第12話  人生のフラグ(1)

 どうやらアドベンチャーゲームのように人生にはフラグがある。気が付いたのは最近のことだ。原因があって結果があるといった単純明快な話とは少し違う。どちらかというと、相対性理論の帰結、多元宇宙論的な話だ。

 もしかしてと思ったのは、妻が末期がんになった2009年のこと。こんなことがあった。

 おろかな話を、しなければならない。愛し合っていても倦怠期のようなものはあるものだ。2008年、ロースクールの2年になって、既習クラスの知識の凄さに圧倒されながら、殺人的な勉強スケジュールをこなしていた私は、学校から帰ると、二人でどこかに出かけたがる妻に少しうんざりしていた。結局付き合ったが、こちらの状況もわかってくれよと内心思った。勉強時間が足りないのに、家族サービスで、削らざるを得ないのだ。移動中だけでもと、ノートを持って行ったことがあるが、妻が怒り出し、以降移動中すら勉強することはできなくなった。自然、家に帰る時間を遅らせて、学校で勉強することになった。妻の機嫌は悪くなっていく。話し合いにも疲れた。

 そういうとき、ある若い同級生が近づいてきた。娘といってもいいくらいの年の子だ。一年のとき、一時自主ゼミを組んでいた、少し水原希子似の可愛い子で、少し変わった子だった。

 2年になると、成績上位者は弁護士事務所での半年のインターンに参加できる。私はゼミの教授がやっている大阪の労働系の事務所を選んだ。

「どこに行くことにしたんですか。」

 学校でその子が寄ってきた。

「ああ、○○先生のところ。」

 希望者は私一人。

 そうですかと言ったその子は、そのまま学生事務所に駆け込んだ。

「行先変更してきました。一緒に行きましょ。」


 私たちは大阪の事務所まで週一回、一緒に通うことになった。

事務所のある南森町の駅で待ち合わせて、事務所が空くまで近くの喫茶店で話す。

最初から下心があったわけではない。

 しかし、親に会ってほしいとか、あなたは私の太陽だとか、思わせぶりな発言を毎週聞かされ、学校でも待ち伏せされたように偶然会うことが多くなって、私の神経は、だんだんおかしくなっていった。


「やめときなはれ、あれはストーカーや。あの娘、おかしいわ。」

 年の近い同級生の友人は注意した。しかし、そのころ私は、彼女にメロメロになりかけていた。誓って、何もしてはいないが。

 クリスマスイブ、一緒にご飯を食べに行った。2009年の初詣も一緒に行ってしまった。どちらも、妻より先に。

 そして、警告は神から届いた。私はお御籤運がよく、悪くても中吉、ほぼ大吉で通してきたが、2009年、初めて”凶”を引いた。縁起が悪いと思い、別の神社で引き直した。また”凶”、それは繰り返し、4回連続別の神社で凶を引いた。5回目は怖くなって引かなかった。まじめにやれと神様から怒られている気がした。

 彼女と距離を置くようにしたが手遅れだった。最初は私、夏に原因不明の腹痛で短期入院した。その後は妻、最悪だった。順風満帆のはずの人生が、狂いだした気がした。

 そのときだ、あれはフラグだったのではないか。人生にもゲームマスターがいるのではないかと初めて思ったのは。世間的には些細なことだ。キスすらしていないのだから。しかし、イエスキリストは、思えばやったのと同じだと言われた。妻との愛を試され、私は踏み込んではいけない領域に、踏み込んでしまったのではないか。

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