第5話 愛犬たち(2)

 翌年、2011年1月6日に、義母によって「福ちゃん」と名付けられた2か月の雌犬を、ペットショップに引き取りに行った。西宮のマンションはペット飼育禁止だったので、妻がそのまま新幹線で東京の妻の叔母の下に預けに行った。妻は西宮に帰ってから、引っ越しの準備をしながら、そわそわと叔母とメール交換をし、福ちゃんの様子を確認していた。そして2月になり、引っ越しトラックを送ると、そのまま東京へ回って、福ちゃんと一緒に、飛行機で鹿児島のマンションに帰ってきた。

 福ちゃんは、とても可愛く賢い子だった。お手、お座りなどは、あっという間に覚えた。ポメラニアンはよく吠える犬種だが、いっさい無駄吠えはせず、バスや電車の中でも、おとなしいものだった。

 犬らしく、すぐ我が家の序列をつけた。妻が最上位、私が最下位で、私のことは自分の子ども扱いし、母性を発揮して舐めまくった。犬同士の触れ合い教室に通わせたが、人にも犬にも、私たち以外には一切懐こうとしなかった。

 体は健康で丈夫、足回りの弱いポメには珍しく、跳躍力に優れ、ソファーはおろか、ちょっと目を離すと1メーター以上の高さのあるケージの上に飛び乗っていた。その反面、散歩が大嫌いで、特に自動車を異常に怖がり、道にうずくまって動かなくなった。妻が困り果てていたので、私が一計を講じた。私が隣をずんずんと通り過ぎると、母親気取りの福ちゃんは心配でついてくる。私が走ると、福ちゃんも走った。そうして、散歩は私がいるときだけ可能になった。

 

 1年は平穏無事に過ぎ2012年1月になった。私は2回目の司法試験に落ち、いよいよ貯金もなくなってきたので、地域おこしをしているNPO法人で有給の職業実習を始めた。ここで地域おこしと出会い、鹿児島県の現状、課題を学ぶとともに、私の中に、ある種の使命感が芽生えていき、その後の仕事の方向性を決定づけることになった。不思議なもので、偶然参加することになったこの実習が無ければ、その後の就職は無かったと感じる。公務員の二十年近い経験は、民間ではキャリアとしてカウントされない。公務員はつぶしが効かない、46歳で初めて就職活動して思い知らされた。司法試験受験は続けてきた。圧倒的に勉強量は足りなかったが、合格は妻の強い願いであり、仕事や妻に付き合う合間に勉強した。全く自信が無かった。ロースクール時代の勉強量の100分の1にも満たない、こんなことで合格できるはずはなかった。ただ、妻の免疫力を高める関係で、私は表面上は強気を装った。


 あのころの私は、妻の本当の病状にも、その気持ちにも気づいていなかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る