。
人生は冒険してなんぼだぞ、どうでもいいんだけど。
僕は受け身だからなぁ。
とにかくプリントを先生に届けて、それから待つこと1時間ぐらい。
僕よりも長く応接室で警察に詰問されていた紅葉は、不機嫌そうな顔をさらに不機嫌そうにして帰ってきた。
「お帰り」
とりあえず満面の笑みから笑みを抜いた顔で出迎えてみた。
そして鞄を鈍器に変えて遠心力を足したものが僕の頭に直撃した。
随分不機嫌だなぁ。紅葉あんまり好きそうじゃないもんね、ああいうおじさま。
「…」
紅葉はそのまま無言で、下駄箱から靴を取り出しているので、僕も同じように取りだし、外に出る紅葉の隣に並ぶ。
「私は」
そこで、紅葉は言う。
「人を殺さない」
僕の方をみずに、前を見たまま、そう呟く。
「うん」
それに対して僕は、頷いて、言う。
「分かってる」
「絶対に、私は、殺さない」
「分かってるよ」
「殺さない、殺さない、殺さない。…でも」
紅葉が、僕の方を向いた。
「死んだ」
その表情は、能面のように、動かない。
「また死んだ。人が死んだ。私の側で、死んだ」
「そうだね」
僕も、紅葉の方を向いて、頷く。
「まだ、誰か死ぬ?」
「どうだろうね」
「次は、誰が死ぬ?。私?」
そう言いながら紅葉は、本当に人形のように、首を、傾げる。
「紅葉」
「コウ。次は、誰が死ぬの?」
「大丈夫だよ、紅葉」
「コウ」
「うん」
そんな紅葉を見ながら、僕は、言葉を紡ぐ。
「大丈夫。いつも通りだよ。いつも通り」
「この悪意、僕が殺す」
「だから、大丈夫だよ。昔から、そしてこれからも、僕が全てを殺してあげる」
僕は、そう言いながら、満面じゃあないけれど、静かに、微笑んでみる。
「………」
「……」
無言で見つめ合う僕らとナレーション。
そして紅葉は、ゆっくり顔を前に向ける。
それから少し大股で、どんどん前に進み出した。
「紅葉?」
「早く来い愚図」
振り返らず、どんどん進みながら、紅葉は僕を罵倒する。
だから僕も、追いつけるように、少し大股で、歩くことにした。
きっとすぐに追いつけるだろうけど。
出来るだけ、急いで。
期待に添えることにしようと、勝手に僕は思った。
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