その2 あされん













早朝。

だいだい5時30分ぐらいか。

僕は正直、久々に到来した低気圧を舐めていたと若干の後悔を膨らませている。

なんだか吹き抜ける風にまで肌が凍りつきそうなほどの冷気があって、5月だというのにもうちょっと初夏の兆しをみせろと言いたい。

まぁそんなことをわらわらと思いつつ、僕は現在砂利をしきつめ黄色の紐で適当に区切りを造った場所に立っていた。

自宅から出てすぐの所にある、現在何もない空き地を利用してどこかのどなたかさんが造った簡易駐車場だ。でも結構スペースあるのに止まっている車は白いワゴン車が一台だけで、他には一台も見あたらない。

どうでもいいけど、なんでわざわざ8台分もスペース造ったのだろうか?。

実際に此処にこの車以外が止まっていた事は見たことがない。

ついでに人通りも人気もまったくないなぁとか思ったけど、当たり前だ。

現在だから何と言っても5時30分。

だいだいの人はまだ寝てる。

僕も普段ならまだ寝てる時間である。

若干どころか寝不足気味。

隈はあまり出来ないほうだけど、頭が少し、ふわふわしている。

まぁだからといって、僕は別に朝の散歩なんて健康的な目的でこんな時間にこんな所にいるわけでもないし、人気がないほうが、好都合。

目的は、明確過ぎるくらいはっきり別にある。

「ふぁぁぁっ…うぬうぬ……」

だけど、目の前いる奴もいかにも眠そう大きく口を開けて欠伸をしやがった。

このやろうぉ。

それにつられて僕もなんだか眠気が強くなってきてしまったではないか。

「……おっと」

一瞬だけ夢の世界へ旅立ちかけてしまった。

危ない危ない。

生まれて初めて立ったまま寝るなんていう荒技をするところだった。

「いかんいかん」

そう言って僕は、軽く頬を叩く。

否が応でも目を覚まさなければ。そうでなくては死ぬというルールも作ろうか。

そうすれば僕も、もう少し必死になるかもしれない。

……。

いや別に寝ないことに命懸けたいわけじゃないけど。

「うぉおーい!、こーちゃん!。準備オッケーかぁー?」

僕の目の前にいるやつは、わざわざ手を大きくぶんぶん振って僕に話しかけてくる。

「声大きいよ聞こえてるよ近所迷惑だよ」

「む、別にここは我が家ではないから近所ではないっしょ」

「そんな細かいこと気にするなよ。人目についたら面倒だろ。それに近所って言うのは近くの家って意味で別に自分の家の近くである必要は…」

「むー、分かった分かったよ。もうっ、こーちゃんは真面目さんなんだから」

そう言ってそいつは腰に手をあて、大きく(たいしてない)胸を張る。

まぁ僕としては、大きすぎるよりかは遙かに好みではあるけど。此処だけの話ね。

そのひよこ柄でもなくてニワトリ殻でもなくて卵柄のパジャマでそうやってると、どうにも子供っぽく見えて、とても僕と同じ年には見えない。

「というかそのこーちゃんってなんだ。僕としてはちゃんづけは女っぽくてあんまり歓迎したくないんだけど」

まるで小学生みたいではないか。

「えー、いいじゃんこーちゃんかわいいじゃん。こーちゃん、お顔がとってもキューティクルだからすっごく合ってると思うよ」

ぐぁ。

このやろう。

「うるさなぁ、もう。それ結構気にしてるんだから直で言わないでよ。言うなら影で言ってくれ」

「陰口言われてもいいの?」

「僕に聞こえなきゃいいの」

「ふーん」

「分かった?、そーくん」

「うきゃ!?」

そいつは僕の言葉に軽妙に跳ねる。

相変わらず見てて愉快なやつだと僕は安心してみた。

「うわー、うわー。こーちゃん酷いよー、鬼だよー、此処に悪魔がいるよー。かわいい女の子に向かってくんづけなんて法律違反だよー」

自分はやっていいのか。

