第2話 異界の夢

 いろいろ不思議な夢を見る。

 眠る直前と、起き抜けの夢は、実際に魂が肉体を離れ異界に紛れ込み、その情景なのだと、昔ある本で読んだことがある。そこで死者にあった場合は実際にあっているのだと。


 妻も昨年の3月、何度か夢の話をした。


去年亡くなった同窓が、福ちゃんを捕まえておいてくれるから早くいかなくっちゃ。


 福ちゃんとは、1歳2か月で亡くなった私たちの愛犬のことだ。後に詳しく書く機会もあろう。不遜な考えかもしれないが、あれだけ車を怖がっていたのに、まるで自分の寿命を、妻に分け与えるようにして、自ら道路に飛び出していった。


 私は夢の”異界”で、亡くなった福ちゃんとあったことがある。

どこかはわからない。しかし、知っている場所。

人がごった返す雑居ビルの中を進んでエレベーターに乗った。

人の好さそうなメガネ、小太りのワイシャツネクタイの若者が、抱えきれぬほどの書類を両手で持って、既に乗っていた。

何階ですか。親切に聞いてくる。

何階か憶えていないが、私は階数を答えた。

書類を持ちながら、何とかエレベーターのボタンを押してくれた。

エレベーターの中でも、何事かにこやかに話しかけてくるのだが、なぜか私は上の空だった。

目的の階につき、エレベーターが閉まる。若者は書類を壁に押し付けながら、渾身の笑顔で目一杯手を振ってくる。

思い出した。

数年前、職場内いじめが原因で、若くして自ら命を絶った後輩だ。

彼が死んだとき、なぜ相談してくれなかったかと悔やんだものだ。


 ビルの中を進んだ。まるでアメ横のように店がいっぱい、いろんなものが売っており、大人も子供も、人が大勢いるが、一人一人の顔は、白黒テレビに映したようで印象に残らない。

 雑踏を過ぎ、隣のビルとの渡り廊下に、福ちゃんはうずくまっていた。

触ると、うずくまったまま尻尾を振る。


 ここにいたのか。


 抱き上げた。事故の前のように。なぜか渡り廊下の先のビルに、妻がいる確信があった。



 最近見た異界の夢で妻と会った。

妻はどこかの団地の402号室に一人で住んでいた。

4LDKのだだっぴろい部屋に、布団が一組ある他は、新聞や週刊誌が置かれているだけ。

 元気そうだった。


 寂しくないか。


 その問いには答えずに、スポーツ観戦が好きだった妻は、最近のいろんな結果を知りたがった。

 内容は憶えていない。いろんな話をした。

 一度そこで目覚めたが、数分でまた寝入ってしまった。

 同じシーンの続きだった。

 今度は妻が布団の上に座り「来る?」と尋ねた。

 

 意味が分かった。いろいろ。

 私はこのまま死ぬんだなと思った。

 ある統計によると、妻を亡くした夫の一年後生存率は50%だそう。

自殺より病死が多いそうだ。要因はさまざまだろうが、私も主治医から、妻が死んで以来注意を受けている。

 心臓がシビアな状況らしい。

変調が少しでもあったら、すぐ知らせるよう指導された。 


 まぁ、それもいいかなと思った。

布団に入り、妻を抱き寄せた。


鹿児島に送っていったとき、自宅マンションで久しぶりに同じベッドに寝た。

そのとき、妻をギュッと抱きたかったが堪えた。

最後になるのがいやだったからだ。

結局、それが最後になった。

あのとき、出来なかったので私は嬉しかった。


そこで目が覚めた。

福ちゃんの後に二匹の犬を飼った。

その一匹、雛ちゃんが一生懸命私の目をなめていた。


2、3日してまた夢を見た。

今度は電車のプラットフォーム、乗らねばならない特急はあと1分で発車する。

急いで!

私は先頭を走り階段を駆け上がった。妻も後ろに続く。

私の直前でドアが閉まり、無情にも電車は出発した。

妻は?

どうやら別のドアから乗り込んでしまったらしい。

必死で電車と並走した。乗ろうとしたドアをバンバン叩く。

普通ここまでやれば止めるだろう。

ドアの中で、清掃員と思しき老人がおろおろしていた。

開けてくれ!

妻を、一人で行かせるわけにはいかなかった。

電車は動き続け、私の眼は覚めた。


まだまだ、死なせてはもらえないようである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る