というかどこの国の法律かものすごく気になるところだ。

冗談だけど。

「それを先にやったのはそっちだろ。分かったか?、僕の気持ち」

骨に身に染みやがれこのやろう。

この際だから自分でかわいいとか言ったのは放置だ。

「うー、うー」

変な泣き真似。

なんか動物のうなり声みたいだ。

「分かったよぉ、そうするよぉ。こーくん」

「うむ、分かればよろしい」

「でもこーくん」

「ん?」

「かわいい女の子にはちゃんづけならさ、かっこいい男の子にはくんづけってことなんでしょ?」

「うん?」

それはものすごい差別の始まり気がする。

しかも限定表現。

まぁ、どうでもいいことなので、此処は聞き流しておこう。

「うん、それで」

「でもさぁ」

「うんうん」

「こーくんはかわいい男の子だよ」

「うるせぇ!」

思わず怒鳴ってしまった。

だから何度も言うが気にしてるんだ僕は。

「いいからもう、さっさと始めようよ。このままだと朝ご飯間に合わないかもよ、ももちゃん」

「あー、そうだねこーくん。こーくん、なぎちゃん起こさないといけないもんね」

「そうそう。たまには自分で起きて欲しいけどね」

「あははー、嘘だー。だってこーくん、なぎちゃんワショーイだもんね」

「………」

ごめんなさい。

どういうことなのかさっぱり分かりませんでした。

「分かった分かった。とにかく早く始めよう」

「おっけー」

いや、だから。

そんな1メートル半ぐらいの距離で大声ださなくてもいいから。

……まっ、どうでもいいんだけどね。

「はいはい、いつでもどうぞ」

そう言って僕は、軽くつま先を上げる。

こう、動きやすいように。

「よっしゃー、いっくぞー!」

そう言いながらももちゃんは、僕に向かって気軽に一歩踏みだし、


僕の右眼に向かって、ナイフを突きだした。


「っ…」

いきなり目か。

それは予想外だった。

僕は、それをどうにかよける。

かっこよく顔を少し逸らしてさけるという感じではなく、後ろに下がって少し間を空ける感じで。

つま先立ちだったので、体重移動が滞りなく始動した。

「ひゅおー」

だけどももちゃんはそう言いながら、後ろに下がった僕にさらに踏み込んでくる。

今度は姿勢を低くして、僕の左胸辺りを狙って。

僕はそれを、右側に傾くようによける。

正直なところ、今のは危なかった。

姿勢を低くしたせいで、ももちゃんが持つそれほど大きくないナイフが、ももちゃんの体に隠れて、一瞬僕の体のどこを狙うのか分からなかった。

万事休すではないけど、冷汗ものだ。

「てぇー」

ももちゃんは僕によけられた姿勢のまま、左手に持つナイフを逆手に持ちにして、僕の方に押しかかるようにってうおぁっ。

僕は咄嗟に体が傾く向きを後ろよりにして、ももちゃんのナイフの一閃の軌道上から逃げた。

今のはさっきより危なかった。

脇腹側から心臓狙ってくるとはお主もなかなかやるのぉ。

僕は、心の中でのみ余裕を気取りながら、バックスッテプぽい感じのでももちゃんとの間を大きく開げる。

もちろん、逃げる際に対しても、ももちゃんに背中を見せるなんて馬鹿な真似はしない。

僕としては、死ぬときはその相手の顔を見て死ぬと決めているのだ。

今咄嗟に思い付いたことだけど。

実際はただ、警戒してるだけだ。

「……うーむ」

それにしても、ももちゃんの動きは相変わらず無茶苦茶だ。

ナイフ専用の戦闘術なんてものは僕は聞いたことが無いが、それでも技の型のような、どこか枠にはまった動きをしてもいいものを。

現在ももちゃんは、僕に避けられた際に出来た体の体制のブレを立て直し、卵殻のパジャマの裾と肩より少し長いくらいの髪の毛を揺らせながら、ナイフを持ってよっこらせとしている。

うーん。

なんだか緊張感の薄れる行動だ。

警戒を解くわけじゃないけど、どうにもこうにも。

と僕は思っていたんだけど。

だけど、次の瞬間には。

ももちゃんの体が、跳ねた。

「…!」

ももちゃんは、僕との間に開いた間をすぐにうめ、今度は頸動脈を狙ってナイフを横に振った。

無駄のある動きじゃ、ないんだけどね。

むしろ、無駄はまったくないって感じだ。

「うっ」

僕は、頭から後ろに仰け反るようにそれを避けておおぉ!。

後ろ髪が少し切れた。

天然散髪屋さん。

ただし命がけ。

絶対売れないな。

あ、でも店員さんはかわいいからもしかすると……ん?。

どうやら風にのって、ももちゃんが使った、シャンプーかリンスかトリートメントの匂いが漂ってきたようだ。

良い香りなんだけど、それを堪能する余裕はとても僕にはない。

ちょっと残念。

とにかく、また間を開けないとって…。

「うわっ」

足。

脚。

あーし。

アーシ、を。

踏んでる踏んでる踏まれてる。

別に喜んでいるわけじゃないよ。

僕はそんなマゾじゃない。

僕の右足の上にももちゃんの左足が乗っている。

だけど、ももちゃんのもう片足も浮いているので、全体重が片足に乗っている状態になっている。

ももちゃんはきっとわざとやってるんだろうけど、というか絶対わざとだけど、これで僕の移動は遮られた。

これ、やられないようにきおつけてたんだけどなぁ。

「てやぁー」

ももちゃんは、超至近距離で僕の心臓をもう1度狙ってくる。

頼むからそんな一撃死の所ばかり狙わないでくれ。

コンティニゥー出来なくなったらどうするんだよ。

100円玉。

あんまり持ってないんだぞ。

………。

よく考えると、100円玉ってなにげに便利だなとか思ったり。

その前に僕の命は100円玉なのかと思ったり。

どうでもいいけど。

とにかく僕は、向かって来たそれに向かって両手を伸ばす。

そして。

その、鋭い刃を。

あまり長くはないその刃を。

両手の平で、挟むように。

受け止めた。

ザ、白刃取り。

……………………………………………………………………………………。

「………ふぅ」

出来てよかったぁっ。

安心安心。

ラッキー!。

なんて余裕かましている状況ではまったくないが。

ももちゃんは、

「おおっ、こーちゃんナイス」

なんて喜びながら、すぐにナイフを引き抜き再び刺そうとしたところで、僕はおもいっきりももちゃんの小柄な体を突き飛ばした。

当然、女の子で小柄なももちゃんは、軽く吹っ飛ぶ。

だけど、地面に頭から落ちそうになった瞬間、体を捻って膝を地面について若干バランスを崩しながらも危なげなく着地した。

猫みたいだった。

にゃー。

……………。

絶対口には出さないと決めた。

ももちゃんは言う。

「ぬおー、危なかったよぉ」

僕がね。

「死ぬかと思ったよぉ」

僕がね。

「血が出ちゃったらやだなぁ」

何度も言うけど僕がね。

そしてももちゃんは、トン、と音をたて、僕の方に直進。

「………」

僕はその時、ナイフが迫る前から後ろに下がって間を空けた。

「てやー」

と、ももちゃんは、なんだかやっぱり力の抜けるかけ声と共に。

2本のナイフを持って、切り掛かってきた。

ついに本気。本気とかいてマジですはい。

まずはももちゃん、僕の眉間辺りに一閃。

僕は後ろに下がっているので、それが目の真ん前を通過していく。

うん。

なかなかの絶景だ。

そして2閃目。

僕の喉を突き刺すように真っ直ぐに、もう一本より若干大きめのナイフが向かってくる。

またもや1撃死を狙った一発。

だけどそれは、フェイントだった。

「わっ」

脚が前に出る。

ナイフに視線を奪われているところで、ももちゃんは僕の膝の裏に脚をかけて、大内刈りのような感じで僕のバランスを崩してきた。

これではもう僕にはどうしようもない。

背中から地面に落ち痛っ。

尖った石が僕の背中に当たった。

刺さってはいなけどかなり痛い。

そして。

「てぇい」

と僕の上に馬乗りなるももちゃん。

うーんエロいとか言ってる場合ではないのだが、なかなかにいい眺めだ。

きじょー………、うん、馬乗り。

「よっしょい」

それから。

そんなかけ声と共に。

僕の首筋に、交差するようにナイフの刃をももちゃんが当てる。

「……………………………………………………………………………」

なんとなく。

なんとなく僕は、ももちゃんの目をじっと見つめる。

すると。

ももちゃんは、僕の視線に見つめ返してきた。

「……」

「……」

見つめ合う2人、と心の中でナレーション。

「………」

「…………っ」

僅かに、片方のナイフが、僕の、首筋に、触れた。

そして、流れ出す、赤い液体。

真っ赤な、真っ赤な。

赤い、血。

それは、ナイフを伝って、地面に落ちていく。

朝日を浴びて、光る、ナイフの、刃。

それに、僕の、血。

その時、

……ああ。

僕は、思った。


………背中が痛いてぇ。


うん。

滅茶苦茶痛い。

本当にマジで泣きそうなくらい痛い。

自分だけの体重の時はよかったけど、いくらももちゃんが小柄で痩せているだといっても、2人分の重み。

いい加減、刺さってしまいそうで怖い。

僕が心の中でそんな葛藤していると、

「……あははははぁ!」

と、ももちゃんが笑い出した。

そして、僕の首に向けていたナイフを退ける。

「あははははははははははははははははははははははははははははははははぁ!!」

大笑い。

何がそんなにおかしいのか、非常に僕は不思議である。

「はははははっ……………うん、よっせと」

ももちゃんは、笑うのを止め、頷き、それから僕の顔の方に前のめりになり。

ベろっ、と僕の首筋を流れる血液を舐めた。

「っっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!」

こう、ぞわっ、と。

ももちゃんは、流れてくる血液を何度か舐め、それから傷口まで丹念に舐め、最後に軽く傷口を吸って、上半身を起こした。

「…………」

完全に固まってる僕。

そんな僕にももちゃんはにっこり笑って。

「よし、消毒しゅーりょー」

と言った。

…いやぁ。

正直なところ。

最後のが、一番効きました。

まだ鳥肌が、これでもかというほど疼いている。

それでも僕は、とりあえずももちゃんに言った。

「おさまった?」

「うん!、パーフェクトにおさまったよ!」

それは結構。

まさしく結構。

それなら早く、今すぐに僕の上からどきやがれ。

いいかげん背中が限界だ。

ブスッときそうでなんかやだ。

「よっこいせー」

僕の願いを知って知らずか、ももちゃんが僕の上から退く。

そして僕は、痛む背中をさすりながら起きあがった。

「ってて…………ふぅ」

ある程度背中をさすってから、僕はももちゃんを見て言う。

「じゃ、そろそろ家に戻る?」

「おっけー」

「よし行こうか、って待った待った」

「にゃに?」

「それそれ、ナイフしまってよ」

「あっ、忘れるとこっだったよー」

駄目だよ忘れちゃ。

そんもん持って人様の前に行くなんて大変だ。

少なくとも僕には無理だ。

そんなことが出来るのは、刃物マニアか殺人狂くらいのものだろう。

「えっと…」

そう言いながらももちゃんは、おもむろにナイフを仕舞おうとし。

なぜか、パジャマのズボンを開いた。

「……」

白色だった。

しかもただの白じゃなくて紐だった。

なかなか衝撃の光景だった。

そしてももちゃんは、そのパンツのサイドに、ナイフを仕舞いこむ。

うーん。

パジャマとのギャップがなんとも。

エロい、とか言わないけど。

しっかり見ちゃった。

「ももちゃん。」

「なに?こーくん。」

「なんでそこに仕舞うの?」

「だってこのパジャマ、ポケットないんだもーん。」

なるほど。

確かによく見ると、ももちゃんの卵殻のパジャマにはポケットが無かった。

だけどこれで納得するのも、なんだかすごくしゃくだし、別にそこじゃなくてもいい気もするけど。

……まっ。

何にしても。

どうでもいいんだけどね。

「行こうか」

「うん!」

そして僕らは自宅に向かっていった。

「あっ、そういえばももちゃん」

「んー?」

「髪の匂い、嗅いで良い?」

「いいよぉー」

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